第4話:清洲城と“焼き芋草履事件”
浅野又右衛門の元で働き始めて、数日が経った。 俺の仕事は、早朝の馬小屋の掃除、又右衛門の草履(ぞうり)を揃えること、そして、例の蔵の帳簿管理だ。
(政治 78、知略 88の俺が……馬糞の掃除かよ…)
ゲームなら「内政」コマンド一発で終わる作業も、リアルでは強烈な匂いと腰の痛みを伴う。 だが、文句は言えなかった。三食(と言っても粥と漬物だが)が保証され、ねねが時々様子を見に来てくれる。前世のデスマに比べれば、よほど健康的だ。
俺は蔵の管理で、前世のプログラマースキル(という名の几帳面さ)を発揮した。 「在庫管理システム(手書き)」を導入し、木簡のフォーマットを統一。誰が、いつ、何を持ち出したかを一覧できるようにした。
「藤吉郎…お前、神か…?」
又右衛門は、俺が作った「在庫一覧表(クロス集計)」を見て、本気で涙ぐんでいた。 彼の苦悩(リアル)が一つ消えた。「人の辛そうな顔」が「安堵の顔」に変わる。それを見た時、俺の胸にチクリとした、前世にはなかった満足感が生まれた。
そんなある日、又右衛門が俺を呼んだ。
「藤吉郎、お前も来い。清洲(きよす)城へ御報告だ。草履取としてな」 「清洲城…!」
(来た!)
清洲城。織田家の本拠地。 そこに、俺の主君(ターゲット)である織田信長がいる。
清洲城は、想像していたよりもずっと、ピリピリしていた。 すれ違う武士たちの目が鋭い。 『覇道』の知識によれば、今は父・信秀が死に、信長が家督を継いだばかり。だが、弟の信勝(信行)派との対立が激化し、一触即発の時期だ。
(ゲームなら「忠誠度」が赤文字で表示されてる連中ばっかだ…)
又右衛門が「勘定奉行」に報告を済ませる間、俺は下人(げにん)として、寒い廊下の隅で待機していた。 冬の城は、石と木でできているせいで、底冷えがひどい。
(さむ……)
俺は、又右衛門から預かっていた草履を、自分の懐(ふところ)に突っ込んだ。 (……ん? 草履だけじゃなく、今朝ねねがくれた焼き芋も一緒に懐に入れておけば、カイロ代わりとして最強では?) 俺は、まだホカホカの焼き芋と草履を一緒に懐に突っ込んだ。
その時だった。 廊下の奥が急に騒がしくなった。
「どけ! 邪魔だ!」 「若様! お早い! お待ちくだされ!」
数人の屈強な武士に守られ、一人の男がこちらへ歩いてくる。 着物はだらしなく着崩し、髪は茶筅(ちゃせん)のように結っている。腰には、これみよがしに瓢箪(ひょうたん)がぶら下がっている。
(うわ…)
『覇道』の美麗なCGとは似ても似つかない。 だが、わかった。あの目だ。 全てを見透かし、既存の常識を嘲笑(あざわら)うかのような、鋭く、底なし沼のような瞳。
(織田信長……!)
俺は、又右衛門と共に、廊下の端に転がるようにして土下座した。 頭を床にこすりつける。
信長は、俺たちの数歩手前でピタリと止まった。
「又右衛門。例の帳面、直ったそうだな」 「は、ははっ! お耳に…!」 「フン。貴様ごときに、あんな知恵が働くとは思えん。……誰がやった?」
又右衛門の肩がビクリと震える。俺は息を殺した。
「……そ、そこの、藤吉郎に手伝わせまして…」 「ほう」
信長の視線が、俺の背中に突き刺さる。 その背後には、槍の名手として知られる森可成(もりよしなり)が、鬼のような形相で控えている。 (ヤバい、殺される…?) この威圧感! ゲームの比じゃない!
「……行くぞ」
信長がそう言って、足を一歩踏み出した。 又右衛門が慌てて「草履を!」と俺に目配せする。
俺は懐から草履を取り出した。…ほんのり、焼き芋の甘い匂いが移っている。 俺はそれを信長の足元にスッと差し出した。 信長が、無造作に足を乗せる。
その瞬間、信長の動きが止まった。
「……?」
信長は、草履に突っ込まれた自分の足を見つめ、それから、ゆっくりと俺の顔を見た。
「……温かいな」
(あ)
その言葉を聞いた瞬間、俺の目の前に、あの忌まわしいウィンドウが浮かんだ。
【イベント:主君の草履】 以下の選択肢から行動を選びなさい。
A:(土下座し)「はっ! たき火の(ぬくもり)にて! いつでも履けるよう…!」(たき火の中から灰まみれの草履を取出す)
B:「ウキキ!(猿は火を使わずとも温かい!)」
C:「(懐から焼き芋を取り出し) これで温めました。残り半分、どうぞ」
「詰んでるうううううううう!!!」
俺は心の中で絶叫した。 (どれを選んでも即死じゃねえか!)
