第35話 ちゃんと続いてる
坂を登りきると、海が見える。夕方の海は、冬らしく色が薄い。グレーと水色の間みたいな冷たい色をしてる。
波は静かだけど、風だけ冷たい。これがこの街の冬の仕様。容赦なし。
「ちょっと寄ってく?」
「いいよ?」
いいよって言った瞬間、さっちょんが少しだけ嬉しそうに目線を落とした。
本当に分かりやすい。好き。いや好きって言うな私。まだ言わない約束だろ。
堤防のいつもの場所に座る。コンクリートは本気で冷たいから、スカート越しでもひやっとする。
でも、マフラーで首もと守られてる分、寒さの矛先がちょっと鈍い。
「寒い」
「寒いね」
「でもちょっとここ来たかった」
「分かる」
簡単なやりとり。
このやり取りが何か意味を持ってるわけではない。
けど、この共有している空間と距離。そして言葉。
本当はこの子には説明しなくても通じる。けど、ちゃんと言葉にしたい。
「あのさ」
さっちょんが言った。海を見たまま、膝を抱えてる。
「うん」
「きいちゃん、今年もちゃんと一緒にいようね」
躊躇いがなさすぎて、風が止んだみたいに聞こえた。
「……それ、今言う?」
「今言う」
「なんで?」
「今言わないと、きいちゃん、また変なこと考えるから」
「変なことってなに」
「年明けたらリセットされるのかなってやつ」
「……」
図星で私は唇をすぼめる。
「してたでしょ?」
「……してました」
言い訳できるわけもなく、私は目を逸らしながらそう答える。
「ほらぁ〜」
さっちょんは、ちょっとだけ横を向いて、私の顔を覗き込んだ。
髪が風で揺れる。目が細い。
その目が、少し大人っぽく見える瞬間がある。この子は時々こういう顔する。
「リセットしないからね」
「ん」
「私、絶対に言わないから」
そう。そうなんだよ私が怖かったのそこなんだ。
でも、ちゃんと言葉にして「しない」と言われた。
すごく静かな冬の海で、それだけで呼吸が楽になった。
「……ありがと」
声が自然に出た。
さっちょんは、ちょっとだけ笑ったあとで、膝の上で自分の両手を擦り合わせた。
「さむ~指終わった~」
「え、手袋は?」
「どっかいった〜」
「自業自得じゃん??」
「ま、そんな時は……」
さっちょんが、素直に両手を出してくる。
風でかじかんで、少し赤くなった指先。それを私は両手ですくって、包む。ぎゅっとはしないで、優しく囲うみたいに。
やってることは前と同じはずなのに、意味が前と全然違うのがわかる。
親友の延長戦上。少し前まではそう思っていた。
でも今は、好きな人の手を自分の手で預かってるっていう自覚込みの動きだ。ぜんぜん違う重みが違う。
さっちょんが指を少し動かして、私の手の中で落ち着く位置を探してから、小さく息を吐いた。
「指、温まってきた」
そう言って、さっちょんが上目遣いでこっちを見上げてくる。ちょっと不安そうな目。
その目を見た瞬間、反射で答えが勝手に口から出た。
「嫌じゃないよ」
「よかった」
ほっとしたみたいに笑って、私の手の中で指をきゅっと丸めた。
私の手の形を確かめるみたいに。
「……さっちょんさ」
「ん」
「やっぱ、会えてよかった」
言った瞬間、ちょっとだけ恥ずかしくなって、視線を海の方に逃がす。
さっちょんは多分それを見て、表情をゆるめた。
「わたしも」
「うん」
「ちゃんと、続いてるよ」
続きというのが、冬の街灯みたいに胸の中でぽっと灯るのが分かった。
ドラマのように、始まりがあって終わりがある。でも、私たちは終わっていない。
まだ、親友って言葉はまだ使ってる。
でも、もう親友がカバーしてる範囲を、二人でどんどん勝手に拡張してる。
“うちらのルール”って呼んで、好きの形を勝手に増築してる。
形は歪んで、もう自分でも分かってないような気がする。
それ、たぶんもう恋って呼んでいいやつなんだけど。
でも私は、まだ口にしない。
口にしたら戻れないから。
戻れないってことは、たぶん責任が発生するってことだから。
責任っていう言葉に、今の私はまだちょっとビビってる。
ビビってても、ちゃんと関係が進んでくのは止められない。
だから私は、手を離さなかった。
冷たい風のなかで、白い息がふたり分混ざる。
冬の海が、静かに波だけを寄せてる。
年が変わった最初の夕方に、私は心の中で小さく思った。
形が変わり続けるのにも限界がある。
もう、多分逃げられない。逃げたとして、このままの関係が永遠と続くのはムリだ。
覚悟を決めなければいけない。
どんな未来が待とうとも、私はビビってちゃダメなのだ。
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