黄金の雨

七乃はふと

黄金の雨

 携帯で残高を確認してホッとする。

 よかった。まだ使える。

 通知が届き、すぐさまアプリを開く。

 ロード中の画面がタイミングよく開けた。私の推しが第一声を放つ。コメントしながら今日の嫌な事や空腹や将来の不安が吹き飛んでいく。

 推しに出逢えたきっかけは、本当に偶然だった。仕事一筋で趣味にかまけている時間もなかった私は、強いストレスで家から出たくない日々が続いていた。

 そんな時、スクロールしていた指が、あるサムネで止まる。

 子供の頃遊んでいたゲーム機本体とカセット。一人で熱が出るまで遊び、友達と対戦に明け暮れ、学校で盗まれた思い出深いソフト。

 それを遊ぶ配信を見て、童心に帰った私はチャンネル登録を済ませ、見終えた頃には、すっきりとした気持ちで会社に行けるようになった。

 そんな恩人とも言える推しに礼が言いたいと、ダメ元でコメントをしたところ、それを読んでくれた。私は学生時代以来の胸の高鳴りにを失いたくなくて、配信していない時はアーカイブを見て過ごし、いつライブ配信が始まってもいいように、収入は落ちたが時間に融通の利く複合機製造の仕事についた。

 推しがプレイする同じゲーム機を中古で揃え、ライブを見ながら遊んでいると、まるで一人暮らしのリビングで一緒に遊んでいるようだった。

 ところが、ある事に気づいてしまう。

 ゲームをクリアした感想会にコメントをした。もちろん自分も同じゲームをクリアしたのだから、感想を語り合いたかったのだ。

 しかし反応は返ってこなかった。そう毎回は読まれないよな。と言い聞かせたのだが、どうしても気になってしまい、推しが反応するコメントをよくよく確認してみると、決まった名前で全員投げ銭していた。

 なんだそんなん簡単な事だったのか。

 解決法が分かった翌日。リタイア続出と話題のホラーをクリアした推しに、投げ銭を添えた労いコメントをすると、ラストまで一緒にいてくれてありがとう。と言ってくれた。

 私はすぐさまスクショを撮り、アーカイブをお気に入りリストに保存した。

 しかし、そんな嬉しい気持ちはシャボン玉のように儚い。またもコメントが読まれなくなった。私以外の投げ銭リスナー達が、金額を上げていた。高額になればなるほどコメントは目立ち長時間残る。

 私の金額では、顔の前を飛ぶ小蝿くらいの印象しか与えられない。だから、他の投げ銭リスナーに見習って高額の投げ銭をしていたのだが、それも長続きはしなかった。

 配信が終わり、恐る恐る講座を確認する。零が一つポツンと取り残されていた。

 私は考えた。どうすれば、コメントを毎回読んでもらえるか、金があればいい。だが今のやり方では、毎月の給料を注ぎ込んでも勝てない。

 そうして食パンの耳を主食にして配信を聞いていると、以前は何とも思わなかったある話題に耳の穴を抉られる。

 『この前いったコンサート、十万するエス席で聴いたよ』

 『一年待ちの等身大フィギュアお迎えしました。百五十万じゃ申し訳ないくらいのハイクオリティ』

 『――でバズってた私の痛車。一億じゃ買えないらしいよ』

 お金の話が出るたびに、私の心に消えない穴が増えていく。

 このままでは、推しの配信を楽しめない。財布の中を確かめている時、ある方法を思いついた。

 バレたら捕まり、人生が終わる。しかし金のない今もまた地獄。

 私は腹を決めて計画を実行に移す。

 手に入れたのは、自分の会社の複合機だ。以前会社が社運をかけて超高性能のコピープリンタを売り出した。――プリンタから本物を貴方の元へ。

 広告に偽りなしの性能の高さから、販売当初は売れたらしいのだが、調子に乗って増産した頃にブームは終わり、安価で市場に出回るも、会社には山のような在庫。

 その一台を買い、かろうじて残った紙幣をコピーすると、全く違いがわからない。重ねても、透かしを見ても、手触りも同じ。紙幣のドッペルゲンガーが誕生したのだった。

 テストで店に行き、店員に渡しても不審がられず、セルフレジに入れてもエラーは起きない。もちろんATMも。

 こうして現金を電子マネーに変えた私は推しに投げ銭をしまくった。一時心配されるほどだったが、推しにそんな顔をさせてはファン失格と更に投げ銭して励ました。

 推しのおすすめや、周年グッズはもれなく買い、入りきらなくなったら、新しい部屋を契約。

 今はつまらない仕事も辞め推しの為に時間を使っている。私には金がある。トイレットペーパーの代わりに使っても惜しくない量をコピー機が生み出してくれるのだから。


 ある島国の経済が破綻した。その国では精巧な偽札が出回り、気づいた頃には本物を上回る量になっていた。

 チェックは誰もしなかった。電子マネーが主流になったことで財布を持つ人が極端に少なくなり、紙幣に注意を払う人間がいなくなったからだ。

 そして偽札を生み出していたのは、一人ではなかった。あるメーカーが作って忘れられた高性能複合機。これの持ち主達が偶然にも同時期に偽札を作っては市場にばら撒いていた。

 性別も出身地もバラバラな彼らの共通点は投げ銭。 

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黄金の雨 七乃はふと @hahuto

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