第25話 決着

「まさか、人間如きにここまで追いつめられるとはな……」


 配下のウェアウルフを乗っ取ることで復活したのか――これは、周囲に魔物がいる限り倒し切れないかもしれない。


 地面を蹴る。即座に獣魔王に接近し、剣を横凪ぎに振るう。

 剣閃が走る。獣魔王が慌てて爪を使って防ごうとするが――あまりにも遅い。

 獣魔王が防御をするよりも前に、剣がその首を刎ねた。


「動きが悪いみたいだね」

「黙れッ!」


 どうやら憑依能力はノーリスクというわけでもなさそうだ。

 対峙してみれば明らかだが、先程までと比べて動きに精細がなく、弱体化している。


 だが――。


獣の再誕Bestia renata.


 死骸が瞬く間に黒い靄となる。

 試しに靄に向かって剣で攻撃してみるも、どうにも通じた様子はない。


 靄はそのまま遠くにいた一体のウェアウルフを呑み込むと、先程と同じように獣魔王の姿へと転じる。

 再度復活した獣魔王が嘲笑を上げた。


「ふん、何度やっても無駄だ――我が眷属よ、来たれCaterva luporum!!」


 咆哮と共に、更に多くの魔物が出現する。

 その数――百を超える魔物の群れ。


 舌打ちを零す。

 今の憑依が何度使えるのかは分からないが……。

 最悪の場合――この場の魔物すべてを殺し尽くすまで、際限なく復活される可能性がある。


「嘘でしょ……」


 美月さんが絶望的な声を漏らす。


「ハハハ! どうした勇者、聖剣を出さねぇのか? このままだとお前の仲間が喰われるぞ!」

「一騎打ちじゃなかったのかな」

「黙れッ!」


 獣魔王が獰猛に牙を剥き出しする。


「……みんな、僕の周りに集まって」

「白玉君……」

「大丈夫。任せて」


 三人が僕の周囲に集まる。

 僕は片手剣を構え、周囲に展開する魔物たちを見渡した。


 ――百体の魔物。


 異世界なら、この程度の群れの討伐は数えきれないほど経験してきた。

 聖剣を使うか――いや。やり方はある。


「燐花さん、美月さん。僕が合図をしたら、できる限り広範囲の攻撃魔術を放って」

「任せて、白玉君!」

「わかったわ。ただ、魔力が……」

「大丈夫。一発だけでいい」


 燐花さんの不安そうな声に応える。


「猫屋敷さんは、僕と一緒に前衛を」

「このわたしに任せてください!」


 猫屋敷さんが武器を構えた。


「ふん、悪あがきか。無駄なことを――」


 獣魔王が嘲笑する。

 その瞬間――僕は動いた。


 地面を強く蹴って加速し、最も近い魔物へと突進する。


 剣を振るい、ワイバーンの首を切断。そのまま勢いを殺さず、次の魔物へ。

 グリフォンの翼を切り裂き、動きを封じる。


「はあああっ!」


 猫屋敷さんも僕に続いて魔物を倒していく。

 上空で浮遊するドローンカメラがビームを放ち、彼女の動きを援護していた。


 魔物たちの攻撃を最小限の動きで回避しながら、次々と屠っていく。

 異世界で培った戦闘経験が、最適な動きを僕に教えてくれる。


 グリフォンが右から攻撃してくる――剣で受け流し、鋭く反撃。

 ワイバーンが上空から――身を屈めて回避。カウンターで喉元を切り裂く。

 ウェアウルフが背後の死角から――予測済み。振り向きざまに斬り伏せる。


「何……!?」


 獣魔王が驚愕の声を上げる。

 魔物の数を減らしながら、同時に――僕は自身を餌にして、わざと魔物たちを特定の位置に誘導していた。

 燐花さんと美月さんの攻撃範囲に、できるだけ多くの魔物を集めるために。


「――今だ!」


 僕の合図と共に、二人が詠唱を完了させる。


「火焔、業苦、地獄の焔、火炙りの聖女――『煉獄領域インフェルノ』!」

「神聖、浄化、神の怒り、最後の審判――『裁きの光ホーリー・レイン』!」


 四節での詠唱。

 炎の嵐と光の雨が。同時に発生した二つの魔術が、密集した魔物を纏めて殲滅する。


 爆発的な魔力の奔流。

 魔物たちが次々と焼き尽くされ、浄化されていく。


「やった……!」


 美月さんが安堵の声を上げる。

 残った魔物は片手の指で数えられる程度。

 これなら、僕と猫屋敷さんで対処できる。


「猫屋敷さん、右をお願い!」

「はい!」


 僕たちは残った魔物を次々と撃破していく。

 そして――。


「これで、全部だ」


 最後のワイバーンを斬り伏せ、僕は獣魔王ビーストを見据えた。

 獣魔王が信じられないという表情を浮かべる。


「馬鹿な……聖剣すら使わずに、オレの眷属共を……!」

