1-14
二度目の出撃は思っていたよりも早かった。
館内放送で南にある第六ゲートへと集合するようにと繰り返し流されている。
かなり小規模の襲撃であるらしく、第8期のみで対処に当たるということなので本当に数が少ないようだ。
館内放送が響く廊下を走る。
(そんな小規模で襲撃を仕掛けてくるということは向こうに指揮官はなし。組織だった動きはない、とは聞いていたが本当だったとはなぁ)
基本的に規模が大きくなる時は複数個所の襲撃が同時に起こった場合がほとんどらしい。
これなら押し返すこともできるのではないか、と思うのだが……どうやら過去にそう考えて手酷い反撃を受けたことがあり、人類の勢力範囲を広げる際はこれでもかと用意周到に行うようになったそうだ。
(文明の利器は利用するのに指揮系統がない。意味不明すぎてわからんことだらけだな)
人間の脳から情報を抜き取ることもできると聞いているが、それを有効活用しているとは言い難い部分もあり、何と言うか「本気で人類を滅ぼそうとしている」とは思えない部分がある。
そもそも滅ぼすのであれば、戦力を小出しにするのではなく、まとめてぶつけるべきだ。
だがそれをしない。
それをするための指揮系統を構築しようともしていない。
何百年も同じままだというのだから、これを「舐めプ」と感じるのは俺だけではないはずだ。
(全く以てわけがわからん)
結論は結局こうなる。
「考えても仕方がない」と第六ゲートまでの道のりを支給された端末で確認しつつ、速度を上げたところで横道から声をかけられた。
「よぉ、最下位」
走りながらなので一瞬だけ視線をそちらに向けると槍を腋に抱える金髪の男。
記憶にある人物ではないと判断し、声をかけてきた相手を気にすることなく目的地へと向かう。
「おい!」
声を荒げているが無視。
招集がかかっているのに何を暢気にやっているんだ、とそのまま走り去る。
後ろから追ってくる気配はあるがもう遅い。
別の道から合流したのはイケメン剣士のリオレス。
軽い会釈をすると向こうもそれに気づいて返してくる。
リオレスは「急げよ」とだけ言うと速度を上げて先に行ってしまう。
しかしここで何かあれば彼が気づくのは間違いなく、今俺がすべきことは全力で走ってリオレスとの距離が開きすぎないようにすることだ。
そうすれば俺に突っかかってくる暇人も手を出すことはできない。
そんなわけで何事もなく第六ゲートに到着。
既に結構な人数が到着しており、俺は多分二十番目くらいだと思われる。
見知った顔を探すとレイメルとエリッサは既に到着しており、だらしなさそうなデイデアラと協力的とは言えないエルメシアは見当たらない。
「まあ、予想通りか」とゲートに近づき、壁に設置されているモニターが見えやすい場所に移動するとエリッサが近くに寄ってくる。
ニコニコと無言で手を差し出すエリッサに俺は軽く息を吐き出す。
(まあ、昼飯前だから仕方ないか)
レーションを取り出して一つ味見する。
(バニラ味か)
冷たくないバニラアイスみたいな味だが、食感がこれなので「なんか違う」という人もいる。
俺としては結構好きなフレーバーなのでアタリ枠扱いとなっている。
一発目からアタリを引いたので、箱を振って一本取り出しやすくしてからエリッサに差し出す。
「よろしい」とばかりに満面の笑みで頷く少女。
そこに「また食ってんのか」と呆れ顔でジェスタが登場する。
「食うか?」
どうせすぐには集まらないだろ、とばかりに箱に残ったもう一つの袋を開けて一本差し出すが「いらねーよ」と引き気味でジェスタは答える。
前回の出汁塩味が余程不評らしく警戒の色が見て取れる。
「甘いのにねぇ」
ボリボリと栄養補助食品を齧るエリッサの声に反応してか、手が横から伸びてくるとジェスタに差し出したものを取っていく。
「んじゃ、俺っちがいただくかね」
記憶にある一人称にそちらを見るとサイバーパンクな感じのゴーグルをつけた金髪と緑の髪というカラフルな青年。
腰に銃を収めたホルスターがあり、同じ銃使いということで僅かに親近感を感じる。
「お、温い『リンド』って感じの味だな」
悪くねぇな、と似たような味のものがあるのか、懐かしそうに味を楽しんでいる。
「バニラというんだが、そっちでは温めて食べるのか?」
「アツアツで食うもんだろー? おいおい、まさか冷やして食うのかよー?」
「戦争もんだぞ?」と青年は残りを口に放り込んで両手の人差し指でこちらを指す。
最もポピュラーな氷菓の味であることを教えると「ありえねー」とカルチャーショックを受けていた。
世界が変われば食文化がこうも違うものなのか、と興味深い話を聞けたことに驚きつつも楽しくなる。
「アタイも貰っていいかい?」
和やかな雰囲気になったところに見覚えのある人物がやってきた。
