2-2

 作戦室の扉を開ける。

 流石に早すぎたのか中にいるのはたったの一人。

 ところがその一人が全く見覚えのない人物であることに俺は気づいた。

 ポツンと部屋の真ん中で静かに座る見知らぬ女性がゆっくりと口を開く。


「私は『星読みのミリダ』。あなたがここに来ることはわかっていました」


 見た目が如何にも「占い師」というフードを被り、口元をヴェールで隠した薄着の女性が如何にもなセリフを吐いている。


(わかっていたも何も……この後、詳細報告があるんだが?)


 当然思うだけで口にはしない。

 この唐突に待ち伏せしてきたかのような女性の出現には、俺もただただ黙って首を傾げるばかりである。

 するとその反応が予想外だったのか、占い師のような女性もこちらに合わせるように首を傾げ、俯き加減だった顔を上げて俺を見る。


「……リオレスじゃない?」


「人違いだな」


 どうやら目的の人物と間違えたようだ。

 雰囲気を出すためかもしれないが、相手の顔くらいはきちんと見よう。

 頷く俺と「あれー?」と首をさらに捻る占い師。


「おかしいわね。あなたがここに来るなんて見えてないわ」


「見えていない」という表現に少し引っかかりはしたものの、俺は彼女の目的を聞くことにする。


「リオレスを呼び出したのか?」


「逆よ。私がリオレスに呼ばれてるの」


 一瞬頭を過る男女の仲。

 しかしすぐにそれはないな、と詳細を尋ねる。


「見ての通り、私は占い師。占い師がやることなんて一つしかないでしょう?」


 そう言って立ち上がると自分の恰好を見せる。

 彼女の姿を見てやはり何か見覚えがある。

 既視感というより「誰か」と似ている。

 顔ではない。

 彼女が纏う雰囲気や服装、そこに何かを感じてしまう。


「……エルメシアか」


 思わず呟いてしまったが、彼女の服装と共通点があるのだ。

 色合いもそうだが、服装がよく似ていると改めて思った。


「あー、魔女と一緒にはされたくないんだけど?」


 非難するような視線に「すまない」と謝罪の言葉を口にすると同時に俺はハッとなる。


「同じ世界?」


「正解。以前アリスがエルメシアについての情報を七期に聞いて回ってたわよ」


 その言葉で俺はようやくミリダが同期ではないと確信が持てた。

 向こうもそれに気づいたらしく「もう一度自己紹介をした方がいいかしら?」と笑った。


「あなたのことは聞いているわ、スコール1」


「……光栄だ」


 一体どのように聞いているのか少々気になるが、ここは先ほどの続きを促す。

 下手に自分のことを聞いて余計な勘違いが生まれるのは避けたい。


「エルメシアについて尋ねても?」


 そう聞くと「いいわよ」とあっさりと承諾してくれた。

 どうやらリオレスが来るまでまだ時間があるらしく、それまでは暇つぶしの話し相手になってくれるそうだ。


「祭礼の魔女エルメシア。『国堕とし』や『黒き静謐の森の魔女』なんて呼び方もあるけど、私ならこう言う」


「引きこもりの魔女」と続けてミリダは笑う。

 ミリダ曰く「エルメシアと自分は同じ時代の生まれであり、あの魔女が滅ぼした国こそが、ミリダが生まれ育った故郷である」とのことだ。

 そのことについて恨みがあるのではないか、と思ったのだが、特に思うところはないらしい。

 それについては一応理由があるそうだ。


「――だから私は言ったのよ、あの馬鹿王に。『魔女なんて森で引きこもってるだけなんだから百年放置して干からびるまで待て』ってね。なのにあの馬鹿は兵隊差し向けて、それを返り討ちにされて『余の威信がー』とか言って諸侯招集までやってさー。それでも負けて、森ぶっ壊されてキレ散らかした魔女を王都まで引っ張るとかどんだけ馬鹿なのよって話よ」


