3
名残惜しくなりながらもお風呂からあがり、いつの間にかほつれが直されていた服を着て大きな部屋を覗いてみると、そこにはもう食事の支度ができていた。
魔女に「食べられるぶんだけでいいから、ゆっくり食べな」と椅子を引いてもらって腰かけ、吸血鬼はおそるおそる、目の前のほかほかと焼きたてのパンを手に取った。
かぷ、と小さく一口。
「おいしい」
思わずそう呟いて、それから今度はさっきよりも、少しだけ大きな一口。
「おいしい、……おいしい……」
またぼろぼろと涙が零れ落ちて、パンがしょっぱく染まっていく。それでも美味しさは消えなくて、大きく口を開けて食べ進む。
魔女はテーブルの向かい側で頬杖をついて、物珍しそうにそのようすを見ていた。
「吸血鬼だのにパンとスープが美味しいなんて、あんた本当に変わってるねえ。相当おなかがすいてたのかい?」
「すい、てた」
まともな食事なんて、いったいいつぶりだろう。
パンをまるまるひとつあっという間に食べ終えて、続いてスープを口に含む。
飲み干すと、体の底から心の爪先まで、ぽかぽか灯るぬくもりと光。
ああ、まるで魔法みたいだ。
「人間の血は、のめなくて……のみたく、なくて」
「ふうん」
半分ほど飲んだスープを見下ろしてぽつぽつと言葉を紡ぐと、魔女は無関心そうに、それでいてまっすぐな瞳で相槌をうつ。
ゆらゆら揺れるスープに、吸血鬼が映って、その顔まで一緒にふらふらと揺れている。
「おかあさんが、にんげんは、よわい生き物だから、私たちみたいにトクベツな力を持ってる生き物が、いじめちゃいけないんだよって……勝手に血を飲んだり、おなかいっぱいになるくらいうばっちゃったりしたら、人間は具合が悪くなることもあるし、死んじゃったりもするから、人間はおそわないように気を付けてって」
「ふーん、そりゃ物好きだね。でも人間の間じゃ、吸血鬼ってのは夜道でいきなり襲いかかってくるおっそろしい化け物だろう?」
「そう、みたい。わたし、なんにもしてないのに、きらわれて、こわがられて、あっちこっちで、ひどいこと、されて、なんとかにげて、それで、だけど、おかあさんと約束したから、血も飲めなくて、たべもの、なくて」
なんで。なんでだろう、こっちはやさしくしてるのに、どうしてあんな、まっしろな目でわたしを見るんだろう。
魔女は長い長い時をともに過ごしてきた、静かな瞳で吸血鬼を見た。
「そりゃあ、人間ってのはそういう生き物だ。私たちには理解できない。私たちは、人間と共存はできないのさ」
「……」
「でもね、共存はできないけど、一緒に暮らすことはできる。毎日少しだけ関わりながら、生きていくことはできる」
「……?」
「わからないかい? ま、そのうちなんとなくわかるさ」
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