第24話 獣魔王
鋭い一閃。しかし、獣魔王は巨体に似合わぬ速度でそれを回避する。
「ふん、中々の速さだが――甘えッ!」
獣魔王の巨大な爪が、僕の身体を薙ぎ払おうと振るわれる。
僕は地面を蹴り、後方へと跳躍。爪が通過した空間に、鋭い風圧が発生した。
僕は着地と同時に再び踏み込み、獣魔王の懐へと潜り込む。
剣を振るう。今度は回避させない――軌道を読ませないように、フェイントを織り交ぜる。
同時に、剣に魔力を籠めて強化する。
剣が獣魔王の毛皮に命中し、その皮膚をほんの僅かにだが切りつけた。
ダメージは通っている。だが、浅い。
「オレの毛皮は鋼鉄よりも硬い。その程度の剣では一生掛かっても倒せねぇぞ!」
獣魔王が哄笑した。
先程からこちらの攻撃を避ける素振りすらみせず、嵐のように攻撃を続けてくる。
魔王としての防御能力と生命力に頼り切った強引な戦い方ではあるが、こちらのダメージがほとんど通らない以上、確かに脅威だ。
「なら――倒せるまで斬り続けるだけだよ」
速度を上げる。
腕、背中、腹、眼球――次々と剣閃を振るう。
獣魔王は一切防御する気がないらしい。
防御を捨て、反撃とばかりに鉤爪を振り回してくる。
そのすべてを掻い潜って刃を走らせ――しかし、ほとんどダメージが通っていない。
「ふん、効かねえよ!」
「面倒だなあ……」
ドラゴンといい目の前の魔王といい、無駄に硬い敵ばかりで困る。
だが、ダメージを与えられていないのは相手も同じだった。
「チッ、ちょこまかと!」
苛立ちと共に横凪ぎに振るわれた爪を屈んで回避し、そのまま足を狙って剣を走らせる。
反撃の蹴り。身体を捻って避けると、更に剣を二度三度と振るう。
尻尾が鞭のようにしなり、放たれる。バックステップで距離を取った。
「ああもう面倒臭ぇッ! ――
獣魔王が痺れを切らしたように怒気を爆発させた。
悍ましい魔力が獣魔王の腕先――巨大な鉤爪に集中する。
白い爪がまるで腐り落ちるように、禍々しく、赤黒く変色していく。
獣魔王が咆哮を上げ、赤黒い鉤爪を乱暴に振り回す。
冷静に距離を取る。何らかの魔術の行使――効果が定かでない以上、迂闊に近づくのは危険だ。
「おいおい、逃げてばっかりかよ!」
返事を返さず、振り下ろされた爪を最小限の動きで回避して反撃、剣を振るう。
獣魔王が一歩下がり、赤黒く染まった爪を盾のように構えた。
攻撃を防ごうとしている――違和感。
攻撃を中断して剣を引き戻す。あの禍々しい爪に剣をぶつけては不味いと直感する。
魔力を籠めた足で獣魔王を蹴りつけた。
当然ダメージは入らないが、反動で距離を確保する。
「なるほど……」
先程の動き。
今まですべての攻撃を強靭な毛皮で防ぎ、碌に防御に意識を割いていなかった獣魔王が、いきなり爪で防御をしてきた。
違和感がある。
先程行使された魔術に関連している可能性。
あの赤黒い鉤爪――剣が触れるのも避けた方が良さそうだ。
素早く周囲を確認する。
美月さんたちの戦いも順調そうだ。
「疾風、炎熱、火災旋風――『
燐花さんの魔術が、グリフォンの群れを焼き払う。
「――は、はは、はははっ、見なさい! 私だってやれるんだからっ!」
荒れ狂う炎。離れた位置のこちらにまで熱が伝わってくる。
美月さんが横から支援魔術を施すと、その火力が更に高まっていく。
燃え尽きて灰になっていく魔物の群れを前にして、燐花さんは興奮した様子で哄笑を響かせている。
「いきなり後ろから焼かれそうで怖いですねえ」
燐花さんの大火力の魔術を脅威に感じたのか魔物の群れが殺到するが、猫屋敷さんが前衛としてそれを押し留めていた。
呑気な台詞とは裏腹に、猫屋敷さんは俊敏な動きで魔物の群れを切り払っていく。
止めを刺すのではなく、足止めに徹した動きだ。
足止めされた魔物の群れを、燐花さんの炎魔術が纏めて焼き払っていく。
あちらの様子は問題なさそうだ。
炎魔術の渦から逃げ出してきた小型の魔獣の一体に向かって剣を振るい、両脚を切り落とす。
悲鳴を上げた魔物を片手で掴み、そのまま獣魔王に向かって突貫する。
再び爪が振り下ろされる。
剣を引き戻し距離を取り、片手に持った魔物を赤黒く脈動する鉤爪に投擲する。
命中。獣魔王の爪に触れた途端、魔物が苦悶の悲鳴を上げた。
その身体が瞬く間に黒く染まっていき、ボロボロと灰になって消えていく。
「やっぱり、触れるだけでアウトか」
「小癪な……!」
効果が分かれば怖くはない。
その強靭な毛皮による耐久力、獣の如きパワーと速度を兼ね備えているが――その反面、戦闘の技術については大したことがない。
恐らく、大半の相手ならばそのスペックだけで屠れてしまうからだろう。
接近する。ステップを踏むように爪の動きを掻い潜り、剣を毛皮に突き刺した。
効かないと高を括っていた獣魔王が驚愕の表情を浮かべる。
剣が、獣魔王の心臓部分を貫いた。
「がッ、はッ」
今までの対峙の中で、ダメージが通らないと油断していたのだろう。
あっさりと貫くことができた。
「ありがとう。剣が通りにくい相手の訓練としては丁度良かったよ」
剣を引き抜き、再度振るう。
そのまま首を斬り飛ばす。
戦いの中で洗練された剣技――異世界で蓄積した戦いでの経験を、現在の肉体の強度に最適化させた。
今の僕ならば、ドラゴンの鱗だって切り裂けるだろう。
獣魔王の首が宙を舞う。
何が起きたのか分からないといった表情のまま、獣魔王は絶命した――否。
獣魔王の生首が怒りの形相を浮かべる。
そして――咆哮した。
周囲の空気が痺れるように震え、地面が脈動する。
「これは――」
嫌な予感がする。
「
詠唱と共に獣魔王の身体が崩れ落ちる――次の瞬間。
獣魔王の首と胴体が黒い霧となって四散し、周囲にウェアウルフの一体に吸い込まれていく。
「もしかして――憑依!?」
美月さんが叫んだ。
その通り――黒い靄を取り込んだウェアウルフの身体が痙攣し、膨張する。
肉体がまるで溶けるように変貌していき、瞬く間に
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