曙光
萌千兎さら
00. プロローグ
――その写真、いいでしょう?
僕も一番気に入ってる。
低くて柔らかい、優しい声。
その日は通信制高校の卒業式で、たまたま母親と訪れていた。
錆びて朽ちた廃墟が、天井から差し込む光に照らされ、生き生きと眩しい色をした植物が床を這っている写真。
――生きてるみたいだ…。
誰にも気に掛けられることなく壊れた人工物が、こんなに美しいだなんて。思わず息を呑んだ。
ずっと見ていたくて、俺はしばらくその一枚の写真の前で立ち尽くしていた。
鷹村さんは、俺のような一見の若者にも、丁寧に作品の説明をしてくれた。
「これは山梨県の山の麓にある鉱山施設でね。
もう使われなくなって30年以上経ってる。
午後のほんの一瞬の間だけ、こうして日が差すんだ」
「……一瞬」
「うん」
「普段は薄暗く湿っているのに、この瞬間だけはこうして人の胸を打つんだね」
鷹村さんの言葉が空っぽの胸の中で反響する。
「ほら、この光の輪の中にだけ、植物が息をしている。おもしろいよね」
「あ、あの、どうして、廃墟ばかり撮ってるんですか?」
俺は、言葉の出だしが時々掠れてしまう。だから普段は自分から話すことを避けている。それでも、どうしても聞いてみたかった。
「どうしてだろうね」
鷹村さんは顎に手をやり、視線を少し上の方に泳がせる。
「話せば長いけど、多分、純粋に惹かれてしまうんだろうな……。
頭じゃなく感情が赴くままにレンズを覗いていたら、そうなってた」
わざと格好つけた声色で胸を張りながら言う。
「もちろん、他のものも撮ってるんだよ?
なかなか人目にはとまらないんだけどね」
鷹村さんは、そう言って悪戯っぽく微笑んだ。
「君は、カメラ好きなの?」
「いや、別に……」
「そっか」
「あ、そうだ」
「今度、僕のアトリエで初心者向けのワークショップを開くんだ。
良かったら君も来ない?
こんなに熱心に鑑賞してくれて嬉しくてね。
無料でいいから」
「えっと……」
「君、名前は?」
「あ……
「雄大くん、よろしくね」
そう言って優しく微笑むと、鷹村さんは名刺を手渡してくれた。
その手は暖かくて、ずっと温度を失くしていた心が少しだけ息を吹き返したような気がした。
01. 過去
幼馴染の近衛 玲衣とは、保育園からの幼馴染で兄弟のように育った。同じ小学校、中学、高校に進み、一番理解し合える友人だと思ってた。
高校一年の春が終わる頃、玲衣は俺に気持ちを打ち明けてきた。
友達以上の、男女の仲でしか考えられない想い……あいつはそれをずっと隠していたらしい。
正直、ショックだった。何でも言い合える友人だと思っていたのに、ずっとそんな目で見られていたなんて。
これからどういう顔をしてあいつに会えばいいんだろうって、重い気持ちになったのを覚えている。
玲衣は俺とキスしたりセックスしたいんだろうか。ふとそんなことを想像すると、悪いけど、やっぱり……気持ち悪いと感じてしまう。
理解してやりたいけど、あいつの「気持ち」は到底、受け入れられないし、だんだんと考えることが面倒になっていった。
何も無かったように振る舞うにしても、これから玲衣と顔を合わす度、なんとも言えない重さが残るのかと思うと、しんどい気持ちが勝ってしまう。
しばらく玲衣とは会わないでおこう、そのとき、俺はそう決めた。
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