fallREing in love

あだねりぼう

scene1 【落ちる】

10月に入ったというのに仕事からの帰り道はまだまだ蒸し暑い。

スマホから聞こえてくる親友、東村新太の熱気のこもった苛立ちを隠せない声が鼓膜に響く。


「マジで嫁とそりが合わんわ…俺だって疲れて帰ってきてる中で料理したり、掃除したりしてるのに事あるごとに文句ばっかり言われてさ。ぶっちゃけ一緒の空間に居る事すら息苦しいレベル」


駅に着いた俺はスマホを耳に押し付けながら、空いてる方の手でICカードを改札口に近づける。

新太が結婚して一年。新婚生活の甘い話題はとっくに消え失せ、今や聞くのは嫁さんに対する愚痴ばかりだ。


「まあまあ、友梨さんも仕事で疲れてるんだろ。お前も言ってたじゃん『結婚しても結局は他人だ』って」

「他人…か。まさしくただの口うるさい同居人って感じだわ。それなら異論はないな」

新太は自嘲気味に笑った。


「なぁ、悠樹。もし人生をやり直せるならさ、あの時、お前が俺の結婚止めてくれよ。マジで」

新太の冗談とも本気ともつかない言葉にどう返すべきか口を開きかけた…その時だった。


<まもなく、3番線に電車がまいります。危険ですから黄色い線までお下がりください。>


無機質な女性のアナウンスが、ホーム全体に響き渡る。


「なんで俺が止めるんだよ……って、ごめん。

電車きたからまたかけ直すわ」


俺は一方的に通話を切り、スマホをポケットに滑り込ませた。

(めんどくせ…掛け直したら長くなりそうだし、また飲みにでも誘って息抜きさせるか)


そう考えながら帰宅ラッシュの混雑で体が押し流されそうになるのを耐え、列に並び直す。

ちょうど視線の先には、黄色い点字ブロック。


その時、ドンッと背中に強い衝撃を感じた。


「え?」


次の瞬間、体は重力に従い、虚空へ投げ出され落ちていく。視界に映ったのは、猛スピードで迫ってくる銀色の車体と、強烈なヘッドライトの光。


(…誰だ?女…?)


最後に見たのは走馬灯ではなく、俺をホームへ押し出した「犯人」の姿だった。そいつが誰なのか考える間もなく激しいブレーキ音が聞こえた刹那すべてが真っ暗になった。




「……マジでさ、マッチング出来るなんて思ってなかったわ!しかもあんな美人と。やっぱり石は投げなきゃ当たらんのよ!!」


馴染みのある声とジャズが聞こえる。


「なぁ、悠樹?聞いてんのか?」

目の前で、新太が怪訝な顔をして俺を覗き込んでいた。


…ここはどこだ?

コーヒーとタバコの匂いが充満していて昔に通ってた喫茶【トワイライト】に似ている…

でも俺はさっきまで確かにホームの線路に――


「……新太?」

俺は混乱しながら、目の前の親友の名前を呼んだ。

新太はホットドッグにケチャップをかけながら、呆れたようにため息をついた。


「なんだよ、ようやく俺にも春が来そうだってのに。それにさっきまで『マッチングアプリってすげえな!』ってお前もウキウキだったじゃねぇか。急にどうしたんだよ!?」


「ま、マッチングアプリ…?お前、友梨さんと結婚したんじゃ…」


「は?何言ってんだお前。そりゃ友梨さんと結婚出来たらめちゃくちゃ嬉しいけどさ…というか友梨さんの名前言ったっけ?」


新太はそう言いつつスマホを取り出し、画面を俺の鼻先に突きつけてきた。


「ほら、見てみろよ。これがアプリでマッチした友梨さん。めちゃくちゃ美人だよなぁ…。来週会うのめちゃくちゃ楽しみだわ」


俺がのぞき込んだスマホの画面には、優しげに微笑む女性の写真があった。

それは、俺がさっきまで新太から愚痴を聞かされていた『嫁さん』=友梨の顔だった。


「あれ? なんか反応悪いな。お前、友梨さんのこと知ってんの? もしかして知り合い?」

新太が尋ねる。


「…いや、知らない」

俺は、テーブルの下で動揺を抑えるように自分の手を握りしめた。

良太のスマホ画面に表示された日付は、「2024年4月10日」。


俺が、新太から友梨さんの愚痴を聞いた後、電車に撥ねられる一年半前の日付――


まさか…俺は本当に人生をやり直す機会を与えられたのか…?

しかも新太の結婚を阻止するために…?

そんな冗談みたいな事の為にこんなことになっちゃってる…?


「ぶっちゃけ、もう恋に落ちちゃってるわ。友梨さんと毎日連絡取り合ってるし。俺、初めて会うのに告白しちゃうかも…」


俺は自分自身に起きてる異常な状況の整理が追いついていないのに張本人のボケナスはアクセル全開で、こともあろうかペダルを踏み抜こうとしている。


「新太…ちょっといいか。親友の俺からお前に一生に一度のお願いだ」


「なんだよ、急に。なんか怖いな。それにお前から一生に一度なんて言葉もう5回くらい聞いてるけど、まぁ今日は機嫌良いから聞いてやるよ」


「友梨さんと会うのやめろ。即ブロックしろ。そもそも初めて会った日に告白するようなやつは一生恋愛するな」


「無理に決まってんだろぉぉぉぉぉ!!!」


マスターと俺達しかいない喫茶【トワイライト】に新太の声が響き渡ったのを皮切りに親友の結婚を止める為の戦いが始まったのだった。

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