第34話 彼氏できた?


 年末年始というのは、やたら何回もおめでとうって言わされるわりに、ちっともおめでたい感じはない。むしろ、先に進むのが怖いのだ。


 だって、二十四日あんなことがあって、あの子の部屋で。

 はい年が明けましたお正月です親戚の家ですって空気がいきなり来るの……私、まだ心の準備ができてないんですけど。


 母の実家に顔出して、いとことトランプして、みかん剥いて、コタツで寝かけて、「最近の学校はどうなの?」って聞かれて、適当に「普通」って答えて、「普通って何?」みたいに笑われて、それでおしまい。


 その間、さっちょんは居ない。

 そこに居ない現実がなんか変だった。今までは普通にあったはずなのに、今はもう足りない時間に変わっている。


 これまでは「いないときは連絡とってないだけの時間」だったのに、今は「いない=そこにいるべき人がいない」っていうふうに、穴の形がはっきりしてる。

 穴って、形が決まった瞬間から扱いがめんどくさくなる。埋めたくなる。


「ねーきらりちゃん、なんかニヤニヤしてない?」


 いとこが、コタツの向かいから私をじっと見た。

 彼女は将来、人の恋バナを吸い上げる女になる素質がある。もう嗅覚が鋭い。


「ニヤニヤしてない」


「してる〜」


「してない」


「お姉ちゃん彼氏できたの?」


 心臓が一瞬で縦に落ちた。

 勘弁して。親戚の集まりでの典型的な質問だけど。。

 こたつの中で指先がびっくりして跳ねたのを、誰にも見られてませんようにと全神経で祈る。


「いないし」


「いないの?」


「いないよ」


「いないのにニヤニヤしてるの?」


「そうだよ」


 こういうとき、親友ですって言えばいいんだよね?

 実際そうだし。

 でも言えない。


 心臓がぎゅっとなるから。

 そういう堂々巡りを、みかんをむきながらえんえんやったお正月だった。

 さっちょんとの連絡はゼロではない。ていうか、割とある。


『あけおめー』


『あけおめ』


『お年玉いくら?』


『いきなり金の話やめれる?』


『わたしと結婚したら全部共有なんだけど?』


『は?』


『(スタンプ:ねこが土下座してるやつ)』


『それで逃げるつもりじゃん!』


 ……うん。

 この人、正月早々「結婚したら〜」って軽く言ってきて、すぐスタンプで逃げるんだよ。


 それでもって、年が明けても「おはよー」「今何してる?」っていうのは普通に飛んでくる。

 しかし、未読のままの時間があるだけ怖い。


 こっちは親戚の集まりでバタついてる、とか。

 そっちは親戚の買い物につきあってる、とか。


 そのあいだ、ただ数時間の未返信が続くだけでビクッとする。

 年が変わるって、なんとなく去年までのことは去年って箱に入れられがち。


 私たちはまだ「付き合ってる」とか「そういうのじゃないから」とか、便利な名前を使ってない。


 親友というもっと便利なものを使っている。

 だからこそ、去年のことは去年ね? なんて言われたら、簡単に全部なかったことにされる危険がある。と、私の中の怖がりが騒いでた。


 実際には、誰もそんなこと言ってないのに。



                ***



 一月四日。夕方。

 坂道の下にあるバス停。風は冷たい。夕方といっても冬の日差しは弱いから、三時台からもう夕方っぽい。



 海からの風が頬に当たると、マフラーをぐっと引き寄せたくなる。白いふわふわの、あの日もらったやつ。私の首に、もう完全に定着している。

 マフラー巻いてるときは、温かさと一緒にさっちょんに貰ったっていう事実も毎回首に巻くことになる。


「きいちゃん」


 呼ばれた。

 バス停の掲示板の前で、私は反射で振り向く。

 そこにさっちょんが立ってた。手を振らない。もう、わざわざ手を振らなくても見つけ合える距離が標準になってるから。


 久しぶり、ってほどじゃない。たった数日。

 でも、心がふわっと宙に浮いた。呼吸のスピードが変わる。あ、これ安心ってやつだ、ってちゃんと身体が先に理解する。


「さむい〜〜〜」


 会ってそうそう、これ。


「だよね」


「いやきいちゃんはいいよ、温そうだから」


「温そうってなに」


「それそれ。マフラー似合ってる。ちゃんと使ってんじゃん。偉い」


 一秒だけ。

 その一秒の間だけ、息が知らないうちに浅くなる。


「うん。ずっと使ってる」


「うん」


「ありがとね」


「ん」


「ありがと、ほんとに」


「ん、んん」


 さっちょんは口をちょっとだけすぼめて、それから手を伸ばしかけて、バス停という公共の場にいるってことをギリギリ思い出したみたいに、途中で手を引っ込めた。

 私の首元に触ろうとしたんだな。マフラーのとこ。


 それを電柱の横のバス停前でやるのはさすがにヤバいって、途中でブレーキかけた。

 途中で止めたってことは、本当はやりたかったってことでしょ。

 それを、私の前で隠さないでくれるの、ズルい。


「お正月、どうだった?」


 さっちょんは、いつものテンションでそう聞いてくる。


「普通」


「普通って何」


「普通って言ったら普通だよ」


「いや、普通の具体的なとこ教えて」


「こたつでみかん食べた」


「ほらやっぱ普通ってそういうことだ」


「ふふっ」


 うわ。笑った。

 笑われれた。


「そっちは?」


「親戚のとこ行って、『彼氏できたの?』って聞かれた」


「は?」


 さっちょんの眉が、一瞬でギュッて下がった。


「どこの誰」


「母方のいとこ」


「ふーん」


 その、ふーんってやつは何だ。

 嫉妬? それともどう答えたのかが気になる?

 心臓に火をつけて去っていくのやめて欲しい。私のモヤモヤはどこに行って、どう処理していいか分からない。


 二人で並んで歩きながら、坂道を上る。夕方の冷たい空気で、耳が少し赤くなる。

 歩幅は、もう何も言わなくても合う。信号待ちのタイミングも同じになる。呼吸が同じ速さで白くなる。


 いつも通りのはずなのに、何回もよかったって思ってしまっている自分がいた。

 年が変わっても、消えてない。


 年が変わっても、区切られていない。

 それどころか、独占の感情を当たり前みたいに言う距離が、そのままここにある。

 ……うん。続いている。


 それが分かった時点で、私は一瞬、足が軽くなった。


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