剃りびと 蘭&護(4)護の1日  護&K大学女子新体操部監督 香坂薫

押戸谷 瑠溥

第1話 護、K大学女子新体操部の仕事を請ける



 南青山の閑静なたたずまいの中に建つホテルPの小宴会場は、若い女子たちの放つ異様な熱気でムンムンしていた。


 「知っている?敗戦剃毛儀式って、オマンコの毛をぜ~んぶ剃っちゃうんだって」


 「イケメンの人気美容師さんが剃ってくれるって聞いたけれど、ホント?」


 「私も剃られた~い」


 始まる前から女子たちのそんなひそひそ声で会場はざわついていた。


 元々200人程度のパーティが開ける小宴会場で、せり出し舞台があり、いつもはビュッフェスタイルの円形テーブルが置かれている舞台の前のそのフロアには、学校の講義室形式で、3人掛けの長机に椅子が並べられている。


 K大学女子新体操部の〈敗戦剃毛儀式〉を青山のホテルの宴会場を借り切って執り行う、と電話で橘みどりから聞いた時には、めったなことでは動じないまもるも驚いたものだった。


 初めは学校の体育館でも占拠して、扉を閉じきって行うのかしらんと思ったものだが、さすがにお坊ちゃまお嬢様大学で有名なK大学に通うリッチな家庭の女子たちの集まりで、室料の問題はたいしたことではないらしく、汗臭い体育館よりも、また勉強の続きのような講義室でというよりも、南青山のホテルの宴会場というロケーションのもとで何かしらの行事を行うことの方が優雅で、何かをやったという達成感を得られるのかもしれない。


 それにこの程度の小宴会場の時間貸しならば、たとえ自己負担になったとしても60人で頭割りすれば1人1000円か2000円程度の負担に収まるということもあり、してみると護と僅かな年齢の差しかないが今時の学生たちの方が、どこへ行けばどんなものが容易に手に入り、パーティをするならホテルの宴会場を借り切った方が手っ取り早くて安上がりで綺麗で後腐れもないという、物事の仕組みをよく知っている連中なのかもしれなかった。


 打ち合わせがあるというので早めにホテルPへ護が行くと、キャプテンの橘みどりとマネージャーの横尾ナニガシと共にもう1人、関係者らしい女子がロビーで待っていた。


 催し物一覧が書かれたホワイトボードには14時、〈K大学女子新体操部部会・小宴会場〉と、もっともらしいイベント名と会場名が毛筆風マーカーで記されている。


 「本日は日曜日にもかかわらずご足労いただきまして、ありがとうございました」


 先日の、護との擬似剃毛儀式のことがまるでなかったように、橘みどりが他人行儀な挨拶で頭を下げ、


 「マネージャーの横尾さんはご存じと思いますが、彼女は本校女子新体操部の主戦選手、福場佐知子さんです」


 と、もう1人の新顔を紹介した。


 小顔の、取り澄ましたような表情の美しい女子で、なぜ新体操なんかやる女子に小顔美人が多いのか、護はその理由が知りたかった。


 街を歩けば、また地下鉄の乗り場でも、健康的と言えばそうかもしれないが、尻が垂れてふくらはぎは練馬大根のような、また饅頭のようなデカ顔女が多過ぎて、鬱陶しくなるというのに。


 それで、とマネージャーが後を取って、


「結局、敗戦の責任はキャプテンとマネージャーの私と主戦選手の3人が取ることになりましたので、よろしくお願い致します」


 マネージャーが頭を下げると、みどりと主戦選手も同じように頭をさげた。


 3人!


 3人という数にも護は驚いたが、説明のあと案内された会場が舞台になっていたので、またまた面食らった。


 ホテルと言っても女子たちに囲まれて、ワイワイガヤガヤ仕事をするのだろうと高をくくっていたのだが、舞台の端っこに立って会場を眺めると、すでに長机は満席の上に立ち見の女子も一杯で、60人どころではなく、倍以上、百数十名近くの女子たちの肉食眼に犯されているような気がして、ゾクっとした。


 「あの人が今日、キャプテンのオマンコのお毛ケを剃っちゃうの?」


 「イケメンじゃん」


 などの、あけすけな私語ささめきがフロアの、長机が並べられた方から護の耳に届いてくる。


 その机の前後に微妙なカンジで線が引かれているのは、後ろの方から下級生、そして舞台に近づくにつれ上級生へと、後輩先輩の序列があるからに違いない。


 護がそんなことを考えていた時、

 舞台の反対側の袖から、


 ベージュのふんわりバルーン袖のトップスを着た、脚にぴったり貼りついた伸び伸びジーンズの脚線も美しい女子がやって来て、


 みどりと挨拶を交わした。


 挨拶と言っても堅苦しいものではなく、キャンパスで出会って、


 「キャッ!久しぶり」


 「ホントね」


 「あの時の合コン、楽しかったわね」


 「ウン。またやろうよ」


 と、いった軽いノリの挨拶だった。


 それが長々と続いたあとやっと、能瀬さん、とみどりは護に声をかけて、


 「ちょっと打ち合わせをさせてもらっていいでしょうか?」


 と、マネージャーと主戦選手と新たに現れた新・新顔女子を連れて、控え室へ戻り、


 「こちらは今日の司会を担当して下さる、ウチの大学のアナウンス研究会、渉外部長の平井美希さんです。こっち能瀬護さん」


 と、新・新顔女子を紹介した。


 「はあ。能瀬です」


 司会進行って、えらくオーバーだなぁ、と思いながら護は女子と挨拶を交わした。


 ただ単にみどりのような可愛い、或いは可憐なといった女子ではなく、目鼻立ちがアニメ画の線のようにはっきりした、男のことならその感情からどこをどう撫でれば喜ぶか、そしてどんな愛撫をすれば男に気に入って貰えるか、の全てを知り抜いているといった感じの、どちらかというとナイトクラブか、キャバクラのホステス系美人である。