初日に声をかけてきた西部劇のガンマンのような恰好をした赤髪ショートヘアの女性。
無言で差し出すとそれを受け取り口に運ぶ。
「ああ、確かにこりゃ冷やして食う味だね」
「うっそだろ、お前」
のけ反る青年に笑うガンマン。
どうやら交友関係がありそうな二人である。
「甘いもんは冷やして食うもんだよ、ジョニー」
「溶岩みたいな熱さの甘さが喉を通るのが最高なんだろー? レダならわかると思ったんだがなー」
どうやらサイバーパンクの青年が「ジョニー」で西部劇のガンマン美女が「レダ」という名前のようだ。
思わず「ジョニーとレダか」と呟いたのが聞こえたのが二人が揃って俺を見る。
「リアン・バルテッサの『何でも屋ジョニー』だ。報酬次第で大体のことは受付中だ。覚えとけよ、スコール1」
「アタイはただの『レダ』だよ。ま、地元じゃ『ギャング潰し』として名の知れた警官だったがね」
警官というよりかは保安官の方が似合いそうな恰好だが、そもそもへそ出しショートパンツが国家権力なのか、と逆に治安が不安を覚える。
話をしている間に第8期が揃ったらしく、ジェスタがモニターに前回同様の周辺地図を映し出す。
「集まったようなので注目だ。これが今回観測されたデペス」
そう言うとモニター上の地図に赤い点が光る。
前回と比べると明らかに赤い点が少ない。
「進路予測は……こう。まあ、真っすぐにエデンに向かっているからこれを迎撃、だな」
わかりやすいだろ、と肩をすくめてみせるジェスタ。
数はおよそ三万で小型タイプだけで構成されているらしく、ここにいるメンバーだけで十分と判断されたようだ。
「映像に出すぞ? 今回相手にするのはこいつら――昆虫型の飛行タイプ。『タイプB』と呼称されてるやつだな。強力な顎と尻尾の毒針があるんだが……飛んでるくせにその優位性を捨てて地上に降りてくる接近タイプだ。飛行速度はそれなりにあるんだが、地上での動きが遅い上に羽を潰せば簡単に落ちる」
「ぶっちゃけ、デペスの中では一番弱いタイプ」とまでジェスタはこの菌糸を生やした針付きトンボを酷評する。
ゲームだったら空中から「毒液をまき散らす」とか「針を飛ばす」とかしてきそうなものなのだが……そういうのは一切ないらしい。
空を飛んでいるのに遠距離攻撃を持たないとかそれは雑魚呼ばわりも仕方ないな、と今回の出撃が今いるこのメンバーのみであることにも納得してしまう。
「注意点としては顎のハサミには捕まらないようにすること、くらいだな。尾の毒針はタイミングがバレバレだからまあ、大丈夫だろう」
何とも適当な言い方だが、説明するまでもないということなのだろう。
「本当なら初戦はこいつで肩慣らしで良かったんだが」と言っている辺り、本当に楽な相手なのかもしれない。
一応各種データがモニターに表示されており、前回見た昆虫型タイプAに比べて数値が軒並み低い。
さらに毒攻撃は人間に対しては非常に強力なのだが、精神体の英霊には効果は薄い上に解毒の魔法が使える者もいるので致命傷になることもない、とはっきり書かれていた。
つまり顎――噛みつき攻撃にだけ注意すればよいだけの敵、というのがこの昆虫型タイプBの評価となっている。
デペスが人間の兵器に適応するように、人間もまたデペスの対処法を学習する。
そんな学習済みの相手にすらどこまで通用するかわからない俺の存在は何なのか?
自虐の笑みを浮かべたところで出撃の時間がやってくる。
「さあ、出撃の時間だ」
ジェスタの合図にゲートが開く。
サイドカーは間に合わなかったか、と思ったら見たことのない職員が駆けつける。
どうやら間に合ったようだ。
取り付けを開始するとのことでバイクを出して作業を見守っていると、サイドカーを押して走ってくるアリスが見えた。
何人かの英霊が興味深そうにこちらを見ていたが、何をしようとしているかを察すると納得してゲートへと向かっていく。
そうして少しばかり遅れたものの出撃準備完了。
俺がバイクに跨るとエリッサもサイドカーに飛び乗る。
ロケットランチャーを具現化し、エリッサに投げ渡すと華麗にキャッチ。
勢いよくサイドカーの縁に足を乗せるとエリッサは声を張り上げる。
「僕が通るよ、道を空けなさい!」
お前が仕切るのか、とロケランを担いで調子に乗ったエリッサが「早く行こう」とはしゃいでいる。
なお、既に他のメンツは既にゲートの外にいるので道を開けるも何もない。
なので急発進してやったのだが、体勢を少し崩した程度でサイドカーの縁に乗せた足を退けるくらいに終わった。
ぶっつけ本番でちゃんと戦うことができればよいのだが……そこは英霊としての矜持を見せてもらうということで、何とかなるとお祈りしよう。
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