 喋る喋るよく喋る。

 この占い師、思った以上によく喋る。

 なおも続く愚痴混じりの語りはさらにヒートアップ。


「――それが原因で周辺国の介入招いて、あっちこっちで戦争始まって、私が予言した通りのことが起こってんのにまーだ私の言うこと信じないバカがやらかす。『これはもうダメだ』って知り合いを国から逃がす手引きしてたら、その知り合いも家族友人を連れて行こうとするのよ。気が付けば難民大移動かってくらいの人数に膨れ上がって、それを犠牲者無しで逃がしたのよ?」


「私凄いでしょ」と同意を求めてくるミリダ。

 その圧に負けて頷くと気分が良くなったのか、さらに口が回る回る。

 最初のあのミステリアスな雰囲気は何処に行ったのか?

 完全に井戸端会議でマシンガントークを繰り広げるおばちゃんである。


「――んで、これが原因で『奇跡の運び手』とか言われてさー、あっちこっちで持ち上げられて、それを妬んだ亡命先の王子に難癖付けられたのよ。最初は気にしてなかったんだけど。ふとした事件で『あ、これダメだ』と気づいたときには遅かった。どう占っても自分のことは正確には占えない。あえなく捕まって、これよ」


 そう言って首を切るジェスチャーで締めくくるミリダ。


「多分この件が原因でここに呼び出されたんだろうねー」


 どうやらミリダは全く戦えない部類の英霊らしく「よく当たる占い」という特技のお陰で、ここエデンに残っているのだと言う。

 ちなみに「よく当たる」と言うが彼女がしているのは未来視に近く「占いの結果を知らない限りは確実に当たる」とのことである。


「ポイントを支払えば占ってあげるから、その気になったら連絡を頂戴」


 そう言ってウインクをするミリダ。

 見た目は美女なので様になっているが、実年齢はどれほどなのか?

 第七期ということは実際に生きた年数に五十年を足したことになる。

 そう考えたところで「女性の年齢について考えるのよそう」と頭を振ると作戦室の扉が開いた。


「スコール1か?」


 振り返るとそこにはリオレスの姿。

 そう言えばミリダを呼んだのはリオレスである。

 他人の用件に首を突っ込むのもよくないので、俺は彼と入れ替わるように外へ出ようとする。

 そこで俺もリオレスに用があったことを思い出して彼の名前を呼ぶ。


「検証したいことができた。頼めるか?」


 そう言って取り出すのはTier4のブレード。

 それを見たリオレスが「ほお」とその刃をまじまじと見つめる。

 しばしブレードを見つめた後、リオレスは「わかった」とだけ返事をしてミリダに向き直る。

 俺は外に出て扉の横で壁を背にする。

 どんな用件かはわからないが、人が入ってくることをよしとするとも思えない。

 なので誰かが入ろうとすれば止めるくらいはするのが礼儀。


(検証に協力してもらうわけだからな、これくらいはやらないと)


 そう思い腕を組んで目を瞑る。

 そこで「そう言えば」とミリダの話を思い出す。


(エルメシアが引きこもりの魔女、か……)


 もしかしたら彼女はただコミュニケーション能力が壊滅的で、あのような手段しか取れない人間なのかもしれない。

 或いは、こっちでは上手くやろうとして「まず実力を見せる」と息巻いていた可能性もあるのではないか?

