1-15

 バイクを走らせて超大型の重機すら抜けられそうなサイズのゲートを抜ける。

 やる気のある英霊は既に走り出して見えなくなりつつあり、それ以外の者たちはエデンが用意した大型トラックのような二階建ての輸送車に乗り込んでいた。

 前回これを見なかったのは恐らくもう片方の戦場に輸送で使われていたからだろう。

 勢いよくバイクでゲートを飛び出したが、その先にでっかい乗り物があって出鼻を挫かれた気分だ。

 隣にいるエリッサも「ほへー」と口を開けて輸送車を見上げている。

 取り敢えず運転席に横づけしてみるとそこには初めて見るエデンの軍人。

 職員ではないと思ったのは服装がジェスタとよく似ているからだが、その勘は見事に的中していた。


「お、走行二輪車か。足があるのは助かるね」


「前回見なかったが……数が足りていないのか?」


「わかる?」と困った顔の軍人さん。

 話を聞くと前々回の出撃時に二台損傷しており、そちらの修理がまだ終わっていないとのことである。

 送り迎えするだけなら大丈夫なのではないか、と思ったが……事情は俺が想像していたものと大分違っていた。


「対デペス用に処理を施しておかないと、車両ですら満足に外で動かせない。ちょっと近づきすぎただけですーぐ故障しちまう。『損傷』というのはつまりそういうことさ」


 言われて思い出したがデペスは極小の寄生生物である。

 有機物無機物問わず寄生するため、エデンの外に出るとただの車両では即廃車。

 エデン周辺ならばまだ大丈夫らしいが、1キロメートルも離れればもう危険地帯となるそうだ。


「だから普通の人間はこうやって全身防護服を着なくちゃいけない」


 そういうと軍人はヘルメットを被り、スーツと接合したことを確認する作業を俺に見せてくれる。


「そういう理由で送り迎えさえ満足にできないのがエデンの実情だ。これが終わったら俺、十日間は外周にある隔離区域で生活しなきゃならないんだぜ?」


 嫁と子供が心配だわ、と肩をすくめてみせるがそこに悲壮感はない。

 守る者がある――だからこそ、戦う力がなくとも彼は戦うのだろう。

 ならば俺が言うべき言葉一つしかない。

 一つしかないが、言い切れないのが今の俺。


「任せろ――」


「まっかせなさい!」


「任せろとは言えないが……」と続けようとしたところでエリッサが胸をドンと叩いて俺の言葉に被せてきた。

 察しているのか歯を見せて俺に笑いかけるエリッサ。

 溜息しか出ないが「やるしかないな」と運転手に軽く挨拶だけして俺はバイクを走らせた。




 戦闘領域に到着すると先客が五人。

 一人は金髪イケメン剣士のリオレスだが、残りは顔も名前も覚えていない英霊だった。

 いや、見た記憶がある者はいる。

 年寄りのような話し方をする魔法使いと虚無僧みたいな坊主と言ってよいかわからない英霊。

 こちらの視線に気づいたのか、虚無僧にしか見えない英霊が軽く会釈をする。

 魔法使いの方はスーッと音も立てずに近づいてきた。

 足元を見ると浮いているので、恐らくはここまで飛んできたのかもしれない。


「コンソメ味はあるかの?」


「いきなりそれか?」


 拒否する理由も特にないので取り出すが……残念、チョコレート味。

 

「あまり暢気に構えるのはどうかと思いますが?」


 そんな俺たちに注意を促す虚無僧。

 しかし魔法使いは顎をしゃくって遠くの空を指し示す。


「ドータ、お前さんはあの距離から攻撃されたとして……対処できない、とでも言うつもりかね?」


 遠くに見えるのは蚊柱を彷彿とされる黒い雲のようにも見えるデペスの群れ。

 雲霞の如きあの群れとこれから戦うことになるわけだが、悲壮感を見せる者はこの場にいない。

 顔は見えないが、この「ドータ」と呼ばれた虚無僧もあの大群を前にしても余裕のある態度を崩していない。


「緊張感は必要ですぞ? 戦場では何が起こるかわからないもの……経験豊富な『ジャミトス』殿ならば、よくご存知かと思ったのですが?」


 鼻で笑う虚無僧とそれを挑発と受け取った魔法使い。

 沈黙の中、睨み合っている二人。

 唐突に険悪な雰囲気だが、どうやらこの二人は仲が悪いようだ。

 ふと視線を逸らした先にいるリオレスは「またか」とばかりに溜息を吐いて頭を振っている。

 取り敢えず、この二人の名前を知ることができたのでよしとしておく。

 空気を変えるべくレーションガチャでコンソメ味を出してジャミトスに渡す。

 そして空気を読まずにコンソメ味を強奪して「甘いの出してほしい」と要求するエリッサ。

「食べてる人がいるからもう少し待て」と言ったところエリッサはジャミトスをガン見。

 サイドカーからニッコニコでガン見してくるエリッサに居心地が悪くなったのか、ジャミトスは急いで食べ終えてこの場から立ち去る。

 それを見ていたドータも背を向けてこちらから距離を取るように歩き出した。

 無邪気の勝利か、それとも狙ってやったのか?

 ともあれチョコレート味が出たのでエリッサに一袋投げ渡す。

 

「あのお爺ちゃんにはあんまりこれあげない方がいいよ」


 受け取ったエリッサの一言に無言で説明を促すと「なんとなく」と言ってレーションを一本取って返してくる。

 見た目は若いのに「お爺ちゃん」呼ばわりとか本質を見抜いている、とかそういうのなのかね?