 微笑するたびに肩にかかった長い髪を揺らし、視線を流せばカールしたまつ毛が動き、トップスとジーンズだけが学生といえばそんな風に見えなくもないが、そのまま服を脱がせればどこかのメーカーの下着モデルに、またその小さな下着をとってベッドの上に転がせば、いきなり人気AV女優に早変わりしそうな、色気ムンムンのソース顔女子だった。


 「緞帳はどうしましょうか?」

 と、平井美希がいきなり護の顔を見た。


 「緞帳?」

 護は美希の、男殺しのような視線にどぎまぎして聞き返した。


 アナウンス研究会って、こいつはもしかしたら将来の女子アナか、と思ったりしていた。


 その向こうでは3人の女子が固まって、もう服を脱ぎ始めていて、こんな所で、と護はまたその大胆さに驚いた。


 「敗戦戦犯は3人と聞いており、戦犯様と能瀬様が舞台に立たれるのですが、まずは緞帳をおろしておきますか?それとも緞帳なしで、舞台の袖から出て行かれますか?」


 美希が今度はシロウトの護にもわかるように、丁寧に説明した。


 「お任せしますよ」

 護はアナウンサー予備軍の考えを、尊重することにした。


 3人の敗戦戦犯たちはいつも競技会場で着替え慣れているのか、またたく間に全裸になって、この日のために用意していたのであろう、シャネルのロゴ入りのお揃いのピンクの新品バスローブを紙袋から取り出して、腕を通し、腰紐を結び終えるところだった。


 「そう言ってくださると、やり甲斐があります。それではみどり、当初打ち合わせた通りの進行でゆくわよ。緞帳ありの板付きよ」


 美希はそう言って、キャプテンのみどりと頷きあった。


 「分かった。緞帳が上がった時に、私たちは舞台にいるってことね」


 みどりがマネージャーと主戦選手に同意を求めながら、了解した。


 「じゃあ立ち位置を決めましょう?誰か立ってみて」


 美希が3人の女子に声をかけた。


 バスローブに着替え終わっていたマネージャーが手を挙げて、美希の所へやって来た。


 「では能瀬さん、今から〈剃毛儀式〉をやると思ってください。客席がこっちね」


 美希が壁面を客席に見立ててマネージャーを立たせたので、護はここに小さな台を置いてもらって、七つ道具を置きたいと説明した。


 「それでこうやって、ですね」


 と、護はマネージャーの下腹部の正面に跪いた。


 「ちょっとその場所は、マズイですね」


 いきなり美希から、ダメ出しされた。


 「能瀬さんの背後には、多くの部員が〈敗戦剃毛儀式〉に臨んでいるのです。90度に開いた扇の要部分に能瀬さんがおられるのだから、扇面せんめん全体からの視線がいつも集まっていることを念頭に置いていただかなければなりません」


 「なるほど」


 護は今まで誰かに見せるための陰毛剃りや、陰毛を整える仕事はしたことがなかったので、そんなことは気にも掛けなかったが、言われてみればその通りだったので体を横にずらし、マネージャーの体が正面から良く見えるような位置に、跪き直した。


 「それでは何にもなりません」

 また美希から注意が飛んだ。


 「これは本校新体操部員60名を含む、各運動部や文化系サークルからの観覧希望者総勢百数十名が集い、各自今回の敗戦による屈辱をより鮮明に記憶にとどめ、本校の名誉挽回を図ることを目的として開かれる重要な儀式なのです。


 とは言うものの、儀式も1つのショーに変わりはありません。ショーというからには、洗練されたものでなければなりません。


 能瀬さんがその位置で〈剃毛儀式〉をされるならば、儀式に臨む百数十名もの参加者たちには能瀬さんの後頭部しか見えないことになります。


 ここはぜひ能瀬さんのご尊顔も拝することが出来るように、戦犯様のこちら側で作業される時はお顔の左側が、またこちら側で作業される時はお顔の右側が見えるように、常に意識していただかなければなりません」


 でもそれって、ボクも見せ物に使う気?


 と護は言いかけたが、美希はみどりのような純真無垢な女子ではなさそうだったので、やめた。


 何かを言えば確実に倍返しされそうで、結局は言い負かされるのが目に見えていた。


 「わかりました」


 と、護は頷いた。


 「じゃあ緞帳が上がる前の場面シーンからリハーサルをしましょう」


 美希が言った時、

 ノックもなしにいきなり室のドアが乱暴に開き、

 ウォッシュ加工された穴あきジーンズに赤のブラウス系トップス、

 そして赤のピンヒールを履いた女がズカズカと入って来た。


 [第2話へ続く]

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