俺は選択肢を睨みつけ、脳をフル回転させた。
(Aはダメだ! 物理的に!) 「たき火」なんてどこにもない! そして『灰まみれの草履』って、それはもう燃えてるか燃えカスだ! 主君の所有物を破損させた罪で、Aを選んだ瞬間に森可成に突き殺される!
(Bは論外!) 不敬罪だ! 斬られる!
(残るは……C!?) Cは、懐に(今まさに入っている)焼き芋と連動している! だが、信長の目の前で懐から焼き芋を取り出す? 「これで温めた」? 「残り半分どうぞ」?
(死ぬ! AやBと同じく意味不明な行動で斬り捨てられる!)
信長の「……なぜ温かい?」という、温度のない視線が俺を貫く。 又右衛門が隣で泡を吹きそうだ。
(どうする!? AもBも不可能だ!) (Cなら、懐にある『焼き芋(現物)』で、選択肢通りの行動が実行『は』できる!)
A(所有物破損)もB(不敬)も「斬られる」のが確定している。 だがC(奇行)は……もしかしたら、ほんの万分の一の確率で、「馬鹿すぎて面白い」と見逃される可能性が……ないか?
(これだ! これに賭けるしかない!)
俺は震える指(の意識)で「C」を選択した。
次の瞬間、俺の体が勝手に動いた。 俺は、信長の足元に土下座したまま、おもむろに自分の懐を探り始めた。
「……何をしておる、猿」 信長の冷たい声。
俺は、懐からホカホカと湯気を立てる「それ」を取り出した。 半分に割れた、見事な黄金色の焼き芋だった。(草履を温めていた方だ)
「…………」 「…………」
信長も、又右衛門も、後ろに控える森可成も、全員が固まった。 清洲城の廊下に、焼き芋の甘い匂いだけが漂う。
俺の口が、勝手に動く。
「はっ! これにて温めましてございます!」
俺は、その焼き芋の片割れ(熱源の方)を信長の草履の横に置き、残りの半分(まだ温かい方)を、両手で恭しく信長に差し出した。
「……残り半分、どうぞ」
(終わった……俺の人生(二度目)……)
又右衛門が「あ……あ……」と声にならない悲鳴を上げている。 森可成が「貴様、若様の御前で何を…!」と槍の柄に手をかけた。
だが、それを信長が手で制した。
信長は、俺が差し出した焼き芋と、俺の顔を、ゆっくりと、何度も見比べた。
やがて、その口元が、わずかに吊り上がった。
「……ククッ」
息が漏れた。 そして、次の瞬間。
「クハハハハハハハハハハ!!!」
信長は、腹を抱えて笑い出した。 城中に響き渡る、狂気じみた大爆笑だった。
「焼き芋!? 草履を!? クハハ! 馬鹿か貴様は! 死にたいのか!」
信長はひとしきり笑い転げると、涙を拭いながら立ち上がった。 そして、俺が差し出した焼き芋を、ヒョイとひったくった。
「面白い!」
信長は、その焼き芋を、なんと一口かじった。
「……うむ。悪くない」
「若様!?」 「三左(さんざ)、騒ぐな。……おい、猿」
信長が、俺を見下ろす。 その目は、もう笑っていなかった。底なし沼の目だ。
「貴様、名は」 「はっ! 木下藤吉郎にございます!」 「そうか、藤吉郎。貴様は、俺が召し抱える武士の中で、一番の馬鹿だ」
「は、はひっ!」
「明日から、俺の草履取として城へ来い。その馬鹿さ加減が、どこまで本物か、俺が試してやる」
信長はそう言うと、残りの焼き芋を懐にしまい、草履に足を通して、今度こそ嵐のように去っていった。
俺は、土下座したまま、呆然としていた。 (……助かった?)
又右衛門が、腰が抜けたようにその場にへたり込んでいる。
(史実と違う…)
『覇道』のイベント「草履取り」はクリアした。 だが、史実の「機転」ルート(懐で温める)は選択肢にすら存在せず、「馬鹿すぎて面白い」ルート(C)でのクリアだ。
(これ、この先どうなるんだよ…!)
俺は、織田信長という日本史上最も危険な上司に、「馬鹿担当」としてロックオンされてしまった。 セーブもロードもできない、この世界で。
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