第6話:警告コマンド(猿芝居)

俺の「馬鹿担当」としての仕事は、地獄だった。 朝は、信長が目覚めるや否や、「猿、何か面白いことを申せ」と無茶ぶりされる。 昼は、意味もなく庭の小石を(昨日とは違う数え方で)数えさせられたり、信長の鷹(たか)のフンの状態から吉凶を占えと言われたりする。


もちろん、その都度、あの忌まわしい【強制選択肢】ウィンドウが開く。 俺は、A(知略88をアピール)やB(ウキキ!)といった即死ルートを避け、C(ギリギリの奇行)を選び続けるしかなかった。


「クハハ! 貴様は本当に飽きんな!」


信長は機嫌がいい。 だが、俺の(精神年齢32歳の)尊厳は、毎日ゴリゴリと削られていく。


(笑わせてる場合じゃねえんだよ…!)


俺の焦りは、日増しに強くなっていた。 『戦国の覇道』の知識(シナリオ)によれば、もうすぐだ。 禄高(ろくだか)を半分にされた、あの林秀貞。 そして、信長派閥の重鎮であるはずの、柴田勝家。


(この二人が、信長の弟・信勝(信行)方に寝返る…!)


史実(ゲーム)では、信長が家督を継いだ直後、この二人が弟側に付いたことで、織田家は真っ二つに割れる。 「稲生の戦い」だ。


俺は城の廊下で、やつれた姿の林秀貞とすれ違った。 彼は、絶望の顔のまま、生ける屍のようだった。 (あの顔を見ろ…! あれは裏切る!)


そして、柴田勝家。 彼は信長のやり方に不満を募らせている(とゲームでは設定されていた)。


(ヤバい。このままじゃ、信長は史実通り、身内同士の血みどろの戦いをやる羽目になる)


俺には知識がある。 この「イベント」は止められないかもしれないが、信長に「警告」はできる。 だが、どうやって?


草履取兼「馬鹿担当」の俺が、魔王・信長に「柴田様が裏切ります」などと進言できるはずがない。 「いかにして知った」 そう問われた瞬間に、スパイとして打ち首だ。


(だが、言わなければ…!)


この城には、もう「NPC」はいない。 戦が始まれば、あの「うまい!」と握り飯を食っていた足軽たちや、又右衛門、そしてねねも危険に晒される。 あの「辛そうな顔」を、俺はもう見たくなかった。


その日の午後、信長は中庭で、珍しく一人で囲碁盤に向かっていた。 (『覇道』では「趣味:囲碁」だったな…) 柴田勝家や林秀貞ら、重臣たちをあえて遠ざけているのか。


(今だ! 今しかない!)


俺は覚悟を決め、信長の前に進み出た。 「若様」 「……なんだ猿。今度は碁石でも数えるか?」 信長は、盤面から目を離さずに言った。


「あの、拙者、お芝居がしとうございます」 「芝居?」 信長が、初めて俺の顔を見た。


俺の視界の端に、あのウィンドウが浮かび上がる。


【イベント:最初の謀反(けいこく)】 以下の選択肢から行動を選びなさい。


A: 「(土下座し)『覇道』知識によれば! 林と柴田の忠誠度は危険水域です! 謀反フラグが立ちます!」

B: 「ウキキキ!(こっちの猿山(信勝)が、そっちの猿山(信長)を攻める!ウキーッ!)」

C: 「(碁石を二つ掴み)『ごっこ遊び』にございます。この黒石は…そう、『ハヤシ』。この白石は…『シバタ』にございます」


(AとBは即死!)


俺は震える手(の意識)で「C」を選んだ。 もう、この「馬鹿」の役割(ロール)を演じきるしかない!


俺の体が、勝手に動く。 俺は、信長の碁盤の前に這い出ると、盤上から黒石と白石を一つずつ、勝手に掴み取った。


「おい、猿。俺の碁を…」 信長の目が細められる。


俺は、その二つの石を、土下座した自分の目の前に置いた。


「『ごっこ遊び』にございます」

「……」

「この黒石は…そう、『ハヤシ』殿。この白石は…『シバタ』殿」


俺は、そう言うと、その二つの石を、信長の陣地(黒の領域)から拾い上げ、 ポトリ、ポトリ、と。 敵の陣地(白の領域)――すなわち、弟・信勝の派閥を意味する場所へ、わざとらしく移し替えた。


「あれれ? お引越しでございますか?」

「…………」


俺は、狂った猿の芝居を続けた。


「あー!『ハヤシ』殿と『シバタ』殿が、若様(黒)を裏切って、向こう(白)へ行ってしまいました!」

「……」

「これで、若様のお城は、中からガラ空きでございます! ああ、恐ろしや、恐ろしや!」


俺は、わざとらしく震えながら、床に頭をこすりつけた。 (言った…! 言ってやったぞ…!)


静寂。 さっきまでの「焼き芋」や「寝転び」とは、訳が違う。 これは、明確な「進言」であり、「讒言(ざんげん)」だ。 信長の機嫌次第では、柴田勝家たちを侮辱した罪で、今度こそ首が飛ぶ。


信長は、微動だにしなかった。 ただ、俺が石を移した盤面を、氷のような目で見つめている。


「……猿」

「は、はひっ!」

「貴様の『ごっこ遊び』は、実に、つまらんな」


ゾッとした。 (怒ってる…! やりすぎた!)


「若様! ご、ご無礼を…!」 俺が慌てて石を元に戻そうとすると、信長が「待て」と制した。


「……そのままでよい」


信長は、俺が移した「裏切り」の盤面を、指でなぞった。


「『ハヤシ』と『シバタ』が、俺を裏切る、か」 信長は、立ち上がった。 俺にではない、誰もいない中庭に向かって、呟いた。


「……遅すぎたくらいだ」


(え?)


「猿。貴様の芝居は、褒美をやるほど面白くはない。だが」

信長は、俺の頭を無造作に掴むと、無理やり顔を上げさせた。 その目は、笑っていなかった。


「その『ごっこ遊び』で、誰がどこへ動くか、続きをよく見ておけ」

「は……?」

「馬鹿には、馬鹿なりの『仕事』をやろう。貴様は、明日から俺の側にいろ。俺が『裏切り者』の首を刎(は)ねるのを、特等席で見せてやる」


信長の言葉に、俺は血の気が引いた。 (警告は…通じた?)


いや、違う。 この魔王は、とっくに気づいていた。 林秀貞と柴田勝家が裏切ることを、俺が「ごっこ遊び」で指摘するずっと前から、知っていたんだ。


(じゃあ、俺がやったことは…?)


俺は、城の片隅で、槍の訓練を始めた足軽たちの姿を見た。 彼らは、これから始まる「稲生の戦い」で死ぬ。 ゲームでは「兵士 -500」と表示されるだけの、記号だ。 だが、今、目の前にいる彼らは、怯え、震えている、「生きた人間」だ。


俺の警告(猿芝居)は、歴史を止められなかった。 それどころか、信長という魔王の「シナリオ確認」に利用されただけだ。 そして、現実は、ゲームのシナリオ通り、最悪の「身内殺し」へと突き進んでいく。

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