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 風呂から上がるともう時刻は午前十一時頃だった。山荘の共有スペースから外の様子を窺うと、雨はまだ激しく降っていた。

 風呂から上がってすぐに千尋は気分が悪いと言って自室に行ってしまったので、共有スペースには私、伊吹、沙希、一二三の四人が残った。

「千尋、大丈夫かな? 暑いのは平気って言っていたけど、結構無理していたのかも」

「……千尋は、前からそういうところがあったからな。あいつ、自分の体調がわかってないんだよ。あいつは子供の頃からずっと我慢ばかりしてきたからな」

 それから話は、自然と千尋の家庭環境の話になった。もちろんセンシティブな話題なので大っぴらに話すわけではなかったが、千尋の両親の仲が昔からよくないこと、それによって千尋が子供の頃から両親に気を遣っていたことなどが、沙希の口から語られた。

「それでも、千尋が取りなしたおかげで最近は少し関係が改善され始めたらしいんだ。でも、そもそもそんなのは子供の役目じゃないだろ。子供ってのは何も考えなくても幸せになれなきゃいけないんだ。子供時代に大人にならざるを得なかった奴はみんな不幸だよ」

 そう語る沙希もまた、けっして幸せな子供時代を過ごしてきたわけではない。

 いや、それをいえば伊吹にせよ一二三にせよ、今回参加したメンバーはみんなどこかで家族関係に問題を抱えている生徒ばかりだ。だからこそ長期休みだというのに実家に帰らず、学生寮の〈居残り組〉として共同生活をしている。

 みんな、家に帰りたくないのだ。

「――やっぱ、こういう話をするのはよくないな。悪い、みんな今のは忘れてくれ」

 沙希はバツが悪そうに頭を掻いた。

「……ねえ、私、前から思っていたんだけどさ、神高かみこうを卒業して女子大生になったら、シェアハウスかなんか借りて、みんなで一緒に住まない?」

 それまで沙希の話を聞いていた伊吹が、ふとそんなことを言いだした。

「もちろん、今はただの夢や与太話だけど、たとえ大学を卒業して、社会人になって仕事に追われても、家に帰ればみんながいるって思えれば……すごくいいと思わない?」


 時刻は正午を回った。私たちは一二三の作った簡単な……というには少々豪華すぎる昼食に舌鼓を打つ。千尋はまだ自室に籠っていて沙希が部屋まで食事を運んだ。

「だいぶ体調は良くなったみたいだけど、午後はまだ寝て休むって言っていたな。雨もまだ降っているし、千尋じゃなくても今日はみんな屋内でじっとしているしかないな」

 千尋の部屋は一度山荘の外を出て大きく回った離れにあるため、雨でどろどろになった地面を歩かなくてはならない。幸いにも山荘には足のサイズに幅のあるゴムの長靴が備えてあったため、沙希の足元は先ほどのようにひどく汚れている様子はなかった。

 暇を持て余した私たちは、トランプや花札などで遊び始めたが、それにも段々と飽きがきたため、一二三の提案でレクリエーションとして推理クイズに挑戦することになった。

 クイズは一二三が以前読んだ推理小説ミステリから出題された次のようなものだった。


 あるところに双子の兄弟がいた。この二人は非常に仲が良く、常に共に行動をしていた。二人にはそれぞれ嫉妬深い恋人がいたが、二人の恋人はお互いの存在を知らなかった。しかし兄の方が結婚の発表をしたことで、互いにその存在を知ることになった。

 事件は結婚発表の直後に起こった。第一発見者は複数の警察官で、大雪の降った山小屋で二人の兄弟は折り重なるように死んでいた。兄が先に、弟は後から死亡した違いはあったが、二人とも猟銃で頭を撃たれたことが原因で死んでいた。だが山小屋の周りには一人分の行きの足跡だけで帰りの足跡はなく、扉は内側からかんぬきで閉ざされて窓もなかった。

 つまり現場は完全な密室だったが、室内に犯人の姿はなかった。鑑識によれば足跡は間違いなく行きの足跡で、雪が降る前に犯人が山荘に入って後ろ向きに歩いた説は否定された。また室内に銃は見つからず、兄弟ら自身による殺人や自殺の可能性もない。

 警察は弟の恋人を容疑者と見込んだが、この密室の謎は判らなかった。

 犯人はいかにして殺人を成し遂げたのだろうか?


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