第2話 護、香坂薫監督の出現に驚く

 美希が言った時、

 ノックもなしにいきなり室のドアが乱暴に開き、

 ウォッシュ加工された穴あきジーンズに赤のブラウス系トップス、

 そして赤のピンヒールを履いた女がズカズカと入って来た。


 [第1話から続く]




 「カ、カントク!」

 3人の戦犯たちの顔が、いきなり引きつった。


 カントク?


 今日は驚かされることが多いが、護もまたまた驚いて、入ってきた侵入者の顔を眺めた。


 「あぁたたち、私に無断で何をしようとしているのよ!」


 理由を聞かせてよ、


 と言わんばかりに監督と呼ばれた女はそこにあった椅子を引き寄せて、どっかと座り、ピンヒールの脚を組みながらキャプテンのみどりに説明を求めた。


 この女はどこかで見たことがある、と護は思っていた。


 キャプテンみどりの顔を睨みつけるように見ていたが、怒っているように見えないのは元々が整った顔立ちと、優しそうな目元から受ける好印象のせいだろう。


 それに年齢も彼女らと大して変わらないので、みどりたち3人にしても、竹刀を振り回す鬼監督というよりは、先輩を仰ぎ見るといった感じだった。


 「先の全日本〈女子学生〉新体操選手権における惨敗の責任を取って、わたくしとマネージャーと主戦選手の佐知子の3人が、代表として敗戦の罰を受けることになりました」


 「ええ。小耳に挟んだところによると、そのようね。でも問題はその趣旨はいいとして、なぜ私にひと言の相談もなかったのか、ということなの。それはわかるよね」


 監督は噛んで含めるように説明した。


 「はい。監督の手を煩わせはいけないと、判断しまして」


 と、これはマネージャーが直立不動で答えて、


 「この敗戦は監督のせいではなく、全て私たち部員の気のゆるみからきたものだと分析しました」


 「それで反省の意味を込めて、お坊さんみたいに頭を丸剃りにしようというのね」


 監督が納得顔で頷いた。


 監督と部員たちの遣り取りを聞きながら護は、不意に監督の顔を思い出した。


 もう何年か前になるが、女子新体操の不人気に悩む業界が、〈新体操の妖精〉というキャッチコピーで全国に向けて売り出した、香坂薫その人だった。


 国際大会ではいつも下位に甘んじていたが、国内では何度も雑誌のグラビアを飾ったチャンピョンである。もちろんK大学OGである。


 「頭を丸剃りするなんて!そんな、恐ろしいことを」


 と、主戦選手が半泣きになりながら絶句した。


 「頭を剃るのではない?」


 監督は一瞬毒気を抜かれたような顔をしたが、改めてみどりに詰め寄って、


 「だって敗戦剃毛儀式という、反省会なのでしょ?」


 「はい。実は〈日南第一大学〉男子レスリング部の復活優勝の陰に、新しい〈敗戦反省儀式〉があると聞き、本校女子新体操部も見習ってはどうかという経緯があるのです」


 みどりが日南第一大学レスリング部のことを、さらっと説明した。


 「ああ、あの大学のことね。仄聞そくぶんしたところによると、今までは敗戦責任者が皆の前でオチンチンを晒し、自分で陰毛を剃って敗戦を詫び、その屈辱を胸に刻み、猛練習に励むと同時に名誉挽回を目指す、だったけれど、テレビ局の若い女性ヘアスタイリストさんを呼んで来て、皆の前で剃って貰って、心ばかりかオチンチンも勇気づけられた、とギョーカイでも評判になった、あの件ね」


 「ご存じなのですか?」


 みどりが意外そうな顔で聞いた。


 「もちろんよ。ということは!」


 監督は目を見開いて、口に手を当てて、


「オマンコの毛を剃っちゃうわけ?」


 「はい。まあ」


 「何でオマンコの毛なのよ。髪は女の命と言うじゃない。剃れとまでは言わないけれど、丸坊主にしたらどうなのよ。見えない所の毛を剃ったって、何の意味もないじゃない」


 監督はしごくもっともな説教をした。


 「それでは部員が皆、辞めてゆきます」


 みどりが思いもよらない強い口調で監督に逆らって、続けた。

 

 「たかが、と言ってはナンですが、サークル活動の勝ち負けひとつで女の命と言われる髪を切られるくらいなら、部活動を辞めた方がいいと思っているのは私だけではないと思います。暇潰しとまでは言いませんが、命を賭けてまでやっている訳ではないのですから」


 「ま、そりゃあそうだわね。だから見えない場所の毛を剃る、という落としどころを見つけたってことね」


 「そうです。これでも私たちは私たちで、監督の顔にドロを塗ってしまったことを猛省しているのです」


 「そうだったの。悪かったわ。私だって競技で負けたくらいで頭を丸坊主にしなくちゃならないのなら、新体操から足を洗っちゃうかもしれないものね。今まで何回負けたかわかんないもの。その度に丸坊主にしていたら、髪が伸びる間もないというか、精神もおかしくなっちゃうよね」


