酉の加護を得た第十皇子は平和に暮らしたい

浅葱

序章~ひよこがやってきた

 ピヨピヨピヨピヨッ!


 ……えっっっっっ?

 俺は自分の目を疑った。

 今は形だけとはいえ、大事な儀式の最中のはずである。

 なのにどうして俺の両手にはひよこが乗っかっているんだろう? しかもなんか俺、両手をお椀みたいな形にしてるし……。

 このひよこはどこから現れたんだ?

 ひよこはまたピイピイ鳴くと俺をじっと見た。目つきは悪くないが、意志が強そうである。

 もしかしてオスなのかな? と思った。

 何故誰も声を発しないのだろう。誰か、何故ひよこ? とか言ってくれないかな……。


「あ、あの~……」


 ギギギと首を横に動かし、俺は声を発した。

 その途端、


雲飛殿下ユンフェイディエンシャー恭喜恭喜ゴンシゴンシ!(雲飛皇子、おめでとうございます)」

「雲飛殿下,千歳千歳千々歳チエンスイチエンスイチエンチエンスイ!(雲飛皇子、万歳!)」


 周囲から割れんばかりの大音声が響き、皇帝と皇后、そして兄である皇太子以外の者たちが一斉に平伏したのを見て、俺は目を白黒させた。

 平伏し横に控えている侍従から、「平身ピンシェン(なおれ)とおっしゃってください」と言われてハッとする。


「平身……」

謝殿下シエディエンシャー!(皇子、ありがとうございます)」


 ザッと平伏していた人たちが立ち上がって拱手するのを見て、俺は慄いた。すごい迫力だった。一応身体を仰け反らしたりはしなかったが、侍従には圧倒されたことがバレていただろう。

 ピイ? と俺の手の中のひよこがコキャッと首を傾げる。

 大音声にも動じない姿は大物である。

 かわいいな。

 このひよこはやっぱり白いレグホンに育つんだろうかと思った時、ひどい頭痛を覚えて俺は倒れてしまった――らしい。

 それからである。

 騒がしくもとんでもない、けれど色鮮やかな日々が始まったのは。



 *  *



『継承の儀』とかいう、皇帝の子女が十歳になると行なわれる儀式は(俺にとって)形式的なもののはずだった。

 本来ならば。

 できるだけ簡単に説明しよう。

 俺が住んでいる国(辰巳国)は十二支という動物の形をした十二の神様(子丑寅卯辰巳午羊申酉戌亥)の加護を受けているらしい。皇帝直系の皇族のみが直接その加護を受けられると言われており、現皇帝の第十四子、第十皇子である俺も生まれ年であるトリの加護を受けるべく『継承の儀』に望んだ。

 しかしこの国の長い歴史の中で、今までに十二支の加護が受けられたのは皇帝の第八子までだったことから、俺の回は形式的な儀式になるだろうと事前に言われていた。

 なのに、なんの因果か俺の左手の甲には赤い酉の文様が浮かび上がり、現在俺の居室の隣の椅子にはピヨ! と元気に鳴くひよこがいる。

 いったいどうなってるんだと聞きたくなる気持ちもわかるだろう。

 そして俺の世話をする侍従や侍女が、


「本当によろしゅうございました」

「お酉さまに気に入られるなんて、殿下もこれで安泰でございますね」


 なんて言いながら涙を流さんばかりに喜んでいる。

 先ほどまでは倒れていた俺だったが、目を覚ましてなんともないことが確認されたらこれである。(侍医に看てもらった)いつまでも気にされるよりはいいが、これはこれでどうかと思うのだ。


「お名前は……お決めにならないのですか?」


 女官に聞かれて考える。


「うーん……」


 と唸っていたら、


皇上駕到ホワンシャンジャーダオ!(皇帝陛下のおなーりー)」


 と部屋の外から大きな声が聞こえてきた。先ほど儀式で顔を合わせた皇帝(俺の父親)が来たらしい。椅子から立ち上がり、拱手しようとしたら俺の手の上にひよこが飛んできた。


「わわっ!?」

「……元気そうだな」


 居室の観音開きの扉が開かれ、入ってきたのは皇帝と俺の母だった。せめて応接室に移動するまで待ってほしい。


皇上ホワンシャン(皇帝陛下)……お迎えもせずたいへん申し訳ありません」

「謝ることはない。倒れたのだからしかたないだろう。ところで……がそなたの加護か」


 皇帝の視線は俺の手の中のひよこに向けられていた。


「……そのようです」

「手の甲を見せよ」


 皇帝に言われて左手の甲が見えるようにしたら、皇帝はうんうんと頷いた。


「間違いないな。酉の加護である。……すでに飛龍フェイロンは龍の加護を得ているが、そなたにも皇位継承権を与えよう」

「まぁ……皇上。ありがたき幸せにございます……」


 皇帝の後ろに控えていた母の美鈴メイリンが感極まったように呟いた。その目が、早くお礼を言いなさいと言っている。

 俺は内心舌打ちしたが、酉の加護を得たことは間違いない。ひよこを撫でながら、


「……ありがたく、お受けします」


 と答えた。


「何か異常があればすぐに言うがいい」


 そう言って皇帝は母親と共に踵を返した。

 二人が出て行って少ししてから、俺ははーっとため息を吐いた。手の中のひよこを見れば、ピイ? と鳴いてコキャッと首を傾げる。

 くそう、かわいすぎる……。

 ひよこってだけでかわいいよな。

 よく見たら尾羽があるはずの部分にトカゲのような尾が付いている。触ってみると嫌がるように尾が揺れた。こんなのニワトリには付いてないと思うんだが、神様だから付いているものなんだろうかと首を傾げた。

 それにしてもたった数時間で俺の運命は変わってしまったようだ。

 本音を言えば皇位継承権なんて面倒だからいらない。だがそんなことは口が裂けても言えない。

 皇太子である飛龍皇子に龍の加護があるってわかってるんだから、他の皇位継承者なんていない方が安泰だろうに。

 全く、とんでもないところに転生? しちまったなぁと思い、また手の中のひよこを撫でたのだった。



カクヨムネクスト新連載です!

今回のお話は中華ファンタジー×ニワトリでございます! 好きな物を詰め込んだ物語となっています。どうぞお付き合いくださいませー!

本日は二話更新です

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