第23話 ダンジョン探索と異変

 ダンジョン内部。

 10層から15層あたりの探索は順調だった。


 ゴブリンやオークといった上層の魔物を、聖剣を使わずに次々と撃破していく。

 片手剣と『刺突風スピア』を初めとした基礎的な魔術、そして美月さんたちとの連携で十分に対応できていた。


「連携も問題なさそう。それに……聖剣がなくても、そんなに強いんだね」

「まあ、これくらいの魔物ならね」


 異世界では、もっと強力な魔物と戦い続けてきた。

 少なくとも上層の魔物程度に苦戦することはない。


「まるで後ろが見えてるみたいな動きをするわね。ま、連携がしやすくて後衛としては助かるけど」


 燐花さんも満足そうだ。


 パーティの連携訓練も兼ねた探索は順調だった。

 16層、17層と順調に進んでいく。


 魔物の強さは徐々に上がっているが、それでも問題なく対処できる範囲だ。

 美月さんの治癒魔術と燐花さんの攻撃魔術、そして猫屋敷さんが前衛として後衛の二人を守りつつ戦う。連携もスムーズに機能している。


 僕たちは順調に階層を進み、やがて19層にまで到達した。


「うーん、順調すぎて面白みが足りないと思いませんか? ちょっと苦戦する感じの映像撮れないですかね」

「思わないし撮らないよ」

「けど、ここまで来ると魔物も強くなってくるね」


 美月さんが杖を構えて周囲を警戒する。


「そろそろ休憩にしましょう?」

「そうだね。少し疲れたし」


 燐花さんの提案に頷く。

 僕たちは安全な場所を見つけて、腰を下ろした。

 美月さんに魔物避けの結界を張ってもらい、その内部で休憩を取ることにする。


「今のところ順調ね」

「うん。聖剣なしでも全然いけるね」


 燐花さんと美月さんが安心した様子で話している。


 その時――冒険者ギルドから連絡が入った。


 美月さんの懐から電子音が鳴り響く。

 通信機を取り出すと、それを耳に当てた。


 冒険者向けの、ダンジョン内でも通信できる端末らしい。

 スピーカーになっているのか、端末からは更科さんの慌ただしい声が聞こえてくる。


「はい、月ヶ瀬です」

『緊急連絡です。現在、渋谷ダンジョンの20層以降で、異常な魔力反応が観測されています』

「異常な魔力反応……?」

『詳細は不明ですが、非常に強力な魔力が検知されました。20層以降への探索を予定している冒険者には、十分注意するよう警告が出ています』


 美月さんの表情が険しくなる。


 20層――つまり、すぐ真下だ。


「白玉君、どうしようか。一旦戻る?」


 美月さんが心配そうに尋ねてくる。

 今このパーティのリーダーは僕だ。判断しなくてはならない。


「……そうだね、今日のところは戻ろうか」


 未だ敵の規模すら掴めていない状態だ。リスクは避けたい。

 これが僕一人ならば異変を調べに行ったかもしれないが、美月さんたちを巻き込むことになってしまう。


「白玉さん……本当にそれでいいんですか?」


 猫屋敷さんが真剣っぽい顔をして問いかけてくる。

 僕の躊躇いを見抜いたのか――いや、彼女の場合は撮れ高目当てで異変を探りに行きたいだけだろうけど。


「異変ですよ異変! もしかしたらまたわたしがバズるチャンスかもしれません。勿論、親友の白玉さんなら手伝ってくださいますよね!?」

「親友ではないけど……」


 ただ、猫屋敷さんではないけれど、僕も20層の異変が気になるのは確かだ。

 出来れば調べておきたいという思いはある。

 内心で葛藤していると、美月さんが微笑んだ。


「行ってもいいんじゃないかな?」

「美月さん?」

「気になるんだよね。私たちだって冒険者なんだから、多少の危険くらいどうってことないよ!」


 僕が悩んでいる姿を見てか、美月さんがそんな風に背中を押してくれる。


「ま、私も賛成するわ。私は強くならなきゃいけないんだから……こんなところで逃げるつもりはないわよ」


 その言葉はどこか切羽詰まっているようだったが、訊ね返す間もなく。

 猫屋敷さんが喜びの声を上げた。


「おお、それでは行きましょう!」


 相談の結果、20層を確認することとなった。

 休憩を終えると、僕たちは20層への階段を降りのだった。


 * * * * *


 20層は19層までの洞窟のような構造ではなく、大広間のような大空間となっている。

 ここは通常、ミノタウロスがボス級魔物として君臨する階層だ。


 ――けれど、先日の探索では、なぜかドラゴンが出現した。油断はできない。


「気を付けて。何が出てくるか分からないから」


 僕が先頭を進み、警戒しながら広間へと足を踏み入れる。


 その瞬間――。

 ぞくり、と背筋に悪寒が走った。


「みんな、下がって!」


 咄嗟に叫ぶ。

 20層全体を悍ましい魔力が包み込んだ。


