第26話 ギルド長との対面

「何……なんだったの、これ?」


 一度逃げたはずの獣魔王ビーストが、わざわざ僕たちの前に戻ってきて、いくつかの質問に素直に答えた末に自害した。

 起きた出来事はたったそれだけであるが、美月さんたちからすれば意味が分からないのも無理はないだろう。


 『傀儡の聖剣マリオネット』――刃を突き立てた相手を、まるで操り人形のように洗脳し、意のままに操る効果を持つ聖剣。

 勿論、誰が相手でも効果があるというわけではない。

 魔力に対する抵抗が強い相手になればなるほど、その効き目は薄れる。


 本来の、万全な状態の魔王であれば通用しなかっただろう。

 ただし獣魔王の場合は、二度の憑依によって能力が低下していた――それによって、短時間ではあるが洗脳効果が通じたのだ。


「今のも聖剣の効果だったの?」

「そうだよ。『傀儡の聖剣マリオネット』って言うんだけど」

「聖剣使わないってのは何だったのよ……」

「必要な場面なら使うとは言っておいたからね」


 魔力消費の重さを考えると、聖剣なしで勝てるのが理想ではある。

 かといって、聖剣を出し渋ったばかりに敵に敗れるなんて、それはあまりにも馬鹿馬鹿しい。


 ――それに、聖剣を使わないように振る舞っていたのは、ブラフも兼ねている。


 先日の戦いでは【聖剣召喚コール・ブレイブ】で毎度、聖剣を召喚して戦っていた。

 それを前提に――事前に召喚した上で聖剣を隠し持っておけば、相手の意表を付けるという考え。


 実際、用意していた『静寂の聖剣カウンタースペル』も『傀儡の聖剣マリオネット』も、十分に役立った。

 魔力の確保には売らずに取っておいた魔石のいくつかを使うことになったが、それだけの価値はあったと言ってもいいだろう。


「とにかく、もう大丈夫なのよね……?」

「ああ、もう憑依で復活することもないよ」


 獣魔王は憑依によって復活するという選択肢を思い浮かべることすらなく、自害した。もう復活することはないだろう。


「みんな怪我は大丈夫かな。魔力はまだ余裕があるから、怪我してる人がいたら治療魔術を使うよ」

「僕は大丈夫」


 燐花さんや猫屋敷さんも特に怪我はなさそうだ。

 美月さんがその様子を見て、安堵したように微笑んだ。


「あのー、もうカメラを戻してもいいでしょうか?」

「ああ、ごめん。もう大丈夫だよ。それと一応、今の出来事については配信では伏せておいてくれると助かる」

「まあ白玉さんがそう言うなら……その代わり、また配信に出てくださいね」


 渋るかと思ったが、猫屋敷さんはあっさり頷くと、ドローンを操作し始める。


 獣魔王から情報を引き出すにあたって、いくつかの理由から、猫屋敷さんには一時的に配信を止めてもらっていた。


 魔王および異世界に関する情報をそのまま全世界に流してしまうのは避けたいというのが一つ。

 もう一つは、僕が使った『傀儡の聖剣マリオネット』の能力を隠したいという理由もあった。


 洗脳能力、というのがあまり風聞が良くないのもある。

 加えて、伏札としておけば、他の魔王と対峙する際に役立つ可能性。

 特に相手から情報を引き出す上で、『傀儡の聖剣マリオネット』はこの上なく便利な武器である。


「すみません皆さん! 機材の不調で一時的に配信が途切れてしまいました!」


『おお戻った』

『無事でよかった』


「いやあ、ビームの使いすぎですかね」

「そういえば、そのカメラ戦闘中にビーム撃ってなかった?」

「ええ。ビームで自動で援護してくれる機能が付いてますから。高かったんですよ!」

「配信機材に報酬全部使ったって話だったけど、凄いね……」

「本当は武器とか防具にもお金を掛けたかったんですけどねー。ビーム機能を見た瞬間、気付いたら買っちゃってました」


 そんな風に誤魔化してくれたおかげで、コメントを適当に眺める限り、そこまで不審には思われていない様子だ。 


『そういえば魔力反応ってやつはどうなったの? さっきの魔物が関係あったのかな?』


 流れるコメントの一つを見て、猫屋敷さんが「ああ」と思い出したように呟く。


「そういえば魔力反応を確認しに来たんでしたね。すっかり忘れてました」

「あの魔物が原因かは分からないけど……今はおかしな魔力反応も消えてるみたい」


 美月さんが周囲を見渡してそのように答えた。


 冒険者ギルドが感知した異常な魔力反応は恐らく、先程防いだ強制転移の魔術が原因だろう。

 強制転移の魔術――相当な大魔術である。


 術者がどれほど強大であろうと、そう何度も連続して使えるものではないはずだ。

 それに、もしも連続して使えるならば、獣魔王ビーストとの戦いの最中に使ってきたはずである。


「だから、これで大丈夫だと思うけど……」


 丁度、美月さんの懐から先程と同じ電子音が響く。


「はい、月ヶ瀬です」

『先程ご連絡した魔力反応について、反応が消失しました』

「そうでしたか! ご連絡ありがとうございます」

『――つきましては、ギルド長より、あなた方にお話がございます。できれば、今から地上に戻ってきて頂けると……』


「どうしようか、白玉君?」

「疲れたし、良いんじゃないかな。連携訓練の成果も十分発揮できたと思うし」

「さんせーい」


 美月さんの確認に、地上への帰還を提案する。

 獣魔王から得た情報についても一度整理したい。


 僕が賛成すると、怠そうな態度で燐花さんが同意の声を上げる。

 魔力の枯渇だろう。ひどく疲れ切った様子で、僕の背中に寄り掛かってきた。


「おんぶして?」

「えぇ……猫屋敷さんに」

「地上までずっと話しかけてきそうだからやだ」

「燐花ちゃん……?」


 美月さんがじっとりとした目で見てくるが、まあ仕方ない。

 この状態の燐花さんを地上まで歩かせるのも忍びないし、猫屋敷さんのテンションについて行くのも厳しそうだ。


 背中を向いて屈むと、燐花さんが雑に身体を預けてきた。

 落ちないように脚を抱えて立ち上がる。


 美月さんと違って胸がそんなに大きくないからおんぶしやすいな、と内心で思ったが口には出さなかった。


「わたしはまだ行けますが」

「燐花さんも限界だし、今日はもう戻ろう。リーダー命令だ」

「仕方ないですねえ。皆さんもっと鍛えた方がいいんじゃないでしょうか?」

「うるさーい」


 猫屋敷さんに抗議の声を上げる燐花さんだったが、声色はか細く、本調子ではないのは明らかだ。

 その様子をじっと見つめていた美月さんは、はっと何か思いついた様子で口を開いた。


「わ、私も魔力が足りなくて――」

「あれ、さっきは治療魔術を使うくらいは余裕があるって言ってませんでしたか?」

「…………」


 猫屋敷さんの指摘を受けて、美月さんが顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


 * * * * *


 途中で寝落ちした燐花さんを背負ったまま地上に戻り、ギルド長と対面する。

 ギルド長はその様子に表情一つ動かすことなく、開口一番にこう言った。


「異世界から来た魔王たちについて、話がある」

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