モキュメンタリーという手法は、ホラーのジャンルで採用されることが多いのですが、実はミステリージャンルとも相性が良いと思うんですよ。というのもミステリーを犯人当てのゲームとして捉えた場合、推理小説が持つ物語的要素がノイズに感じられるケースもあるじゃないですか。しかし、モキュメンタリー形式を採用することで、登場人物の心情描写を最小限に抑えて、客観的な情報だけで謎や伏線を読者に提示できるわけです。
本作では、冤罪を主張する殺人容疑で有罪判決を受けた人物の依頼で、一人の新聞記者が、事件の調査に乗り出します。その際の手がかりとなるのが、事件に関する新聞記事、公判調書、そして事件関係者との取材時の録音記録といった、主観を挟まない客観的情報ばかり。しかし、それらの断片から浮かび上がる情報はどれも被告に不利なものばかり。これをどう覆すのかが大きな見どころ。
こうした事実情報を追うばかりだと、物語が地味で退屈な印象になってしまいそうですが、本作では描かれる謎そのものの面白さもあって、最後まで退屈せずに読むことができました。ミステリーとしての完成度はもちろん、モキュメンタリーという手法の更なる可能性を示した点でも評価したい作品です。
(じわりと恐怖が染み込んでくるモキュメンタリー4選/文=柿崎憲)
『私は真嶋聡さんを殺していません』は、ミステリー好きにはたまらない骨太の社会派作品です。何より印象的なのは、主人公・五十嵐慎哉が地道に事件の裏を追い、裁判や証拠の“当たり前”にひとつずつ疑問をぶつけていく姿。彼の記者としての執念や、証言や証拠の不確かさに目を向けるまなざしが、どこまでもリアルで共感できます。
現実の司法制度やSNS社会の矛盾、人間関係の闇も丁寧に描かれ、単なる冤罪ものでは終わらない深みがあります。「正しさって何?」「本当に真実は一つなの?」と、自分のことのように考えさせられるのも魅力です。
謎解きの面白さはもちろん、現代社会の課題に関心がある方や、人の心の機微を味わいたい読者にぜひおすすめしたい作品です。リアルな社会派ミステリーを読みたい人にこそオススメします。
作者様は「モキュメンタリーホラーミステリー『廉井徳夫君を探しています』」において重層的な謎の積み重ねを一枚ずつ剥がしていく壮大な物語を著した人です。
その後継となる本作は期待にそぐわぬ重厚さを見せます。
舞台は2020年を跨ぐ神戸市。つまり途中にコロナ禍を含みます。作品の舞台には病床を持つ病院、しかも医療の現場ではなく某裏方の人間模様を数多い現場の一つとして描写します。私達は苦悩したとはいえ医療の裏側は知りません。見えない、というよりリアルタイムで見ることは混乱を招くために許されなかった、その秘密を垣間見ます。
それでも本作の根本は、ヒトコワ。多くの人間の意図が絡まり合う姿は、最初には全く理解できません。しかし新聞記者・五十嵐慎哉が絡まる糸(いと)を一本一本解く程、見えてくる各人の意図(いと)。それが人の怖さを見せつけます。
では、事件は偶然だったのか、意図だったのか。意図だったならば、各人の糸つまり意図を一本の縄にまとめる、衆人とは別世界に座る人物が居ることになります。禍福は糾える縄の如し、その縄を天ではなく人間が糾ったなら。それは、出来るのか、許されるか。
誰かがより合わせた綱を、五十嵐慎哉は糸に戻せるのか。
果たして結末は。
なんといっても、この「骨太」で「いぶし銀」な感がたまらなく良いです。
とある冤罪事件を追うことになった新聞記者の五十嵐慎哉。無期懲役となっている遠山久仁彦からの連絡を受け、「真嶋聡」の殺害された事件を洗いなおすことになるが。
本作の特徴は、なんといってもノンフィクションかと見紛うようなリアリティの高さです。
五十嵐が事件を掘り下げる中で、数々の社会的な背景が見えてくる。新型コロナの流行など、記憶に新しい時事的な要素を読み解きつつ、「当時」のことを洗い出していく。
「時代の空気」みたいなものもひしひしと感じられ、これはこの社会のどこかで本当に起きていた出来事なんじゃないかとも思わされました。
そして、最後に五十嵐が辿り着く真相。その先の結末。
この感覚もまた、多くの新聞記者が遭遇しては、どうにか吞み込もうとしているようなことなのかもしれない。
「数年前の社会の空気」を改めて認識できると共に、記者という職業の人間が感じ取る「やりきれなさ」など、様々な感興を読者に与えてくれる一作でした。
これ程の物語を多分誰も読んだ事はない。
そんな予測すら荒唐無稽とは言えない
このミステリーは、前作でも登場した
五十嵐という名の新聞記者が受け取った
一通の 手紙 から全てが始まる。
それは、タイトルにある真嶋聡という
男が殺されて、その容疑者として勾留中の
遠山からの無実を訴える手紙だった。
目眩くトリックと因果関係を糾う、今迄
見た事もない程に複雑なミステリーの
火蓋が切って落とされる。
製薬会社のMRと大学病院医師との軋轢、
過度なノルマやパワハラの温床である
製薬会社の内部事情、殺人犯の家族への
容赦ない中傷、噂話の中の何気ない棘…。
それら負の糸は複雑に何重にも絡み
合い、やがて恐ろしく頑強な悪意を生む。
筆者の描く詳細な状況、登場人物の想い。
主人公、五十嵐記者の冷徹な思考と推理は
怨嗟という名の悪意に風穴を穿つ。
きっと、最後まで予想など出来ない。
息を呑む様な心理的サスペンスと謎。
それは悲しみに満ちた修羅へと繋がる。
謎よりも尚、多くのものを内包した
嘗てない程のミステリーである。