 だとすれば、俺は所謂「高校デビュー」や「大学デビュー」と言ったイメージ変更を潰した人物、ということになる。

「なんか悪いことしたなぁ」と冗談交じりに心の中で苦笑していると中の話が終わったらしく、リオレスが廊下に出てくる。


「訓練場か?」


「数値を測りたい」


 俺がそれだけ言うとリオレスは頷く。

 多分色々と察してくれてるんだろうな、と俺も頷き返すと去って行く。

 どうやら今回も不参加のようだ。

 俺は戦闘詳細の報告で知りたいことがあるので、中に入って待つことにする。

 中に入るとミリダが気怠そうに椅子でぐったりしていた。

 どうやら彼女の占いはそれなり疲れるもののようだ。

「仕方がない」と俺は部屋の隅に備え付けられたウォーターサーバーから水を拝借。

 レーションガチャを行いチョコレート味を出して一緒に渡す。

「ああ、これが例の」とミリダは俺の差し入れを受け入れる。


「なるほど、これは中々……」


 ボリボリとレーションを齧るミリダだが、咀嚼の時間が妙に長い。

 するとようやく飲み込んだところで「そういうことか」と勝手に納得している。


「これはその霊装から取り出されている。間違いないね?」


 ミリダの質問に俺は頷いて肯定する。


「微量ではあるが我々英霊には力を回復させる効果があるね」


「マジかよ」と口には出さないものの僅かに驚愕の表情を浮かべる俺にミリダは続ける。


「もっとも、その分君が消耗することになる。回復も微々たる量なので気に留めるようなものでもない」


 大量にばらまかない限り問題はない、とミリダは次の一本を普通に食べる。

 味も気に入ったらしく「これならポイントで販売してもいい」と妙なところでお墨付きを得た。


「占いというのは消耗が激しいものなのだな」


 この何気ない呟きにミリダは「ん?」と俺の想像が的外れであるかのような反応を見せた。


「ああ、流石に内容が内容でね。気疲れしたってだけだよ」


 占い自体の消耗など高が知れているとミリダは最後の一本を食べ終える。


「よもや、あんなものを追いかける人間がいるとはねぇ」


「聞いて良いものなのか?」


 俺の言葉に「構わないよ」と口止めされてないと言ってミリダは語る。

 リオレスの目的はある者を殺すことらしい。

 しかしそうなると世界が違うのでその願いは叶わない。

 その疑問に答えるように彼女は続ける。


「あいつが追っているのはこっちで『異界渡り』と呼ばれてる一種の怪異さ。話を聞くまで、私もただの噂話だと思っていたけど」


「ほんとにいたんだねぇ」とカップの水を飲むミリダ。

 その姿に俺は「異界渡り」と要領を得ないように呟いたところ、レーションの代金だとばかりにミリダは説明してくれた。


「正式名称は誰も知らない。噂話、御伽噺、そんなものの中にしか存在しない、ふと現れて甚大な被害をもたらしたり、奇跡のような救いを見せる。色んな世界で姿を見せることから誰が呼んだか『異界渡り』。そんな怪異」


 人間がかかわっていい存在じゃないよ、と断言するミリダはカップを持って立ち上がる。

「美味しかったよ」とだけ言ってカップを捨ててから部屋を出た。

 やはり動いている姿をみるとあの透き通るようなヒラヒラした衣装がよく似ている。

 露出度も高く、スタイルも良かったので目の保養にもなった。

 そんな感想を抱いたところで俺の良く知る声が廊下から聞こえてきた。


「おお、エロイ恰好してるな!」


 最初に思ったことは「え、何でこいつが?」である。

 確かに前回は参加していた。

 だがそれはゲロ塗れになった者たちを高みから見物するためだったはずである。

 ならば今回、それもこんな早くにあの男が来る理由は一対何か?

 扉が閉まると廊下の話し声はほとんど聞こえない。

 再び扉が開いたところで「訴えるからな、バカー!」という捨て台詞のような声が聞こえたかと思えば、姿を現すいつものおっさん。


「お、早いじゃねーかスコール1」


 良いものを見たとばかりに満足気に頷いているデイデアラ。


「……時間前とは珍しいな」


 ミリダに何をしたのかは大体想像がつく。

 なので呆れたように言ってやったが、それを気にするような人物ではない。


「いやー、今回ばかりは俺様も待ち切れなくてな」


「絶対面白いことになるだろ」と笑うデイデアラ。

 本当に英霊というやつはどいつもこいつも癖がありすぎる。

 俺はこれ見よがしにこのおっさんの前で大きな溜息を吐いてやった。

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