ドキ

メル

1.ナイトドライブ

深夜1時。25時。流れる音楽はこんな夜にも似合うシンセポップ。明るい時間には聞きたくないような音なのでこの音楽の似合う夜が、私は好きだ。

根源的な恐怖すら覚える暗い視界、棺桶の中を想像して、死ぬと音楽も聞けないことに悲しくなる。死んだら散骨がいいなと考えていたら、300mほど向こうに緑色の光が見える。300m……所詮一馬力もない非力な人間は次の青信号を待つ距離だろうか。生憎私は文明の利器を手にしている。大した努力もなく手に入れた60馬力は残り20ヶ月のローンが残っていた。

痛む腰をあげて座り直し、つま先を踏みしめる。車検証によれば800kgしかないこの車は平地で、という条件なら軽快な加速を見せる。

少し開けた窓からおよそ日常では体感し得ない量の風が入ってくる。バサバサと暴れる髪に最後に髪を切ったのはいつだろうと思い返す。その間にも車体は加速を続ける。制限速度を超え、まだ、伸びる。信号との距離が縮まる。200m……150m……100m……50m……直前に見た信号は先と変わらず進めの合図を示していた。

気が変わった。正直に言えば嘘だ。最初からそうするつもりだった。嘘を開示するには早すぎるか。嘘のつけない性格だと思っていただいて構わない。きっとそれも可愛げだと思う。

ここまでずっと添えていた左手を動かし、シフトレバーを一気に下ろす。シフトがDから2に変わる。4速オートマのシフトが切り替わり、660c cのエンジンが唸りを上げる。同時に右足を踏みかえ、思いっきりブレーキを踏む。ABSが作動し、ブレーキペダルが揺れる。合わせて車体もガタガタと震える。製造後25年間おそらく初めての挙動ながら車は停止線ぴったりに止まる。スキール音まで聞こえた。

「痛ッ……!?」ついでに鈍い音と悲鳴まで聞こえた。ヘッドライトで照らされた前方……ではなく助手席から。丸顔でせいぜい0.3馬力のポニーテールが抗議の目を向け予想通りギャアギャアと騒いでいた。寝ている方が悪い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る