「だから初めに言ったんだよ。聖剣なんて使わなくても、お前くらい倒せるって」


 僕は片手剣を構え直した。

 獣魔王ビーストが怯えたように後ずさる。


「……流石に、乗っ取ったばかりのこの身体で貴様と戦うのは無謀か。今日のところは退かせてもらおう」

「逃がすと思う?」

「――だが、次はオレが勝つ」


 吐き捨てるや否や、獣魔王は凄まじい速さで21階層に向かって逃げ出していく。

 獣を名乗るだけあって、その速度は凄まじい。


 僕は咄嗟に懐からナイフを取り出し、その背中に向けて投擲する。

 ナイフは一直線に飛び、獣魔王の背中に刺さった。


 しかし獣魔王の巨躯に対して小さなナイフ一本では、命中したところで大したダメージは入らない。

 獣魔王は背中に刺さったナイフに気付く素振りすら見せずに、そのまま逃げ去っていった。


「どうする、追う!?」

「いや、追う必要はないよ」


 ――もう対処は済ませている。

 どこまで逃げようと問題はない。


「白玉君……すごい……」

「聖剣なしであんな強そうな奴に勝つとか……信じられないわ……」


 美月さんも燐花さんも、同じように呆然としていた。


「いやあ、ギルドで待ち構えていた甲斐がありました。配信のコメント欄も大盛り上がりですよ!」


 猫屋敷さんがドローンの画面を見せてくる。

 画面には、大量のコメントが流れていた。


『聖剣なしでマジであの怪物を倒してるよ……』

『これもうS級レベルだろ』

『ていうかあの魔物、なんか喋ってなかったか?』

『少なくとも聞いたことない言葉だったけど』


 ――そして、その配信を見ている誰かも、また。


 * * * * *


 放課後。夕暮れが差し込む学校の教室。

 白鷺百合香――リリアは派手にデコレーションされたスマートフォンで配信を視聴し終えると、まるで純真な乙女のように微笑んだ。


「お見事ね、勇者様。やっぱりあなたは――本物だった」


 彼女は画面に映る白玉悠の姿を見つめる。

 聖剣すら使わずに魔王を追い詰めた勇者。その強さは、まさに本物だった。


「ますます――興味が湧いてきたわ」


 リリアの紅い唇が、妖艶な笑みを浮かべた。

 そして、彼女はスマートフォンを閉じると、窓の外をじっと見つめる。

 その瞳には、複雑な感情が宿っていた。


 * * * * *


「はぁっ、はあっ、クソがッ! このオレが人間如きに……ッ」


 森を駆ける。洞窟を疾走する。

 白玉たちから一目散に逃げ出した獣魔王ビーストは、その自慢の脚力によって、少しでも距離を取ろうとひたすらに逃げ続けていた。


 この時の獣魔王は明確に、聖剣すら使わずに己を破った勇者――白玉悠に恐怖を抱いていた。

 苛立ち、怒りを露わにしているのは、魔王としてのプライドがそれを認められないからだ。


「これは負けじゃねぇッ、今度は一騎打ちなんて言わねぇ……次は後ろにいた女共を先に喰らってやるッ」

「それは困るわね」


 ふと、声が聞こえた。立ち止まる。

 獣魔王は、その声の主を見つけようと周囲を見渡して――。


「あ……? ああ、リリアか」


 魔王の娘。

 共に地球へと逃げ延びた仲間であるリリアがいつの間にか、獣魔王のすぐ横に立っていた。

 獣魔王が訊ねる。


「どうしてこんなところに?」

「聞きたいことがあるのだけれど」


 リリアは獣魔王の疑問には答えず、逆に質問を投げかけてくる。


「あなたたち魔王って、今地球に何人いるんだったかしら?」

「あ? 何だよいきなり……お前も含めて十三人だ」

「そうそう。そうだったわね。次の質問なんだけど、リリアって人類と敵対するつもりなのかしら?」


 なぜ自分リリアのことを獣魔王に質問するのか。

 その不思議な質問に対して、何故かまったく疑問を覚えることもなく、獣魔王は答えた。


「いや、地球侵略を目指してるオレらとは違って、お前は人類との敵対に反対してるだろ?」

「そうだったわね。後は……そうねえ。それじゃあ――」


 と、そこでリリアは嘆息した。


「あー、もう時間切れか。やっぱ魔力が多い魔物には効きが悪いなあ。できれば魔王たちの種族や能力とかも聞いておきたかったけど……」


 獣魔王は黙って立っている。

 何一つ疑問に思うことなく、リリアの言葉を待っていた。


 リリアは無表情のまま言い放った。


「ああ、もう死んでいいよ」


 獣魔王は自害した。

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