砂浜のロマンチスト

うしき

ロマンチストの昼下がり

 ”今週のヒットチャズッ……ップスリーを発表ジャッ”


 砂の上に置かれたラジカセは、まるでそこに居ることが不満であると言わんばかりだ。肝心なところで砂を噛んだような音が混じる。


 ついこの間まで人でごった返していたビーチも、今は静かだった。まだ夏の香りが残る昼下がり。浜辺にはまるで忘れらたかのようにぽつんと一つ、ビーチパラソルが広げられている。


 夏の空を名残惜しむようなスカイブルー。そのパラソルの下からラジオの声は聞こえてきた。


 ラジオの横には男が一人。と言っても、もはや老年に近い。男はビーチチェアの上で、でっぷりとした腹をはばかることもなく寝そべる。顔の上では麦わら帽子が、風にあおられ揺れていた。男はだらりと垂らした左手で、横で寝転がるゴールデンレトリバーを時たま思い出したように撫でている。


 砂浜を歩く足音に犬が気付き、顔を上げた。


「おおぅ、ラッキー。元気かぁ」


 犬がおもむろに立ち上がり、声の主へと近づくのを男は感じた。ラッキーはこの犬の名だ。男の妻が付けた名前だった。


「今日はどうでした」


 男は顔から麦わら帽子を引きはがすと、面倒くさげに尋ねた。目の前にいるのは歯のかけた爺さん。男より一回り以上年上だろう。


 その爺さんが釣り竿を肩に、そして自前のクーラーボックスを椅子代わりに犬をじゃらしていた。爺さんは犬の顎を撫でながら、男の方を見ずに答えた。


「いんや、さっぱりダメだ。こっちの浜もそろそろ終わりかいなぁ」


「港の方はどうなんです」


「これから涼しくなればあっちの方が良いんだ。まだちぃっと早いけどもな」


 男はふぅん、と興味なさげに相槌を打つ。それを知ってか知らずか、爺さんは何か気付いたという風に男に尋ねた。


「今日はラジオなんだな」


 男と爺さんはこの浜で時々顔を合わせた。何のことは無い、釣果はどうだったか、天気の話、高校野球、他愛もない世間話をする程度だったが。だが、爺さんの記憶が正しければ、この男は普段は洋楽を聞いていたはずだ。


「あぁ、今日はかみさんの命日なんで」


「はぁ」


 男のよく意味のわからない答えを受けて、爺さんはそう言うしかなかった。


「せっかくなんで、かみさんの好きだった曲をリクエストしてみたんですよ」


「はぁ、そりゃまたずいぶんロマンチックだねっか」


 爺さんの言葉に男ははにかんだ。


「そんだって、曲がかかるとは限らんのだろ」


「かかれば、ロマンチックじゃないですか」


 爺さんの問いに男はふふふ、と笑いながら答えた。その顔を見て、爺さんは呆れたような、してやられた、と言ったような笑顔を返した。


 ふと、爺さんがいたずらっぽい顔になる。そして意地悪い笑顔を向けて男に言った。


「曲がかかるか、賭けてみっか」


「それはロマンチックじゃないからダメだなぁ」


 男は笑いながら爺さんをあしらう。


 じゃあなラッキー、と爺さんは犬に別れを告げると、重そうなクーラーボックスを引きずるように砂の上を歩いて行った。


 ビーチにラジオの声が戻る。ベタ凪の海からは、波打ち際を行き来する水音と海鳥の鳴き声が聞こえてくるだけだった。


 傾いた太陽が水平線の向こう側に消えるまで、まだいくらか時間はある。男は麦わら帽子を顔にかぶせると、まどろみへと体を預けた。


 空も海も独り占めしたラジオが上機嫌に声をあげる。


”今日最後にかける曲は、ラジオネーム砂浜のロマンチストさんからのリクエストです。砂浜のロマンチストさん、波音と一緒に聞いてくれているでしょうか……”


 何かに気付いたように顔を上げた犬を、男は優しく撫でた。


 このラジオは、あの水平線まで聞こえているだろうか。  

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砂浜のロマンチスト うしき @usikey

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