01. 過去 ⚠️暴力描写あり

いつかの授業中、小さく丸めた紙屑が背に当たった。


――誰?


その皺くちゃな切れ端に書かれた文字を見て目を疑った。


――秋葉あきば雄大ゆうだいは男が好き


――は?


すぐに頭に玲衣れいのことが浮かんだ。数日前にスマホのチャットで友人の蓮見に話していた。

でも、なぜ自分がこんな風に書かれているか、理解できなかった。


その日から、俺の人生は底無しの暗闇へと転げ落ちて行った。


何処からともなく聞こえる嘲笑。友人の蓮見はすみは目も合わさない。プリントや回覧物の順番を抜かされ、発言の度に暴言が飛ばされる。

教科書はボロボロになってゴミ箱や掃除ロッカーに、机の上は卑猥な落書きで汚された。



「なあ、雄大」

蓮見が偉そうに口の端を吊り上げ、俺の肩を小突く。


「お前、俺に女子の話ばっかしてたけどさ……ホントは違うんだよな?」


笑い声が起こる。

次の瞬間、蹴りが飛んだ。

拍子抜けの、力が抜けたような蹴りで、俺は黙って蓮見を見返した。


友人だったはずの蓮見が、いまは違う顔をしている。

いや、元からこいつは友人の顔なんてしていなかった。


蓮見は後ろに回り俺の両腕を抱えると、

仲間のひとりがズボンを引きずり下ろした。

「雄大くんは女役ですか〜?」

蓮見の馬鹿にしたみたいな声色、スマホの撮影音、卑しい笑い声が教室に響く。

仲間の女子が、わざとらしい悲鳴を上げた。

悔しさに顔を歪めることしかできなかった。


それからというもの、どこにいても殴られ、蹴られ、屈辱的なことをされた。

中学から続けていた陸上部も辞めた。

勉強も手に付かず、学校は休みがちになった。


最後の日は……

体育倉庫のひび割れた窓から、午後の光が細く差し込んでいるのが見えた。

埃が舞い、空気が蒸して淀む。


蓮見は仲間とともに俺を地面に組み伏せると、縄跳びの持ち手を尻に押し当てた。


「やめろ!」

喉が裂けるように叫んでも、

返ってくるのは誰かの笑い声と、靴底がコンクリートを踏む音だけだ。


背中を押さえつけられ、肺が圧迫されて呼吸が苦しい。

「やめろ……」

無理矢理ねじ込まれる痛みよりも、それ以上に――あんな姿を見られていることが恥ずかしかった。

身体の奥を暴かれているような感覚。

熱い血が頬を上って、耳が熱く、息が詰まる。

それでも、泣いたり目を背けたら負ける気がして、ただ、地面を睨み付ける。


「ほら、犬みたいだな。喜んで鳴いてみろよ」


笑い声。

それが遠くで響いているように聞こえる。

足が体を小突くたびに、床の上の粉塵が舞い、頬に貼りつく。

ざらっとした灰色の粒が、汗と溶けて、皮膚に滲み込んでいく。

まるで、自分の中まで汚れていくようだった。


縄跳びの持ち手が抜かれた瞬間、体から力が抜けた。

視界がにじみ、涙が汗と埃に混ざって地面を濡らす。


虐めが終わり一人残されると、抑えていた何かが溢れ出す。胸の奥が鈍い痛みに重く沈み、全身に広がる。

自分がまだ、どうして生きていられるのか不思議に思った。



それから、誰もいない水飲み場で、顔を洗っていた。

水の冷たさだけが、自分をまだ現実に繋ぎとめていた。


「雄大……」


玲衣だ。

振り返らなくても分かる。


「俺、さっきお前のクラスに行って……」

その声は震えていて、戸惑いと何か壊れそうな感情が混じっていた。


玲衣は教室の黒板の落書きを見たんだと思った。蓮見たちが最高傑作だと馬鹿笑いしながら書いていた。


「雄大……お前、もしかして――」

「うるさい!」


振り向きざまに怒鳴った。

視界が歪んで、玲衣の顔が滲んで見えた。


「お前のせいで……」

「二度と俺の前に、その面見せるな」


全部の憎しみをぶつけた。多分、俺は酷い顔をしていたと思う。

玲衣は肩に掛けた鞄を地面に落とし、呆然と突っ立っていた。最後に、その肩が震えているのが見えた。


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