一、ひよこに名前を付けてみた

 俺、こと雲飛ユンフェイ(十歳)は辰巳国の第十皇子である。

 十番目の皇子なんてものは、母親の家柄がめちゃくちゃいいとか、もしくは母親が皇帝の寵愛を一心に受けているなんてことでもない限り全く注目されないものだ。

 だというのに何の因果か、俺の手の甲には酉の加護(赤い酉の文様)が発現し、しかもひよこまでやってきた。

 このひよこ、俺が気に入ったのか俺が歩けば付いてくるし、俺と一緒のベッドで寝ようとする。


「鳥って確かトイレは教えられないんじゃなかったかなぁ……」


 床でフンをされたら困る。それに小さいから俺が潰してしまわないか心配だ。

 俺の寝相はすこぶる悪いのである。

 というわけで、パタパタと飛んで床に上がってきたひよこを説得することにした。

 ちなみに、名前は”小白シャオバイ”に決めた。日本語だと意味は、シロちゃんになる。これで名古屋コーチンだった日にはつつきまくられそうだが、俺の中のニワトリのイメージは白色レグホンなのだ。

 ひよこに何度か小白と言ったら、ひよこはすぐに自分の名前だと覚えたらしい。なかなかに優秀なひよこである。


「小白、ここで寝たら我が小白を潰してしまうと思う。それで小白が死んだら困るから、寝る時はあちらの籠の中で寝てほしいんだ。我が潰さないぐらい大きく育ったら一緒に寝ような?」


 ピイ? と小白は鳴き、コキャッと首を傾げた。

 くそう、なんでこんなにひよこはかわいいんだ!(大事なことなので何度でも言う)


「おそれながら殿下、小白様にはもっと簡単な言葉でお伝えした方がよろしいかと」


 侍従に諭されてそれもそうかと思った。相手はひよこだもんな。


「ええと……小白は小さいから同じ床で寝るのはだめだ! 大きくなったら一緒に寝よう!」


 そう言ったら、小白はショックを受けたように固まった。


「今日は籠の中で寝ような。いっぱい寝ると大きくなるぞ~」


 俺的には普通に成長してくれればいいんだけどさ。

 両手で丁寧に籠の入口に運ぶと、ひよこはおとなしく籠に入ってくれた。

 これで安心して眠れると胸を撫で下ろした。

 その夜、夢を見た。

 夢の中の俺はうだつの上がらないおじさんで、大きなビルに入っている会社に勤めていた。毎日慣れないパソコンとにらめっこして、仕事が終わって家に帰れば一人。

 ペットを飼ったら寂しくないかなと思いながら、その日もアパートの部屋でカップラーメンを啜っていた。新製品のカップラーメンにはXOジャン味と書いてあり、中華っぽい味にうまいなと思った。

 疲れていても本棚を見れば心が安らいだ。

 吉川英治の三国志、北方謙三の三国志、陳舜臣の秘本三国志、中国五千年、中国の歴史、小説十八史略、司馬遼太郎の項羽と劉邦、周大荒の反三国志などどうしても三国志関係の書籍が多いが、俺は中国史をこよなく愛していた。当然蔵書はもっとある。

 今日は何を読み返そうかと本棚を物色していたら、田中芳樹の隋唐演義が目に止まった。

 よし、今日はこれを読み返そうと手に取って――そこで意識が浮上した。

 ……あー、うん。

 寝る前、というか、ひよこを持ったままぶっ倒れた時もいろいろ頭に浮かんできたのだがこれではっきりした。

 どうやら俺は異世界転生したらしい。

 それも中国っぽい世界、というか国の皇子に?

 まぁ平民に生まれてくるよりかはマシ? なのか? この国の平民の生活基準がどの程度のものなのかわからないから微妙だけど。

 とりあえず食うに困らないだけいいか、と思ったところでハッとした。

 バッと身体を起こす。

 ピヨ! と自己主張の強い鳴き声がした。

 そちらを見ればひよこが籠の中からこちらを見ている。早く出せと言っているみたいだった。


「おはよう、小白……」


 ピヨピヨと小白は返事をした。そして鳥籠の入口をつつき始めた。

 今は秋である。皇城の中の部屋であっても朝晩は冷えるに違いない。ひよこというのは温めなければいけないはずだということに今更気づき、俺は慌てて床から降りてひよこを籠から出した。


「ごめんな、小白。寒かっただろう?」


 ピイピイと同意するように小白が鳴く。これからは籠に布のようなものを被せた方がいいかもしれないと思ったら、小白は俺の睡衣ねまきの襟元から中に入ってしまった。


「うわっ、小白! 大丈夫か?」


 そうして、小白は俺の襟元に収まることに決めたらしかった。


「……大きくなったら出てくれよ……」


 苦笑しながら、ひよこが暮らしやすい環境を整備する為に侍従や侍女にいろいろ手配させることにした。

 顔を洗い、着替えをして落ち着いたところで食堂へ移動すると朝食が運ばれてきた。

 そうしたら、テーブルに小白が下りた。


「小白? 行儀が悪いぞ」


 と言ったが小白は料理の載った皿に近づき、フンフンと食べ物の匂いを嗅ぐような仕草をした。料理を運んできた侍女が困ったような顔をしているが、小白はお酉さまなので止めることもできないようだった。


「おい、小白……」


 そう声をかけた時、小白はある皿をつついて蹴った。

 さすがにひよこが手を出した皿の中の物を食べるわけにはいかないだろう。


「この皿はお下げします」


 侍従がそう言って皿に手をかけると、小白は満足したように下がった。


「あっ……」


 その時他の料理を卓に置いた侍女の手が滑り、侍従が手をかけた皿を払うようにして地板ゆかに落としてしまった。


「ああっ! も、申し訳ありません!」


 侍女はその場でバッと平伏し、自分の頬を自分の手で叩き始めた。

 え? なんで自分で自分の頬叩いてんの? そういえば中国の時代劇でこういうの見たような……。

 ピヨ! というひよこの鳴き声で我に返った。


「な、なんということだ!?」


 侍従が叫ぶ。侍従の視線の先を見たら、


「えっ!?」


 地板の上で、料理だったはずのものがぶくぶくと黒っぽい泡を出しているのが見えた。

 どゆこと?



12月中は一日一話更新です。よろしくー

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