第2話 一人じゃなかった

 まさかみんなと再開するなんて。


 ここまで追いかけてくるとは予想もできなかったので、知らない魔物だとばかり思っていたのだが。


 もこもこの防寒着に包まれたメイドは、ゴーレムの肩から降りると、こちらに駆け寄ってきた。


「イスカ、なぜここに——」


 問いかけようとした瞬間にタックルされた。いや、これは抱きつかれたのか。


「ご主人様っ! 良かった。私、ご主人様が路頭に迷われて、死んじゃったかもと思って……」


 泣きながら抱きつかれて、そのまま押し倒されてる俺。細身の女子にすらパワーで負けるモヤシです。


「しかし……お前の主人はもう俺ではないぞ」


 なんとか落ち着かせ立ち上がったものの、普段はクールなメイドは離れようとしない。


「探すの大変だったでやすよ。どうしてここに来たんでヤンス?」


 すると、さっきまで空を飛んでいたガーゴイルの一匹が降り立ってきた。こいつはリーダー格で、赤い服がトレードマークだ。


「レオン様はあっしらのボスでやす。家を譲られても、それはかわんないですよ。あっしらはボスの元で生きていきたいから、こうやって探してたんでやす」

「お前達……」


 ゴブリン達もうんうん、とうなづいている。人語は喋れないけど、何を言ってるのかは分かる不思議な連中だ。ちなみにゴーレムの瞳も何か優しげだった。


 そうか。こいつらはこんな俺について来てくれるのか。何者でもなくなった俺みたいな男に。


 そう思うと、ありがたい気持ちでいっぱいになる。同時に、秘湯を掘るための方法は別にあったじゃないかと、自分の愚かさが身に沁みた。


「ありがとう。俺にはどうしてもやりたいことがある。付き合ってくれるか」

「……はい」


 イスカは小さく、しかしはっきりと返事をしてくれた。メイドの中でもこんな無謀なことをするのは、この娘くらいだ。


 頼んでみるか。旅館ができたらお礼をたっぷりすることを約束し、俺はみんなに、秘湯を掘り当てる計画について語った。


 でも、やっぱりメイドだけではなく、魔物達も半信半疑である。話せば話すほど、俺も俺で自信がなくなってきちゃう。


 しかし、あることを告げた途端、みんながざわついた。


「今までは寒い中、水浴びなんてしなくちゃいけなかっただろ? それが温泉っていうものができると、常に暖かい中で身も心も綺麗になるんだよ」

「……え! 本当に、そんなことが」

「へえー! 快適じゃないっすかぁ」


 メイドがまず食いついている。ガーゴイル五匹もざわつきだした。


「その為には、まずは掘らないといけないのですか」

「そうだ。長い作業になるだろうな」

「では、まずは仮の宿営地を作り、安定して作業ができる準備をしたほうが良いですね」

「そうだな。まずは仮の拠点作りと……それから、できる限り大きな掘削用の道具がいる」


 イスカはきょとんとしていた。俺はゴーレムを手で示す。


「あの巨体で掘らせれば、多分速い。しかも怪力だから、案外あっさりとやってくれるかもしれないな」

「……あ、確かに。ゴーレムちゃんは疲れませんからね」


 ゴーレムはスタミナが無尽蔵であり、原作でもパワー抜群だった。なので、この魔物が振り回せるほど大きな用具があれば、断然掘削の進みが早くなるはず。


「いろいろ準備しなくちゃいけないな。取り敢えずはテントでもあればいいのだが」

「ギャギャー! ギャ!」


 おまかせを! と言わんばかりに胸を叩いて、ゴブリン達が雪の中に散っていった。彼らは森のプロであり、ちょうど良い素材を持ってきてくれるだろう。


「あとは食料とか、皆さんがすやすや眠れるベッドとか……」

「メイドさん! あっしらが探してきますぜ」


 俺が指示を出すまでもなく、みんながあっという間に動き出していた。その間に俺は、温泉の大まかだった地図をより細かく絵に書き直してみる。


 イスカが興味深く、肩越しに図を覗いていた。


「ご主人様、温泉って……そんなに広いのですか」

「ああ。もしかしたらもっと広くできるかな。そしてこの近くに、こういう旅館を作ろうと思っているんだ」


 取り敢えず、見取り図的なものを見せてみた。この世界では普通ないものなので、メイドはポカンとしている。


