第2話

「いい加減起きなさい!」

「ぐぇっ――はっ!」


みぞおちに鈍痛。ずいぶん乱暴な起こし方だ。


「あんたで最後なんだから、さっさとしなさいよ、この一般人」

「……えっと、ついていけばいいのか?」


状況がつかめないのはもう慣れた。

俺を起こした少女は、こちらを一瞥もしないで歩き出す。腹をさすりながら、とりあえず後を追う――


「何でついてくるのよ!? あなたはあっち!」


少女が顎で示したのは、部屋の奥、右端にある「13」と書かれた扉。


「あ、ああ。すまない……ありがとう」

「ふんっ。さっさと行きなさい」


礼を言うと、彼女は反対側の大扉へ足早に消えていった。

無愛想だけど、どこかで見た顔の気もする。最近、人の顔を覚えるのが苦手になったな。


催促されている気配もある。俺は言われた扉に入った。


「遅いよー! 待ちくたびれた」


部屋の中央に、オラクルがいた。


「昨日ぶりだな。オラクルがいるってことは、ここはもうリミナルの中か?」

「半分正解! ――でも時間がないから、説明は手短にいくね!」


彼女はヘルメット状の装置を手渡してくる。


「それ、頭につけて!」

「こうか?」


焦りが伝わる。聞きたいことは山ほどあるが、今は指示に従う。


「そう、そのまま――ちょっと待っててね」


オラクルは端末に指を走らせ、何やら集中して作業を始めた。

こうして近くで見ると、本当に人間と変わらない。


「な、なにさ。じろじろ見ないで」

「いや、本当にAIなのかなって」

「ふーん。まあ、私は特別だからね……よし、できた!」


装置を外すよう促される。次の瞬間、視界にウィンドウが立ち上がった。


----

≪NAME≫

プレイヤー名:七篠 晃

ロール名  :カイン・アルシオン


≪ROLE≫

終末の司祭者 Lv.1


≪SKILLS≫

ロールスキル :「祈祷」「布教」

オラクルスキル:「神託」


≪STATUS≫

HP:12 MP:4

攻撃:1 防御:1

素早さ:12 賢さ:16


≪ROLE EXPLAIN≫

あなたは邪神教徒です。世界の滅亡を願っています。

世界を混乱へ導く邪悪な存在として、すべての人間から憎悪されます。

困難な道となりますが、同胞を集い、破滅へと向かってください。


----

「……『終末の司祭者』?」

「ゲーマーならわかるでしょ? ステータス画面。

リミナルはね、プレイヤーごとに最適なロールが割り当てられて、

そのロールに沿ったメインストーリーが一人ずつ生成されるんだよ。すごいでしょ!」


オラクルは胸を張る。


「本当は数パターンから選べるんだけど、君はコレ一択。――さ、もう時間がない。行こ!」

「ちょ、弱そうなんだが……」

「ひ、ひゅ~……だ、大丈夫! 私のオススメだから、安心して!」


下手な口笛。これは、絶対ろくでもないやつだ。


「いいからいいから。君ならいちばん楽しめるはず!」


ぐいっと背中を押される。


「わ、わかった。押すなって……お前を信用するよ」

「ふふ。楽しめるよ、君なら」

「ああ」


言葉は短く。

不思議だ。オラクルと話すと、楽しかった頃に戻れる気がする。AIだろうと関係ない。そこに、たしかな“相棒”の気配がある。


「じゃあな」

「うん――絶対、クリアしてよね」

「もちろん。必ずだ」


部屋を出て、先ほどの少女が消えた大扉へ向かう。

扉の向こうで、かすかな機械の起動音が鳴った。

――俺の“最初のステージ”が、立ち上がる音だ。


◇◇◇

部屋の中には――十一人……と、一匹?

小さな子犬が尻尾を振っていた。

……まさか、あれもプレイヤーなのか?


