2.食欲

今更特別な感情もない深夜のコンビニは三日前と同じ輝きを放っている。

周囲の住宅街で明かりのついた建物はこのコンビニだけで、人の営みがあることを確認できるのもこのコンビニだけだ。

その浮いた眩しさに疲労を実感する。今日も生産性のない一日。

落ち始めた陽と入れ替わるように目が覚めた。朝は生ゴミを荒らしたカラスが晩飯を探し求めて飛んでいた。

鳥の社会にすら馴染めないのかと悲しくなったが、暖かい布団で眠れないカラスに同情もした。

隣で私の使い馴染んだタオルケットを我が物顔で抱きしめる丸顔の同居人を布団から引き剥がしたのが確か17時。

最低限の身支度をした2人で車に乗り込み、海の見える駐車場でコーヒーを買うだけに無駄なガソリンを減らし続けて今は26時。活動時間にして9時間。奇しくもほぼ定時間と同じだ。

働かざるもの食うべからずとは現代人には厳しい。

二人でコンビニに入り、見慣れた店員の挨拶を聞きながらカゴを取る。

先に進んだ丸顔の同居人は慣れた手つきで食料をカゴに放り込んでいく。

にんじんと大根の野菜スティック、サラダチキン、サーモンの寿司おにぎり。値段もわかりきっているので迷いがない。

昨晩の食事から24時間以上経過している割に健康的なラインナップだ。

この意識がくびれの差に出るのかと感心していたら、チルドの餃子にガンをつけていた。これが乙女の姿なのか。

私は無駄な抵抗をする気力も残っていない。迷いなく豊富なラインナップのある弁当のコーナーの前に行き、獲物を吟味する。

チャーハン、カレー、牛丼。小さな弁当箱を大切にかかえているOLなら一週間は生きられるであろうカロリーの詰まった箱を次々に見比べる。何が悲しくてそのサイズを選ぶのか。理解しえないことと確かな決断が同時に浮かび上がる。決めた。カツ丼だ。

丸顔はと覗くとまだ餃子の透明な包装に己が理性と欲望の葛藤を見ていた。

小賢しいやつめと横から餃子を半ばひったくるようにしてカゴにいれる。少し面食らったように固まるが挫けない。よっぽど腹の線が気になるらしいその女はカゴから餃子を戻してブツブツと思案に暮れていた。

体のあらゆる血管から糖が抜け、気持ち悪さすら感じていた私はそれ以上の詮索をやめにして店員に一瞥。会計へと向かった。

1Lのリプトンと合わせて1350円。

袋を持って車に乗り込む。会計の間に車に乗り込もうとした丸顔は珍しく鍵を閉め忘れなかった車の窓でポニテの出来を見直していた。

「88点」

唐突に点数だけ言い渡すとただでさえ丸い顔がより丸くなる。顔の点数と勘違いしてないか?

意外な恥ずかしさを誤魔化すため乱暴にキーを回しエンジンをかける。およそこの車にとって過激な1日の熱冷めやらぬ燃焼室は日頃よりも0.5秒ほど早く始動した。このオンボロ車はシートベルトをしてないからといってピーピー喚いたりしない。メーターに小指の爪ほどの細やかな抵抗を残すのみ。コンビニから家までは300mもない。そういうことだ。

華麗なテクでアパートの駐車場に斜めに停まった車をそのままに、弁当を温める。

同居してそれなりに経つと食事の際に会話が盛り上がるようなことは多くなく、ボリボリと野菜を齧る丸顔を無言で眺めながらカツ丼をたいらげた。底上げは前ほど酷くないが、カツのクオリティーはうーんなところ。中々疲れたので食後すぐシャワーを浴びる気にもならない。うーん……。うーん……?

くてーっと床に寝転がると頭上に足。徐々に視線を上げると見下ろす顔があった。スツールに腰掛けたその主はえいやえいやと足で攻撃を仕掛けてくる。その主も疲れからか痛くも痒くもない。華麗にふくらはぎを白羽取る。これは私の勝ちだ。

しかし勝っても一銭も入らない勝敗より気になることがあった。将来の不安とかではない。それもあるが、手の中にある脚の細さだ。腹の線とか顔の丸さどころではない。タッパこそないものの、スタイルの良い部類のこの丸顔の脚は両手で握ってあまりある。ダルダルのスウェットを着こなしているので今まで気にすることがなかったが、この脚では米兵はおろか、近所の汚れてもいない玄関を忙しく掃いてる老人どもにも勝てやしない。愛国心愛国心。

取ってつけたお国への心を胸に、脚を離しながら丸顔を見つめる。んん?と見つめ返してくる丸顔を見ながら思ったのは心配でも、同情でもなかった。さっきからクオリティだの疲れてるだので目を背けていた。それはこいつ脚の細さとか、こいつの食の細さではない。私の食欲の問題だ。勝負に勝った時点で言い訳はできている。愛車の残業も確定している。都合のいい脚だった。

満足の行かないカツ丼を精算。これも言い訳で、9時間の活動にコンビニカツ丼では足りないのだ。もっと飯を食ったほうが良いと無理やり拉致した丸顔は疲れた疲れたと駄々を捏ねたが、赤い看板のラーメン屋に着き私の顔を一瞥、何かを納得したようだった。何かに追われて生きようと、無意義な1日を過ごそうと、収まらない食欲にはラーメンは労いをくれる。


「ドキちゃんといると、こうだから飽きないなぁ。」

ラーメンに手をつけながら言う彼女の丼からチャーシューをとりあげた。これはそのあだ名への抗議であって、私の満足のためではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドキ メル @mlk-poke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る