「まあ、よく分からないよな。外観の絵もあるぞ」

「……わぁ!」


 でも、もう一枚の旅館の絵を見せたところ、大きなリアクションがあった。


 よくある旅館の外観そのものだけど、せっかく資源に溢れた世界だから、できる限り豪華に描いてる。


 実現するかどうかは別問題だけど。


「ご主人様の描かれた宿は、まるで芸術のようです」

「いやいや、そんなことない」


 ちょっと嬉しかったけど、褒め言葉だよな? そう受け取っておこうっと。


「宿の中は、どのような感じですか」

「大体のイメージならある。こんな感じ」

「……こ、これは」


 メイドが目を丸くしている。まあ、そのまんま日本の旅館と同じ内装にしてるんだが、想像つかないだろうなぁ。


「面白そうです。ご主人様は、やっぱり芸術家の才能があります」

「お、おー。そうかな」


 なんか、あまりに突飛すぎて奇異なものって認識なのだろうか。当然と言えば当然だが、昔の中世風異世界ということもあって、和風の文化が伝わりづらい。


 正しいイメージはおいおい伝えていくとして、魔物達のおかげで準備は意外と早く進んだ。


 ゴブリン達は宿営用のテントに必要な木材や、石などの材料をひたすら持ってきてくれた。


 ガーゴイル連中は食料やハンモックなどを調達してくれたようだ。


「ハンモックかー。なんか久しぶりだな」

「私は初めてです。あれで眠れるものでしょうか」

「ああ、慣れれば気持ちいいもんだ」


 サラリーマンの時も、ちょっとしたアウトドアならやってたからな……一人で。


 なんか虚しい過去が頭を過ぎる中、取り敢えずはみんなで簡易的なテントを作ったり、焚き火をしながら食事をすることになった。


 料理はイスカがやってくれる。メイドになりたての頃は全然下手だったけど、今はめちゃくちゃ上手い。レストランでもやっていけるだろうっていうくらいだ。


 みんなは皿に盛られたシチューに夢中になっていた。俺も気がつけばガツガツ食ってしまう。


 うめー! うめー! まっずい携帯食しか食ってなかったので、この味が骨身に染みるようだ。


 ゴーレムは座ったまま、ただ周囲を見渡していた。敵の魔物が襲ってきたら、すぐに応戦してくれる。でも、他の連中みたいに休む暇がないのは、なんとなく可哀想に思える。


 とはいえ、今はしょうがない。ここでいっぱい働いてもらったら、旅館が軌道に乗った時には、上質な燃料とか褒美を与えることにしよう。


 ちなみにゴーレムが活動を続けるには、魔石と呼ばれるアイテムが必要だ。でもこの世界のフィールドには、魔石はそれこそ無数に落ちまくっているから心配はいらない。


 さて、一応の拠点はできたことだし、次はいよいよ掘削の準備にかからないと。


 しかし、ゴーレムが使えるほどのツルハシなどを作る資材が、まだ準備できていない。


 それはそうか。探すのも骨かもしれん。このままゴーレムには見張りをさせて、俺やみんなで掘削する毎日を過ごす……という選択もあるが。


 などと悩んでいた時だった。一匹のゴブリンが、慌ててこちらに走ってきたのだ。


「ギャギャギャ!」

「おっと。ここはあっしに任せるでやす。……な、なんだってぇ!」

「どうしたレッド!」


 この反応は只事じゃなさそうだぞ。するとガーゴイルレッドは、慌てて剣を手に取りこう伝えてきた。


「武器を持ったドワーフ達が、隠れながらこっちに来ているそうでヤンス!」

「なんだって? ドワーフ達が」


 ここは川の近くだが、大きな森にも囲まれている。ドワーフ達の生活圏でもあった。


「いかがいたしますか」


 イスカが不安げに指示を伺ってくる。俺は安心させるように頷いた。


「勿論、歓迎しようじゃないか。未来の客人だからな」


 この一言に、イスカや魔物達が戸惑っていた。


 別に冗談で言ったわけではない。ここで敵を作るのではなく、味方に引き入れる。やがてはうちの温泉を贔屓にしてもらわないといけない。


 俺は彼らが隠れているとされる、茂みの奥へと向かうことにした。

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