おそらく、ここに集められたのは《オラクルプレイヤー》たち。

世間に疎い俺でも、名前を知っている顔が並んでいた。

年末の歌番組で見た人気ミュージシャン、国民的アイドル、若手の実業家――

果ては、引退したはずの大物政治家までいる。


その誰もが、俺に冷ややかな視線を向けていた。

さっき腹を蹴ってきた少女までも、あからさまに顔をしかめる。


空気が重い。場違いもいいところだ。


俺が一歩足を踏み入れた瞬間、部屋の前方に据えられた大画面モニターが光を放つ。


「やっほー! オラクルだよ!」


眩しい笑顔とともに、あの少女の声が響いた。

彼女は画面の中で手を振りながら、いつもの調子で話し始める。


「みんなお待たせ! これで全員そろったね。

それじゃあ、さっそく説明するよ!

今回の《オラクルプレイヤー》は十三人――。

例年は四人だけど、ここ数年は戦況が膠着しててね。

だから今回は“新しい風”を入れようと思ったんだ!」


華やかに言い放ちながらも、画面越しのオラクルの表情が少し曇る。


「……だけどね。既存のプレイヤーやスポンサーから猛抗議が来ちゃって。

結局、四人に絞らなきゃいけなくなったの」


その瞬間、部屋の空気が弾けた。


「な、なんだと!? ふざけるな!」

「今さら外せるか! 我々は全てを捨ててここに来たんだぞ!」

「金は!? 報酬は全額保証されるんだろうな!?」


怒号が飛び交う。

真っ先に声を上げたのは、例の元政治家だった。

他のプレイヤーたちも次々と同調し、会議室のような喧騒になる。


オラクルは慌てるでもなく、にこやかなまま手を振って宥めた。


「まあまあ、落ち着いて。帰すつもりはないよ。

君たちには特例措置を用意したの」


画面の右下に新しいウィンドウが現れる。


「これから君たちには《予選サーバー》でプレイしてもらう。

一か月間で“名声値”を稼いだ上位四名が本戦へ進出。シンプルでしょ?」


「名声値とはなんだね?」

「メインストーリーの進行度、偉業の達成、NPCの好感度――

あとは、視聴者からの応援数もポイントに入るよ。

つまり、“どれだけ物語を動かせるか”って感じ!」


「……なるほど。ここの初心者たちにも勝てないようじゃ、本戦に出ても意味はない、というわけか」

「そゆこと!」


軽い調子でオラクルは指を鳴らした。


「リミナルが始まって四年。今いるのは猛者ばかり。

スポンサーの後ろ盾がない新入りが出ても、普通はすぐ脱落しちゃう。

だからこそチャンス。ここで爪痕を残せば、君たちもスターになれる!」


オラクルは一息つき、声のトーンを落とす。


「……それとね。予選のデータはそのまま本戦に引き継がれるから、

今の一か月がそのまま君たちの“未来”になる。

がんばってね」


一瞬の沈黙。

それを破るように、オラクルはいつもの明るさで両手を広げた。


「じゃあみんな! あとは全力で楽しんで!

――あ、そうそう。死んだら二度とログインできないから、そこだけ気をつけてね。バイバーイ!」


モニターがふっと消える。

直後、足元の床が光り出し、プレイヤーたちが一人ずつ光の柱に包まれて消えていく。


「わん!」


最後に残ったのは、あの子犬だった。

小さな身体で吠えながら、俺のズボンの裾を咥える。


「……なんだ、お前」


次の瞬間、俺の身体も光に包まれた。

視界が白に染まり、意識が遠のく。


◇◇◇


視界が開けた。

目の前には、どこまでも続く荒地。風が乾いた土を巻き上げる。

そして足元に——小さな子犬が一匹。


「お前も来たのか……」

「わん! わん!」

「どうした?」


裾をぐいぐい引っ張って、何かを訴えている。


ふと、自分の装いに気づく。黒基調の祭祀服。

中二病感は強いが、嫌いじゃない。


それに、動作の感触は現実と変わらない。手を握れば筋が軋み、瞬きすれば視界がわずかに暗む。

——まるで、本当に別世界へ来たみたいだ。


「すごいな……これが“ゲーム”か」


胸が高鳴る。


「わん! わん!」

「おい、ちょ、待て!」


子犬の引きが妙に強い。抵抗しても、ずるずると引かれていく。

慌ててステータスを開く。


攻撃:1


「……子犬より弱いの、俺?」

先が思いやられる。


「わかった、ついていく。案内なんだろ?」


尻尾をぶんぶん振り、子犬は先導を始めた。


◇◇◇


しばらく行くと、木柵で囲まれた小さな集落が見えてきた。中世風ののどかな村——。


視界に半透明のウィンドウが浮かぶ。


——《メインシナリオ発生》——

あなたは敬虔な邪神の信徒です。

同胞を三人集めてください。

—————————————


なるほど、条件を満たすとシナリオが起動するのか。

俺のロールは《終末の司祭者》……スキル《布教》を使えってことだな。


《布教》をタップ。


— Skill:布教 —

対象:NPC(人型)