 監督は理解を示しながら、


 「それでみんなバスローブを着ているのね。で、〈剃りびと〉がこの人?」


 監督は顎をしゃくって、初めて護の方を見た。


 顔は可愛いが、やはり口元がきりりと締まって迫力がある。


 「どうするんですか?ぼくは別にやんなくてもいいんだけど」


 雲行きが怪しくなってきたので、護は逃げ腰になった。


 「で、日南第一大学のソレをやった人は、テレビ局のヘアメイクアーティストさんだと聞いたけれど、この人は?どこか有名美容室のディレクターさんか何か?」


 「日曜日のこんないい時間に、こんな所でこんなお仕事をなさろうとしているのですから、有名美容室のディレクターさんでもテレビ局へ出入りするヘアメイクアーティストさんでもないと思いますが、能瀬先生にアソコのヘアをカットしてもらうと、運が上向くという評判なのです」


 マネージャーがいちいち余計な注釈を加えながら、説明した。


 「へぇ~。どんな評判なの?」


 監督が聞いた。


 「関西の或る主婦は、能瀬先生に陰毛カットして貰った帰りに買った宝くじで、3億を引き当てたとか。それからキャバクラでバイトをしている同じゼミの子が、やはり能瀬先生にカットして貰ったら、その店でナンバーワンにのし上がりました。そんな話がゴロゴロ。カットするだけでそうなのですから、ツルツルテンに剃ったら効果は計り知れないかと」


 「ふ~ん。そうなの。そういうのって大切なのよねぇ」


 監督が感心しきりに頷いて、


 「練習で何度トライしても出来なかった難度Gの大技が、突然世界レベルの競技会で出来たりという、人知身体能力を超えた何かを引き起こす力というのがねぇ」


 で、とキャプテンのみどりが後を取って、


「神頼みでも何でもいいという私たちの切羽詰まった気持ちの表れが、今日の集まりなのです。監督にまず相談すべきでしたが、監督というのは最後の拠り所、まず私たち自身で何とかしたいと思ったものですから」


 済みませんでした、


 とみどりが頭を下げたので、2人の戦犯もつられて頭を下げた。


 「わかったわ。これ以上、私は何も言わない。あぁた方が自発的に不甲斐ない戦績の反省をしていると知って、私も勇気づけられた思いよ」


 監督が懐の深さを見せたので、3人の戦犯たちはホッとしたように顔の表情を緩めた。


 が、次の監督のひと言に、その場は凍り付いた。


 「私も罰を受けるわ」


 と、監督は言ったのである。


 監督が続けた。


 「だって、そうでしょう。こういうことは全て監督の責任なのよ。あぁた方だけに辛い思いをさせて、監督の私がのうのうとしていていいはずはない。私だって頭を丸坊主にするのは御免だけれど、見えない所ならヘッチャラだわ。いえ、見えない所だからこそ、内に秘めたものを燃やせると言うもの。というよりも、むしろ私が率先して敗戦の責任を取るべきなのよ。ちょっとあぁた、そのバスローブを私に寄越しなさい」


 監督はマネージャーにアゴをしゃくった。


 「えっ、私ですか?」


 マネージャーが指名されてうろたえて、


 「しかし私はマネージャーとしての責任が」


 「マネージャーこそ縁の下の力持ち。どんな時でも表に出てはいけないのよ」


 命令一下、マネージャーは渋々といった感じでバスローブを脱ぎ始めた。


 女同士というのはこんなものなのか、或いは競技会場の控え室での着替えは日常茶飯事のことなのか、はたまた男であるはずの護の存在はないも等しいのか、あっさりとした遣り取りだけで、その場でマネージャーは全裸のスッポンポンになって、バスローブを監督に差し出した。


 「あぁた、そのおケケ、いえ、無いおケケ、どうしたの?」


 マネージャーの陰毛がきれいに剃り上げられているのを見て、監督が目を丸くした。


 みどりは知っていたが、主戦選手も司会の平井美希もあ然として、マネージャーの無毛地帯を眺めた。


 「敗戦が原因で陰毛を剃られる屈辱とはどんなものか知っておく必要があると思って、皆に先んじて体験してみたのです」


 「誰に?誰にやってもらったの?いえ、そんなことはどうでもいい問題よ。で、どうだった?屈辱感に心が折れそうになった?それともまさか!H気分に酔ってまさか!」


 監督はその経験から屈辱や羞恥心という重たい酸性感情が、性というアルカリ感情液にひとたびでも触れると、リトマス試験紙のように一瞬のうちに色を変えてしまい、性的快楽に変化するのを知っていた。


