いレ生二次創作シリーズ③ いきなりレールガン女子高生殺人事件

かんにょ

1

 だるような熱湿が山の中腹に満ちていた。

 夏の熱気に当てられた無数の蝉は残少のこりすくなな生を嘆くかのようにき叫び、地上から立昇る陽炎は上昇気流に変じて、巨人のような入道雲が山の端から見下ろしている。

「大丈夫、茉希まき? 休みたくなったら言っていいんだよ?」

 私の前を歩いていた虎尾伊吹とらおいぶきが心配そうな顔でこちらに声を掛けてきた。

 そういう伊吹もまた、額に玉の汗を浮かせている。

 だがバスケットボール部に所属する彼女はそれでも体力に余裕がある様子だった。

「ううん、大丈夫。ちゃんとスポーツドリンクも飲んでいるし」

「無理しないでね。茉希だったら私、おぶってでも行くから」

 これは、たぶん本気だ。

 私は本当に大丈夫だとアピールするため、作り笑いで笑いかけた。

「――ったくよぅ、まだ着かねえのか?」

 庄司沙希しょうじさきは恨めしげに太陽を見上げて、渋滞中の子供のような不平を言う。

「もうすぐ着くんだからそう何度も言わないの。それとも雉撃きじうちか花摘はなつみなら見ていてあげるから、どうぞそのへんでしちゃいなさい」

 久門一二三ひさかどひふみの口ぶりは子供に接する母親のようだった。

 沙希は「そういうわけじゃねえけど」と不満げな顔で口を尖らせる。

 こうして不平を言う沙希にしても、一二三にしても、この暑さに特にバテることなく元気よく歩いているのは流石に『女子高生』というべきだろうか。

 庄司沙希は神代高校最強の一角であるし、久門一二三は毎日夜の鍛錬を行って朝食まで自分で料理するハードな生活を送っている。二人が体力に自信があるのも道理だった。

 そんななかで意外だったのは、先頭を歩く花角千尋はなずみちひろの予想外の健脚ぶりだった。

 近しい友人たちの間でも千尋は三徳包丁を片手に料理をするイメージしかなく、特に運動に優れたイメージはない。だがいま千尋は暑さを知らない涼しげな顔で歩いている。

 神代高校学生寮の女子棟の生徒たちにとって、夏休みの山合宿の計画はまさに夏の一大イベントというに相応しい計画だった。合宿に参加したメンバーのうち私を除く四人――伊吹、沙希、一二三、千尋の四人は、いずれも寮の「居残り組」と呼ばれる一団で、長期休暇で実家に帰省する生徒が多い中で学生寮に残ることを選択した生徒たちだった。

 ――と、不意に前を歩く沙希が空を見上げて、クンクンと鼻を鳴らした。

「……空気が湿っているな。降るぞ、これは」

 沙希の野生的勘が的中したのか、その言葉から徐々に山の空模様は翳(かげ)りはじめ、数分後には視界が一気に白むような激しい豪雨が私たちを襲った。

「ちょ、これ、やばいかも――」

 大粒の雨は草木を激しく叩きつけ、地面は煮え油に水を撒いたように泡立つ。

 目的の山荘はすぐそばだったため、私たちは足早に山道を駆け抜けることにした。水量が増えて濁流となった川を横目に橋を越えてようやく山荘に辿り着いた頃には、一同は全身ずぶ濡れで、長ズボンの裾まで泥でぐっしょり汚れていた。

「……まずは全員、風呂に入った方がよさそうね」

 一二三の言葉通り、山合宿の最初の仕事は風呂を沸かすことになった。


 この山荘には従業員などはいないがちょっとした大浴場が付属しており、いったい誰が手入れをしているのか掃除などもよく行き届いているようだった。

「茉希、どうしたの? 早く来なよ」

 脱衣所で伊吹に私は急かされたが、慣れない下着を着たせいかホックを外すのに少々手間取り、結局大浴場の戸を開いたのは五人の中で最後になった。

「……絶景かな」

 浴場に入った途端、私の口から石川五右衛門のような嘆息が漏れる。

 もちろんそれは浴場の景色のことではなく、浴場の明かりの下でてらてらと照らされた女子高生たちの瑞々しい肢体のことだった。

 じっさい贔屓目を抜きにしても、彼女たちのレベルの高さはなかなかのものではないだろうか。伊吹の高身長を支える美しくも逞しいカモシカのような美脚に、沙希のあられもなく剥き出しにされた元気いっぱいな素肌は目のやり場に困るほどだ。片や正統派日本美人といった風に楚々と佇む一二三は一枚の日本画のようであったし、その横の千尋には実家近くの銭湯で偶然幼馴染みの裸を見てしまったようなこそばゆさと安心感があった。

 この素晴らしい眺望ながめを目に焼き付けて何の咎を受けないだけでも、女として生まれて良かった――と、そう思える瞬間だった。

「見てよこの腕、こんなに蚊に刺されている。茉希は刺されてない?」

 頭にターバンのようにタオルを巻いた伊吹が湯船から腕を出した。

「私はよく効く虫避けをもってきたけど、少しはね。伊吹にもあとで貸してあげるよ」

「……それ、私にも貸してくれる?」

 一二三が会話に割り込んできた。彼女も澄ました顔をしていて結構蚊に食われていたらしい。一方、沙希はといえば「いーな」と呟きながら股の付け根あたりをポリポリと乱暴に掻いている。

 なんというか、流石にもう少し女の子としての自覚を持ってほしい。

「千尋は?」

「あ、私は蚊に刺されない体質だから……刺されても痒くならないし」

「えーいいなー。私なんて代謝が良すぎるのかしょっちゅう刺されるよ……」

 伊吹が虫刺され跡ひとつない千尋の綺麗な肌を羨望の眼差しで見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る