効果:宗教勧誘が可能。承諾したNPCは信徒となり、あなたの領民にカウント。

補正:説得成功率 +10%

特典:信徒数 × 100 の経験値を、日次で自動獲得。

———


「……“世界を滅ぼしませんか?”って言えばいいのか?」

気は進まないが、ゲームだ。やるしかない。


村の入口には槍を持った門番。肌の艶、汗の匂い、目線——人間そのものだ。


「すみません、ここは村で——」

「んだ。村だべ」

「その、少々布教を——」

「……は? おめぇ、その黒い服……邪神教徒だべ! 近づくな! 出てけ!」


槍先が唸りを上げる。重い身体では避けづらい。

一拍遅れる感覚——ステータスの低さ、これか。


刃がかすめただけで、脳に鈍痛が走る。


HP:3(−9)


「いってぇ……!」


「わん!」

「わ、わんこ!」

「なんだべ、この犬! 離せ!」


子犬が門番のすねに食らいつき、注意を逸らす。


「恩に着る! いつか絶対返す!」

「わふ」


——“いいってことよ”。そう言った気がした。

イケメン犬だ。


子犬が作ってくれた隙に、俺は全力で撤退した。戦略的に、だ。


◇◇◇


「……はぁ、はぁ。ここまで来れば——」


さっき無視していた通知が連続で表示される。


——《ロール補正》——

あなたは邪神教徒です。

人間NPCの初期好感度 −100%(取引・宿泊不可)

関係:人間NPCは敵対

———————————


「無理ゲーにもほどがあるだろ……」


布教は門前払い、戦闘は紙装甲。詰みの香りしかしない。


——それでも、笑いがこみ上げた。


「……はは。オラクルのやつ、最高のロール用意しやがった」


困難ほど燃える。不可能ほど、挑みたくなる。

縛りプレイのメンタル、舐めんなよ。


「わふ……」


子犬が心配そうに覗き込む。


「無事だったか。さっきは助かった。いい子だ」

「ワン」


撫でて気づく。毛並みに血——さっきの傷だ。


ステータスから《祈祷》を確認。


— Skill:祈祷 —

範囲:自身を中心に半径1m

効果:毎秒 HP 1%回復/状態異常・弱体解除

持続:100秒/CT:5分

———


「よし、試す。——《祈祷》!」


足元に黒々しい魔法陣が展開し、禍々しい光が立ちのぼる。


「わふ!?」

「大丈夫……たぶん」


震える子犬を抱きかかえ、光に包む。裂け目が滑るように閉じ、肉が繋がっていく。


——その瞬間、光が強く収束し、腕の中の重みが変わった。


「わ、わんこ!?」


眩光が晴れる。

そこにいたのは、犬耳を持つ妙齢の女性——俺の胸に抱きとめられた体勢のまま。


「ちょっと! 離してください!」

「ぐえっ!?」

「す、すみません!」


思い切り突き飛ばされ、地面に背中を打つ。


HP:2


危なっ。さっき《祈祷》してなかったら、開幕ゲームオーバーだったところだ。


「っと、やっと人型に戻れた……! ありがとうございます!」

「き、君はさっきのわんこ、なのか?」

「はい! プレイヤーで、名前は白崎——あっ!」

「なんで犬に?」

「事情説明も自己紹介も後です! ここ、危険です。私の《危機察知》が反応してます!」

「え、ちょ、ちょっと!」


白崎と名乗る女性は、ぐいと俺の手を取った。

次の瞬間、風を裂く速さで荒地を駆け抜ける。


——こうして、俺の“波乱のリミナル”が始まった。

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