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「……普通に考えると、この密室を解く鍵は兄弟が双子だった、っていうところだよね」

 一二三の出題を聞き終わった伊吹がまず口を開いた。

「なんか、推理小説では双子は言わなきゃ駄目みたいなルールなかったっけ?」

「伊吹が言っているのは、ノックスの十戒の『双子・一人二役は、予め読者に知らされなければならない』のことね。もちろん、双子が大きく関わると思ってくれていいわ」

「うーん、双子といえば、まず入れ替わりを疑うものだけど……」

「恋人が二人いるっていうのが気になるな。本当は兄貴の彼女が殺したんじゃないか?」

 伊吹の横で、沙希は別視点から意見を述べた。

「うん、私もそれは怪しんでいいと思う。でも、そもそも兄の彼女にせよ弟の彼女にせよ、なんで二人を殺したのか動機がよくわからないよね。弟の彼女は、付き合っている彼氏のお兄さんが結婚したところで自分と弟との関係に何も関係がないし、兄の恋人にしても、兄と彼女の間で何かがあっても、兄弟を二人まとめて殺す理由にはならない。もしかして、そのあたりの動機に双子の入れ替わりトリックがかかわってくるのかも?」

「伊吹のいう入れ替わり説はいいとして、肝心の密室はどうなんだ? 現場は足跡がなかっただけじゃなく閂まで掛かっていたとなると、かなり強固な密室だな」

「閂のトリックは、現場に雪が降っていたことが関係あるんじゃない? ほら、閂に雪の塊を挟んで、雪が解けたら閂が嵌まるみたいなトリックってよくあるでしょ?」

「あー、なるほど頭いいな。じゃあ、雪の上の足跡の謎は?」

「それはまだ。うーん……窓がないなら山小屋の外から狙い撃ちも難しいし、壁に穴が開いていたら流石に警察も気づくはずだよね。まあ少なくとも兄弟が雪の上を歩いたら足跡は二つになるはずだから、たぶん二人は雪が降る前に山小屋の中に入って、そのあと犯人がやってきて二人を殺したってことだと思うけど、帰りはどうしたのか……」

 二人はあれこれと議論をしていたが、問題の答えにはたどり着けそうになかった。

「茉希はどう思う?」

 と、伊吹はそこで私の方を振り返って訊ねた。

「私? 私の考えは、伊吹の推理の正反対の推理になるけど――

 ――双子の兄弟が山荘に入ったのは、雪が降った後だと思う」

「え? でもさっき言った通り、足跡は一人分の足跡だけだったんでしょ? 入ったのが二人なら足跡は二つ分になるし、それに犯人の足跡を加えたら三つになるんじゃ――」

「足跡がひとつ分しかなかったのは、犯人から逃げるときに弟が兄を背負っていたからだよ。だって……兄は犯人に頭を撃たれて先に死んでいたんだもの」

「ちょっと待てよ。じゃあ双子の兄弟は山小屋の外で犯人に襲われて、死んだ兄を弟が背負って中に入って閂を掛けた結果があの足跡だっていうのか? 確かにそれなら足跡はひとつだけど……なんだって弟はわざわざ兄の死体を背負って逃げる必要があったんだ? いや兄貴を見捨てられなかったって美しい兄弟愛なのかもしれないが、それにしたって自分も襲われている状況で頭を撃たれてほとんど即死な兄貴を背負って逃げ込むか?」

「それに、弟が山荘に逃げ込んだとして、そのあとどうして弟は死んだの? 兄も弟も銃で頭を撃たれて死んでいたのに、茉希の推理だと犯人から無事に逃げ延びた時点で弟はまだ生きていたことになるから、結局密室の謎は解けてないことになるんじゃ……」

「弟が兄を背負っていたのは別に兄弟愛とかじゃないよ。弟はどうしても兄の死体を背負わなきゃならなかったんだよ。ここで一二三ちゃんの問題を、もう一度復習するよ? 一二三ちゃんは『二人とも猟銃で頭を撃たれたことが原因で死んでいた』とは言っていたけど、『二人とも頭を撃たれた』とは言っていなかったよね。兄弟で実際に頭を撃たれたのは兄だけだったんだよ。そして、兄が撃たれたことで結果的に弟は死んでしまった。

 ――だって双子の兄弟は、

「……あっ!」

「つまり弟は死んだ兄と身体が繋がっている状態だったから、兄をそのまま背負って山小屋に逃げるしかなかったんだよ。けれども死んだ人間と血を共有している弟は、兄が死んでしまった時点ですぐに死んでしまう運命だった。だから弟は兄が頭を撃たれたことが原因で山小屋で死んでしまったんだよ」

「……叙述トリックだったってこと?」

「そう、でも一二三ちゃんは嘘を言っていないよね。この問題が双子であることを鍵にした問題なのは本当だし、『二人は常に共に行動していた』とか『二人の兄弟は折り重なるように死んでいた』とか、二人が結合双生児であることを示すヒントは与えていたもの。双子の兄弟は身体が繋がっていたから、常に共に行動せざるをえなかったんだよ」

「いやわかるか! あー、でもそういうことか。嫉妬深いっていう弟の恋人が兄の結婚発表で殺人を決意した理由も、二人が結合双生児だったからだな。兄と弟が常に一緒にいるということは、兄と恋人が一緒にいるときは常に弟が一緒にいるってことだからな」

 うんうんと納得したように頷く沙希以上に驚いた様子なのが一二三だった。

「凄いわ、茉希。みんな正解よ。正直、まさかこんなに簡単に解かれるとは思っていなかったけど、もしかしてこの問題知っていたの? 茉希も同じ本を読んだとか」

「ううん、読んだことないよ」

 私は少しぎくりとしたが、少なくともその本を読んだことがないのは事実だ。

「茉希に見抜かれたとおり、この問題は被害者自身が鍵を閉めて密室が完成する内出血密室の変形ね。内出血密室はディクスン・カーの密室抗議でもっとも単純な例として挙げられるくらい基本的なトリックだけど、そこにシャムの双生児というファクターが入るのがミソね。まあ、それを見抜けないと問題が解けないのはちょっとアンフェアだけど……」

「うん、まあ、最初に出す問題にしちゃちょっと難しすぎるかな」

「じゃあ、次は私がもっと簡単な問題を出すね」

 伊吹が得意げな顔で問題を語り始める。

「そう……これはあの殺戮オランウータンが殺害された恐るべき密室殺人だった――」

 伊吹の問題が、一二三の問題以上にアンフェアな問題だったことは言うまでもない。

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