(そう言えば、この前のリソース云々の時にアリスの説明を補足するようなことをしていたな)


 予想としては解析か何かしていてその材料をホイホイ渡すべきではない、ということだろうか?

 あの二人が険悪な雰囲気を出しているのもそこら辺に関係している可能性があるかもしれない。

 魔法関連がさっぱりな俺としては「まったくわからん」以外の結論が出ないのでこの話はお終いだ。

 ひと悶着あったわけだが、他の英霊たちは我関せずを貫いており、戦いのときを静かに待っている。

 俺も準備だけはしておこうとスナイパーライフルとロケットランチャーを具現化。

 エリッサにロケランを渡してスナイパーライフルのスコープを覗き込む。

 流石にまだ射程距離外だな、と銃を下ろす。


「狙撃武器か?」


 声に反応して振り返るとリオレスがスナイパーライフルを見ていることに気が付いた。

 そう言えば彼はエルメシアとの戦闘を見ていた。

 新武器に興味があるのか?

 それとも武器が出せるようになったことに興味があるのかは不明だが、性能が気になるのは間違いないだろう。


「ああ、流石にこの距離は届かないがな」


 リオレスの問いに答え、しばらく出番のないスナイパーライフルを肩に担ぐ。


「長射程・高弾速の命中精度が高い銃だ。上手く使えば敵の釣り出しもできるが……」


 あいつら相手ではどうだろうな、と真っすぐにこちらに向かってきているデペスの群れを見ながら呟く。

 ノンアクティブとかいなさそうだから精々一部の進行方向を変えるくらいだろう、というのが俺の予想だが、遠距離攻撃を持った相手なら上手くやれば回避タンクになれる可能性もある。

 新武器があるので今回は結果を出したいが、相手が最弱ということもあって競争になりそうな予感がする。

 やはりDPS至上主義が正解なのか?

 スナイパーライフルを構えてスコープを覗き込むが、どう考えても射程距離外である。

 フライングもできないとなれば、あとはもう祈るしかない。

 軽く息を吐いた俺はスナイパーライフルを担ぎ直し、ただ黙ってデペスの群れを見ていた。




 輸送車が到着して次々と英霊たちが降りてくる。

 ふと運転手と目が合ったので親指を立ててみたが、このジェスチャーは通じるのだろうか?

 それはそれとして英霊たちは布陣を敷いていくようにばらばらに散らばっていく。

 チームプレイなどなんのその「全員で全力出し合ってなんか噛み合えばそれでいいんだよ」のパワープレイ予告。

 これには「でしょうね」以外の感想が出てくるはずもなく、俺もバイクに跨りながらスナイパーライフルを構える。


(この距離なら当たるか?)


 割と微妙な距離ではあるが、ゲーム同様ならば射程外で弾は消えるはずなので、ものは試しと撃ってみることにする。

 ということで偏差を取っての第一射は――当たる前に弾が消えた。

 どうやら射程外への攻撃はゲームと同じように処理されるようだ。


「ハズレだな」


 納得していた俺を誰かが笑ったが、気にする必要もないのでスナイパーライフルの射程まで黙って待っていたところ、とんでもない発言が聞こえてきた。


「あれは『外れた』ってよりかは『消えた』が正しいな」


 どうしてそうなるのか納得がいかないのか、髭を触って首を傾げるデイデアラの言葉に思わず驚愕の表情でそちらを見てしまう。


(あれが見えているとかどういう視力してるんだよ)


 どうやら同じ気持ちの者もいるらしく、引き気味のお仲間が結構な数いてくれた。

 ともあれ、この距離で攻撃できる英霊はいないらしく全員が待機状態。

 しかし俺は再び銃を構えてスコープを覗き込む。


「もう当たるの?」


 サイドカーからエリッサが聞いてくるが、集中しているので返事はなし。

 しばしの静寂が流れ、銃声が響いた。

 跳ね上がる銃口、排出される薬莢。

 地面に落ちる音はなく、あるのは綺麗にトンボのようなデペスを撃ち抜いた手ごたえのみ。


「お、当てやがったな」


 俺が命中を確認する前にヒット判定を出すデイデアラ。

 いや、ほんと何なのこの人?

 スコープで確認すると片方の複眼が潰れたデペスを確認。

 しかし目を片方潰した程度でどうにかなるものではないらしく、何事もなかったかのようにこちらに向かって飛んできている。


「なるほど、飛行型と言えど虫。なので頭に当てても致命的な一撃にはならないようですな」


 虚無僧のドータも命中した箇所を把握できているのか「ほうほう」と頷いている。

 本当に何なんだ、こいつらは?

 まあ、サイズがサイズなので有効になりにくいのはわかるが、そうなると通常サイズの弾がほとんど効果薄くなるという恐れがある。

 数を撃ち込めば倒せることは初期武器で証明されているが、折角の新武器披露なのにいきなりケチが付いた気分である。

 とは言え、もう片方は爆風兵装なので大群には最適なのでこちらに期待。

「やっておしまいなさいエリッサさん」と言いたいところだが、まだまだ射程距離外。

 撃ちたそうにしているエリッサを抑え、第三射を放つと狙い通り羽に命中したらしく、群れの中から一匹がふらふらと落下を始めた。

 さて、他の英霊が攻撃を開始するまでに何匹落とせるか?

 

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