第7話
◯
「1日2万⁉︎」
「マジ⁉︎」
翌日の昼休み。
大学の食堂でゼミ友達の伊藤沙織に昨日の出来事を話している最中に、突然、沙織が頓狂な声を上げた。
沙織の声の大きさに、周りの席の何人かが一瞬こっちを見たけど、本人はまったく気にしていなかった。
「しー!」
「大きな声出さないで」
私は沙織に注意した。
沙織は「ごめん」と謝ったが、指を折り曲げて計算をし始めた。
「1日2万だったら」
「一週間で14万⁉︎」
「何しないで部屋にいるだけで2万って」
「割良すぎない?」
「そのバイト」
私は首を横に振った。
「そうでもないよ」
「冷房きついし」
「あと上手く言えないけど」
「幽霊を観察するのってなんか嫌な気持ちになるっていうか」
「あんまり精神的に良くない感じがする」
沙織は私の説明を聞くと、「ああ」と言って察してくれた。
「わかるかも」
「あたしもずっと見続けると気持ち悪くなる」
沙織と仲良くなったのは、私が霊視の能力が目覚めたばかりの頃だった。仲良くしていた友達とも疎遠になり、彼氏とも別れて、精神的に参っていた時だった。
通院していた病院で知り合って、同じゼミの同級生で、霊視訓練を受けていたことをお互いに知ってから意気投合し、仲良くなることができた。
沙織は私と違って大人っぽく垢抜けていて、週に3回ほどキャバクラのバイトをして稼いでいる。
お金を稼ぐ理由は、高級バックを買うためでもホストに貢いでの借金返済ではない。
霊視矯正の手術を受けるためだそうだ。
「てか一澄」
「マジでいいの?」
「心霊関係の仕事選ぶなって親に言われてたんじゃなかったけ?」
「……うん」
沙織は注文した冷やしうどんを食べながら私に訊いてきた。
──昨日、家に帰って入社試験のことを両親に話したのを思い出した。
一週間。
とあるマンションで宿泊をする仕事がある。
そう伝えると、お母さんは頭を抱え、あからさまに不機嫌な顔になっていた。
もう知らない。勝手にすれば。
そう言いたげな表情だった。
「就職するつもりなの?」
「その会社に」
沙織に聞かれて、私は「わからない」と答えた。
「他に内定決まったらそっち行くかも」
「今は入社試験に合格することだけに集中してる」
沙織は「そっか」と言って納得してくれた。
沙織に言われて、お母さんのことが頭によぎった。
お母さんがホワイトクリーンの仕事に賛成していないのはわかっている。応援してほしいとは今更思っていない。
でも、わがままを言っていいなら。
私がやろうとしてることは、決して悪いことじゃないということを理解してほしい。そう心から願っている。
「──一澄はすごいな」
ふいに沙織がまじまじと私を見つめた。
「私は幽霊と正面から向き合うなんて無理だけど」
「一澄はちゃんと向き合おうとしてる」
「それが偉いよ」
「本当に尊敬する」
「……ありがとう」
「ごめん」
「もう行くね」
私は席を立つと、トレーに乗った食器を返却口に運んでから大学を出た。
モヤモヤした気持ちになる。
──尊敬されるようなことは何一つやっていない。
内定が欲しいだけで、私は入社試験を受けているだけだ。
それなのに。
友達から凄いことだと褒められた。
同じ霊視の能力を持っているのに、沙織は自分にはできないし、やろうとも思わない。
──普通の人間は、幽霊を一瞬でも目撃しただけでメンタルがやられてしまう。そう社長は私に教えてくれた。
たしかに、私も最初、お葬式でおじいちゃんの幽霊を見た時、ショックで息ができなくなりそうだった。
訓練でどうにか正気が保てるようになったが、霊視に目覚めたばかりの人や訓練を受けてない人は、幽霊を見けること自体が辛い体験なんだと思う。
同じ霊視の訓練を受けた沙織ですら、幽霊は見たくないと言っていた。
──だとしたら。
私が霊視の仕事を選ぼうとしてることは。
世間一般の中では、ズレていることなのだろうか。
キャバクラやホストの夜職みたく。
死者と向き合う仕事そのものが。
世の中の人たちに迎合されない職種ということなのだろうか。
「……」
大学の外に出た私は、最寄駅に向かって小走りした。
──やめよう。
深く考えたところでロクな答えなんて出ない。
今は入社試験を無事終わらせることだけに集中しよう。
取り急ぎ、まず私がやらないといけないことは──。
冷房19度の中でも凍えずに過ごせるように、冷え対策グッズをコンビニで揃えることだ。
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