第15話
◯
──二日後。
社長からメール連絡が来た。
「明日の朝10時に立川駅のロータリー集合」
「採用の合否を直接伝える」
件名もなく、たったニ文だけのメールだった。
愛想も減ったくもれない冷たい文章だった。けど、どこか社長らしさを感じた。
採用の結果を直接伝えるのはどうしてだろう。
何か意図があるとは思うけど……直接私に会って文句を言いたいのかな。まぁ相当私もやらかしたし、怒られても仕方がないかも。
どうぜ不合格なんだし、バックれようかなと一瞬考えが過ぎった。
でも、もう二度とあの昭和気質の社長に会うことがないと思うと、どこか寂しさというか見納め的な感じもなくもないし、とりあえず会うだけ会っておこうと思った。
──翌日の9時45分。
ロータリーに社長の車が停まっていた。
「早く乗れ」
車に歩み寄ると、パワーウィンドウを開けた社長が私に助手席に座れと促してきた。
予定の15分前に到着しましたが?……と言いたいところだけど、社長と口論する気もしなかったので、スルーして車に乗った。どうぜ今日限りだし、どう思われてもいいや。
「あの……」
「結果はどうなりました?」
助手席でシートベルトを絞めながら社長に聞いた。
社長は私を無視して、アクセルを踏んだ。
それからしばらく社長は黙ったままだった。
呼びつけておいて何も話さないとかありえない。
と、言いたいところだが、正直人柄を知ってるからなのかあまり不快にならなかったのや、どうせ不合格なんだからあまり良く思われなくてもいいやという開き直りもしていたせいか、無言の時間はそれほど居心地が悪く感じなかった。
黙っている時間は外の景色を眺めながら、今日の夜何しようかぼーっと考えていた。
──目的地付近まであと300メートル。
──横山霊園までもう少しです。
カーナビのナビゲーション音声を聞いて、私は反応した。
横山霊園?
たしか──おじいちゃんのお墓がある場所だ。
「社長?」
私はおそるおそる社長の顔を覗き込んだ。
社長は真剣な顔でまっすぐ前を向いていた。
「──前に言っはずだ」
「墓参りは行け」
「この仕事をやり続けるならな」
──え?
今なんて言いました?
この仕事を続けるなら──って。
「社長それって……」
キキィッとタイヤがアスファルトを擦った。
ドライブからリバースに切り替えた社長が、後ろに振り返りながらバックで車を停めた。
「降りろ」
社長はシートベルトを外すとドアを開けた。
「俺が会社を立ち上げたのは」
「刑事を辞めて半年だった」
「妻と子供を同時に失って何もやる気が起きなくてな」
霊園の坂道を登りながら、社長は振り返らずに前を向いたまま語り始めた。
「そんな時に葬儀屋を営んでいる先輩刑事に誘われて」
「数ヶ月手伝いをさせてもらった」
「遺族の方の遺留品整理や特殊清掃に関わることで」
「どこか『救われた』感覚がしてな……」
「これが俺の天職なのかと思うようになって」
「気づいたら起業していた」
社長は歩みを止めることはなかった。
会社の強い霊園の坂道を、社長はのしのしとゆっくりとした歩調で登っていく。
「──お前のやり方は気に入らない」
「昔の俺を見ているようで」
「ムカついてしょうがなかった」
社長の足が止まった。
墓石が集まる坂の脇道に入ると、迷わずまっすぐ歩きていく。
私はあたりを見渡して驚いた。
──ここってまさか。
「だが」
「お前を見て俺は思い出させられた」
「死者に寄り添うことができるのは」
「──視えることができる」
「──俺たちなんだって」
社長の足が止まった。
──小島家先祖代々之墓
止まった先にある墓石に刻まれた文字。
このお墓……。
おじいちゃんのお墓だ。
「内定の通知書は郵送で送付済みだ」
「来年の4月からうちで働きたいかは」
「お前次第だ」
私は社長に振り返った。
社長は相変わらず眉間に皺を寄せている不機嫌な顔だった。
だけど、どこかスッキリしたような──。
憑き物が取れたようなそんな顔に見えた。
ふわっと何かがお腹の底から湧き上がった。
──達成感。
──充実感。
心臓の音がドキドキと強く打って、足元が浮いている感覚。
気を緩むとガッツポーズを取りそうな、とにかく昂った気持ちが全身から湧き上がった。
「──感謝をするなら」
「じいさんだ」
「お前を育てたじいさんに感謝しろ」
「その前にひとつ」
「聞いていいですか?」
社長が「なんだ?」と聞き返した。
「どうして祖父の墓を知ってるのですか?」
「まさか調べたとか?」
社長はちっと舌打ちした。
「最初に言っとくが」
「俺にコンプライアンスは通用しねぇぞ」
「それが嫌なら他所へ行け」
ふんっと社長は鼻を鳴らす。
──もともと期待はしてない。
この会社で働くなら、社長のパワハラを受ける覚悟はできている。
でも。
不思議な感覚だ。
これからの出来事を楽しみにしている私がいる。
仕事で大変になることは想像できるのに。
この人と一緒に仕事したのなら。
きっと私が思い描く『仕事』ができるのではないかと期待してしまう。
おじいちゃんが私に教えてくれた──。
世の中の人のための仕事を──。
「ぼさっとするな」
「桶に水を汲め」
「まずは掃除だ」
「わかりました!」
私は社長に背中を向けて桶と柄杓が置いてある掃除用具場所に向かった。
社長はおじいちゃんの墓を見つめる。
しばらく見つめた後、深々と頭を下げた。
完
誰が死人にさよならを告げるのか 有本博親 @rosetta1287
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