 「お察しの通りです。初めは羞恥心と屈辱感だけでしたが、途中から両方とも快感にやられてしまいました」


 「やっぱりね。でもマズイわね。わかんなくもないけど、戦犯が快感を得ては、そりゃあマズイよ」


 監督もマネージャーの実証結果証言に、頭を抱えた。


 マネージャーが続けた。


 「でもそれは〈剃りびと〉と私の1対1の勝負で、無観客試合だったせいもあるのかもしれません。今日のように有観客になるとどう心理的に違うのか、残念ながらそこまでは検証出来ませんでした」


 「そうねぇ。痛い・キツイ・辛いことよりも、楽しい・気持ちイイ・ラクな方へ感情が流れてゆくのは、水の流れが低い方へ流れてゆくのと同じで、自然なこと。


 でも私たちは意思を持つ人間なのだから、強い意志で快感と快楽に立ち向かわなくてはならないのよ。


 快感を得ては、この集まりの趣旨自体が高潔なものから低劣なものになってしまうからね。


 ところであぁた、今更その無いおケケで皆の前に立って、どうするつもりだったのよ」


 監督がマネージャーに1発言葉の平手を放って、それから司会の平井美希に目を向けた。


 あぁた、

 誰?


 監督の、かつて〈新体操の妖精〉と持て囃された女の目が、美の対抗馬としてこの場で張り合っているアナウンス部の女子に、無言で問いかけていた。


 キャプテンのみどりも美しいことに変わりはなかったが、男のことなら何でもござれというアナウンス部女子の淫靡いんびな目元からすれば明らかに格下で、監督から敵視される存在からは少し遠く、難を逃れていた。


 「今日の〈敗戦剃毛儀式〉の司会を務める平井です。アナウンス研究会に所属しています」


 美希が先輩に敬意を表して、丁寧に頭を下げた。


 「ああ、そうなの。で、進行はどうなっているの?」


 緞帳を下げておいて・・・司会の美希が説明を始めた。


 「で、緞帳を上げた時に3人の戦犯者様がバスローブを着たままか、それともその時は3人とも全裸でいるか、ということを話し合いながらリハーサルをしていたところです」


 リハーサル?


 監督は語尾を上げて不満を表し、


 「あぁたたちは、一体何を考えているの?競技会は常に1発勝負なのよ。やり直しはきかないの。それに緞帳って、何よ。吉本のお笑い芸人でもあるまいし」


 監督は言下に退けて続けた。


 「皆の前で、私たちは思い切り恥ずかしい目に遭わなくてはいけないのよ。これは絶対マストよ。死んだ方がマシだと思うほど、恥ずかしければ恥ずかしいほど、敗戦の屈辱が身にしみてバネになるの」


 「はい」


 「間違っても快感のの字も得る場ではないのよ」


 そうよね、と監督は、今度はマネージャーに同意を求めた。


 「その通りです」


 手にバスローブを捧げ持つようにしていたマネージャーが、裸のまま答えた。


 「じゃあ、こうしましょう。私たちはここからスッポンポンで会場へ行き、皆の前に立ち、3人の儀式が終わるまで、そのままの姿で部員たちから目で敗戦の辱めを受けるの」


 監督の鶴の一声で決まり、監督はその場でジーンズを脱ぎ始めた。


 監督の小さなショーツ、というよりもその黒のTバックを見たとき、護とみどりは思わず顔を見合わせた。


 真っ白い華奢な体躯に黒のTバックと、赤いピンヒールがなまめかしい。


 自分もやる気満々でここへ乗り込んで来たな、と護は確信した。いや、そうではないのかもしれない。もしかしたらこの女は、いつもTバックなのかもしれない。


 監督は赤いトップスも脱いでTバックとブラジャー姿になると、

 そのまま腰に手を当てて、


 どう?

 まだ全然イケるでしょ、


 といわんばかりのポーズを競技会のように、3秒間決めた。


 それからTバックを足元へ落とし、長い腕を優雅に背中へ回して、同じ黒のブラジャーのホックを外して、腕から抜いた。


 美しい乳房だった。


 現役を引退してユニフォームはもう着ないはずなのに、Tバック対策のためか、監督の陰毛は小さな下着からはみ出ないように、きちんと手入れが行き届いている。


 ヘアの形は日本の女の7割がこの形と言われる、逆三角形である。


 陰毛が多いと陰部の土手が盛り上がって見えるので、それを嫌って毛をいたのか、元々毛量が少ないのか、地肌が透けて見えるくらいの量だった。


 「じゃあ、いい?行くわよ。音楽おとはあるの?先生の方もいい?快感は御法度よ」


 監督が護に確認を取ると、みどりと主戦選手も勢いよくローブを脱ぎ捨てた。


 [第3話へ続く]

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