「これは――この間と同じ!?」


 美月さんが驚愕の声を上げる。

 空間が歪む。視界が揺らぐ。

 強制的に別の場所へ飛ばされる感覚――あの日と同じだ。


「……またこのパターンか」


 一瞬焦ったが、なんてことはない。

 小さく息を吐く。

 まさか舐められているのだろうか――同じ手段に二度も引っかかるはずがないというのに。


 ダンジョン探索にあたって、強制転移への対抗策は既に用意してある。

 その対策となる聖剣は、事前に召喚済だった。


「『静寂サイレンス』」


 懐に忍ばせていた短剣に魔力を流す。

 瞬間。鏡が割れるような音と共に、あっさりと魔術が霧散した。


 同時に、魔術の発動を無効化する聖剣――『静寂の聖剣カウンタースペル』が力を消費して消えていく。


「止まった……。それも聖剣の力?」


 燐花さんが安堵したようにほっと息を吐く。

 僕は頷いた。


「白玉さん、聖剣使わないんじゃなかったんですか?」

「いや、これは緊急時だから。それにこの聖剣の場合は、効果を発動するまでは魔力を消費しないんだ」


 つまり、事前に召喚して身につけておけば、今回のような強制転移への対策となる。

 猫屋敷さんの指摘に対して、僕はそんな言い訳をした。

 

 しかし、問題はそこではない。


 前回に引き続き、二連続での強制転移。

 元から偶然ではないと考えていた僕以外の皆も、流石に二連続で起こるとこの転移現象が作為的なものだと考えたようで、周囲に警戒の視線を向けていた。


「誰かが意図的にこの転移魔術を仕掛けた……?」


 美月さんが警戒するように周囲を見回す。

 その時――。


「――危ない」


 僕は咄嗟に剣を構え、敵の奇襲を防いだ。

 鋭い爪による重い一撃。魔力で強化された腕が痺れるほどの威力。

 21層に繋がる道から凄まじい勢いで接近してきた怪物が、僕たちに攻撃を仕掛けてきたのだ。


 反撃で放った『刺突風スピア』を腕の一振りで掻き消し、奇襲してきた相手――巨大な獣の姿の怪物は、素早く距離を取った。


「誰!?」


 燐花さんが杖の先端に炎を灯して構える。


「チッ……。転移を無効化するとは、流石は勇者ってとこか」


 巨大な狼のような姿。

 全身を覆う黒い毛皮。鋭い爪と牙。

 その存在から放たれる圧倒的な魔力に、三人が息を呑む。


「オレは獣魔王ビースト。貴様らゴミ共を喰らい、この星を奪う者よ」

「魔王か」


 やはりというべきか。

 魔王――異世界において、魔族の王として君臨していた怪物たち。


 獣魔王ビーストと名乗った獣が牙を剥き出しにして不敵に笑う。


「勇者――貴様の力、見せてもらおうか」


 獣魔王ビーストが咆哮を上げた。

 その瞬間、周囲に無数の獣型魔物が出現する。

 ウェアウルフ、ワイバーン、グリフォン――どれも強力な魔物ばかりだ。


 美月さんが不安そうに僕を見つめる。


「白玉君……これ、どうするの……」

「大丈夫。落ち着いて」


 僕は片手剣を構えた。

 聖剣ではない、ただの剣――それを見て、魔王が嘲笑を浮かべる。


「ふん、聖剣もなしにオレに挑むつもりか? 舐められたもんだな」

「聖剣なんていらないよ、お前程度」


 確かに、魔王は強敵だ。

 けれど、異世界で僕は四天王を含む、数多くの魔王を倒してきた。

 目の前の獣魔王ビーストは――確かに強大な力を持っているようだが、あの時の四天王が放っていた力には遠く及ばない。


「みんな、あの獣は僕が片付けるから、その間に周囲の魔物の対処をよろしく」

「で、でも……」

「大丈夫だよ、美月さん。信じて」


 美月さんの不安そうな表情に、僕は微笑みかけた。


「……分かった。気を付けてね」


 美月さんが頷く。


「任せときなさい、足手纏いになるつもりはないわ――この程度の雑魚くらい、私たちで全部倒してみせるわよ」

「そうですそうです。こう見えてわたしも装備を新調しましたからね。まあ、配信機材にほとんど使っちゃってあんまり良い武器は買えなかったんですが」


 燐花さんも自信を取り戻したように言った。

 猫屋敷さんに至ってはこの状況でも特に動じていないのか、普段通りの様子だ。

 ただし、猫屋敷さんの配信のコメント欄は大パニック状態になっているが。


『なんだあの強そうな魔物!?』

『なんか喋ってるぞ!』

『聖剣使えよ!』

『逃げろ逃げろ逃げろ!』

『お前武器新調したってあの安物だろ!?』


 ――けれど、僕は逃げるつもりはない。

 獣魔王ビーストに向けて、剣を構える。


「いいぜ、一騎打ちだ。噛み砕いてやるよ」


 獣魔王が挑発的に笑う。


 僕は地面を蹴り、獣魔王へと突進した。

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