第5話:「減俸」コマンドと最初の「仕事」
「……藤吉郎。お前、本当に、本当に斬られないようにするんだぞ……」
浅野又右衛門の屋敷の門前で、俺は二人から、まったく温度の違う見送りを受けていた。
一人は又右衛門。俺が信長に召し抱えられたと聞いた瞬間、喜び半分、恐怖半分で顔面が青白くなった。
「若様(信長)は気まぐれであられる。昨日まで寵愛していた者を、今日は平気で手打ちにする。馬鹿のフリも、度が過ぎれば死ぬぞ……!」
(フリじゃねえ。システムに強制されてるんだよ……)
もう一人は、ねね。
「すごいじゃない、藤吉郎さん! 清洲城だって! 今度、お城の話、聞かせてね!」
無邪気に喜ぶ彼女に、俺は(精神年齢三十二歳の)良心の呵責を覚える。
(ごめんな、ねね。俺、君の未来の旦那(予定)だけど、今は魔王にロックオンされた“馬鹿担当”にすぎない……)
別れを告げ、俺は清洲城へ向かった。城での俺の扱いは、予想どおり最底辺だ。
「おい、芋猿! 若様はお目覚めか?」
「聞いたぞ、お前、若様に芋食わせたんだって?」
寝床は馬小屋の隣から、城の最下層にある足軽の雑魚部屋へ。
先輩足軽の好奇の目(と若干のイジメ)にさらされながら、俺の「草履取」としての初日が始まった。
仕事は、信長の身の回りの世話――の、はずだった。
だが、あの狂気の魔王は、ハナから俺をまともに使う気がない。
「猿、呼べ!」
玉座(というには質素な部屋)に呼び出される。
頬杖の信長は退屈そうに、だが俺の顔を見るなりニヤついた。
(出たよ。おもちゃを見つけたガキの目だ……)
「猿。貴様、又右衛門のところで『算術』が得意だと。蔵の管理をしていたそうだな」
(キタ!)
内心ガッツポーズ。ここから俺の真価――『覇道』知識、内政チート――を見せる時だ。
『政治78』『知略88』が火を噴く!
(まずは城下の治水だ。もうすぐ梅雨、川が氾濫する。今のうちに堤防を――)
「はっ! 勘定仕事、お任せあれ!」
胸を張ると、信長は愉快そうに笑う。
「よし。では今から、そこの庭にある小石をすべて数えろ」
「…………は?」
「日が暮れるまでにだ。一つでも違えば、貴様の『算術』は偽り。馬鹿以下は俺の城に要らぬ。打ち首だ」
(はああああああ!?)
指さされたのは、だだっ広い中庭。小石? あれ全部? 無理だろ!
(こんなことしてる場合じゃない! “稲生の戦い”(対・信勝)のフラグがもうすぐ立つ! その前に兵糧の備蓄と、敵対派閥の切り崩しを――)
だが、目の前の信長は「おもちゃの反応」を試している。
ここで「若様! それより内政のご進言が!」など口走れば、「俺の命令が聞けんのか」で即斬首だ。
「どうした猿。できぬか?」
細められる眼。
(ヤバい、ヤバい、ヤバい……!)
パニックになったその時、目の前に最悪のウィンドウが現れた。
【イベント:魔王の気まぐれ】
以下の選択肢から行動を選びなさい。
A:「はっ! 拙者の知略88(『覇道』のステータス)をもってすれば、
小石どころか天の星まで数えてみせましょう!」
B:「ウキキ!(石より焼き芋の数が知りたい!)」
C:「(無言で庭に寝そべり)まず拙者が『1』。さて、残りはいくつでございましょう?」
「また詰んでるううううう!!!」
涙目。
Aはダメ! 「知略88」とかいう謎数値を口にした瞬間、本物の狂人として斬られる!
Bもダメ! 二匹目のドジョウ(焼き芋)はいない!
(残るはC……! これは“とんち”か? いや、ただの馬鹿の奇行か!?)
AもBも即死なら、選ぶしかない。俺は震えながらCを押した。
体が、勝手に動く。
御前からススッと下がり、中庭のど真ん中へ。
その場に大の字で寝転がった。
「……ほう?」
信長の呟き。
「まず拙者が『1』。さて、若様。残りはいくつでございましょう?」
「…………」
静寂。控えていた柴田勝家が、今度こそ「こいつ……!」と刀に手をかける。
次の瞬間――
「クハハハハハハ! 馬鹿め!!」
爆笑が城に響く。
「貴様は石ではないわ! だが、面白い! よし、許す! 貴様の今日の仕事はそれ(寝転がる)だ! 俺を笑わせた! 石など数えんでいい!」
(助かった……のか?)
寝転がったまま安堵した、その時だった。
「若様! ご裁可を!」
緊迫した声。一人の武将が飛び込む。――『林秀貞(はやしひでさだ)』。
信長の父の代からの重臣だが、いまは弟・信勝派に心を寄せる(忠誠度50台)男。
「林か。何の騒ぎだ」
「治水工事の件でございます! このままでは梅雨で民が飢えます! 何卒、普請(ふしん)の許可を!」
(そうだ! それだ! 俺が言いたかったのは!)
寝転んだまま心の中で叫ぶ。
だが、信長の返事は予想を裏切った。さっきまで爆笑していた魔王の目が、一瞬で氷に変わる。
「……まだ言っておるか。貴様のやり方は古い。下がれ」
「しかし、若様! 民のために……!」
「うるさい」
信長は庭の俺を指差した。
「貴様は、あの猿(俺)以下だ。あの馬鹿は、石を数えよという俺の命に、馬鹿なりの『1』で答えた」
「は……?」
「だが貴様は、俺が『下がれ』と言っているのに、まだ『民』だの『治水』だの喚(わめ)いておる。……柴田」
「はっ」
「そいつの禄高(ろくだか)、半分にしておけ。俺の言うことが聞けぬなら要らぬ」
「なっ……!?」
林秀貞の顔から、サッと血の気が引く。
「若様! そ、それでは! 家族が……! 若様! お待ちを!」
信長は、もう興味を失ったように立ち上がり、部屋を出ていく。
林秀貞は膝から崩れ、顔面蒼白でわなわなと震えた。
俺は、庭の真ん中で寝転がったまま、一部始終を見ていた。
(これが……『減俸』……)
『覇道』なら、ワンクリックだ。「林秀貞:禄高 1000 → 500」。
数字が減るだけ。忠誠が下がるだけ。
(だが、リアルは違う……!)
目の前で、一人の男が“死刑宣告”を受けたみたいに絶望している。
彼の家族が、路頭に迷う。
その辛そうな顔が、胸に突き刺さった。
去り際、信長が一瞥(いちべつ)を投げる。
「猿。貴様は明日も俺を笑わせろ。それが、貴様の『1』だ」
冷たい土の上で、俺にできたのは「は、ははっ!」と乾いた返事だけ。
俺はこの魔王の“馬鹿担当”として、ギリギリの綱渡りで生き延びている。
そして、その気まぐれひとつで、人の人生が簡単に壊れていく。
(……耐えられるのか、俺に。この世界で)
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