第3話
◯
──翌日。
私は社長の指示通り、朝の10:00に会社がある雑居ビル前に到着した。
スーツじゃなくて私服で来いというのが、なかなか難しい注文だった。
最初は特殊清掃の仕事だから、モノトーンの服装がいいのかと、紺色のワンピースにしようかと考えた。しかし、さすがに仕事で行くのだからカジュアルすぎないかと思って断念。次にジーンズのパンツルックで上下を組み合わせをしてみた格好が高校生の私服っぽくなりすぎて却下。
最終的には、ロングスカートと襟付きの長袖白シャツに薄い黒カーディガンという無難な格好に落ち着いた。
──依頼人に会わせる。
と社長は言った。
特殊清掃をお願いする依頼人ってことだろうか。
一体どんな人が依頼するのか、なんとなく想像してみる。
特殊清掃をお願いするのだから、アパートで孤独死したおじいちゃんおばあちゃんを持った家族の方だろうか。もしくはアパートの大家さんとか管理会社の人か。
依頼人の人は、どんな感情でお仕事を依頼するのだろう。
っていうか、いいのだろうか。
会社の社員でもない大学生の私が、お仕事同行して依頼人に会っても……。
クラクションが聞こえた。
結構間近で聞こえた。反射的に私は「きゃっ」と悲鳴を上げた。
振り返ると、車道に白い乗用車が会社前に寄せて停まっていた。
運転席のパワーウィンドウが音を立てて開くと、相変わらず厳しい表情の社長の顔が現れた。
「何してる」
「さっさと乗れ」
挨拶もなくいきなり社長が私に声をかけてきた。
やめてよ。
心臓飛び出るかと思った。
「おはようございます」
「失礼します」
私は助手席に座った。
一瞬、車内からもわっとした臭いが鼻をついた。
あ、この人、車内でタバコ吸う人だ。
「依頼人と会うにはまだ時間的には余裕はあるが」
「途中で寄りたい場所がある」
助手席に座って私がシートベルトをかけると、社長はアクセルをサイドブレーキを下ろした。
社長の運転は想像通り荒かった。
急発進急ブレーキは当たり前で、ウィンカーも出さずに車線変更することは三回に一回あった。
タバコの匂いも相まって、吐くまでもないが、途中で気持ちが悪くなってきた。
「芳野」
車が走って15分ぐらい経った。
私はハンカチを口に当てて外の景色を眺めていると、社長がふいに声をかけてきた。
「もし家に幽霊が出たら」
「どこに相談をすればいいか」
「わかるか?」
唐突な質問を社長が投げかけてきた。
幽霊が家に出たら?
そういや、霊視能力に目覚めてから、自分の家で幽霊を見たことない。
もし出てきたらどうすればいいんだろう。
「スマホで検索して」
「霊能力者に相談ですか?」
私が思いついた答えを口にすると、社長は鼻で笑った。
「バカ」
「ネットで見つかるのはただの詐欺師だけだ」
「金をせびられた挙句」
「個人情報を仲間内に売られるのがオチだ」
社長の物言いにカチンときた。
「じゃどこに相談すればいいんですか?」
ややトゲのある口調で私が聞き返すと、目の前の信号が赤信号に切り替わった。
「役所だ」
社長はブレーキを踏んだ。
「一般的にはあまり知られていないが」
「役所の保険年金課窓口で相談をすれば」
「葬祭費の申請と合わせて幽霊への処理を受け付けてくれる」
「費用は全額『国』持ちだ」
信号が青になり、社長はアクセルを踏んだ。
知らなかった。
幽霊関係の相談は役所で相談するのがいいなんて、初めて知った。
そういえば、霊視訓練も国からの補助金が出ていると担当医も言っていた。訓練中の費用は私は支払ったことがななった。
幽霊関係の国からの支援がこんなに厚いなんて、意外だと思った。
しかしどうしてなのだろう。
「どうしてそんな福利厚生が厚いんでしょうか?」
「幽霊に対して」
素朴な疑問を独り言みたく私はつぶやいた。
社長は肩をすくませた。
「さぁな」
「お前もババアになったらわかるだろうぜ」
目的に着くまで、社長と私は会話をしなくなった。
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