第9話:冬の海で。

十二月二十三日。
 

――冬休み。
 ――海へ行く日。

 朝七時。
 玄関のチャイム。
 私は、コートを羽織り、マフラーを三回巻いて、ドアを開けた。

 夏帆は、クリーム色のニットにロングコート、耳あて付きのニット帽。
 頬が寒さで赤い。
 手に持っているのは、保温ボトルと紙袋。
「おはよう、美玲ちゃん。ホットココア、持ってきた」
 ――ココア。
 ――私の好きなやつ。
 私は、瞬きをした。
「……ありがとう」
 夏帆は、にこっと笑った。
「今日は、特別な日だよ」
 ――特別。
 ――うん。
 ――私も、そう思う。

 電車で一時間。
 海辺の町。
 ――冬の海。
 ――初めて。
 夏帆と、隣に座る。
 窓の外、雪がちらつく。
 ――寒い。
 ――でも、夏帆の手を握ってる。
 ――温かい。
 私は、ボトルを二人で回し飲み。
 ――甘い。
 ――幸せ。

 駅を出る。
 風が強い。
 ――海の匂い。
 ――塩気と、冷たさ。
 私は、マフラーを顔まで上げた。
 夏帆は、私の手を握り直す。
「行こ」
 ――うん。

 砂浜へ。
 ――誰もいない。
 ――波の音だけ。
 ――灰色の海。
 ――白い波。
 ――きれい。
 私は、足を止めた。
 夏帆も、隣で止まる。
 ――今だ。
 ――告白。
 ――決めた。
 ――純恋にも、協力してもらった。
 ――「絶対、成功するよ!」って、応援してくれた。
 ――ありがとう、純恋。

 私は、深呼吸した。
 ――寒い。
 ――でも、震えは、緊張。
 ――夏帆。
 私は、彼女を見た。
 ――きれい。
 ――ニット帽から、髪が少し出てる。
 ――頬、赤い。
 ――瞳、キラキラ。
 ――大好き。

 「夏帆」
 声が、震える。
 夏帆が、振り返った。
「ん?」
 私は、勇気を振り絞って、
「私……夏帆のこと――」
 ――言え。
 ――言わなきゃ。
 ――今、ここで。
 ――冬の海で。
 ――二人きりで。

 「私、夏帆が大好き」
 ――言った。
 ――やっと。
 夏帆の瞳が、大きく見開かれた。
 ――え?
 ――驚いてる?
 ――嫌い?
 ――ごめん。
 ――私、間違えた?

 でも、夏帆は――
 涙を浮かべて、笑った。
「美玲ちゃん……」
 ――え?
 ――泣いてる?
 ――私?
 ――嫌われた?

 夏帆は、私の手をぎゅっと握った。
「私も……
 私も、美玲ちゃんが大好き」
 ――!
 ――え?
 ――私も?
 ――夏帆も?
 ――私を?

 夏帆は、涙をこぼしながら、
「ずっと、好きだった。
 中一のときから。
 ハンカチをもらった日から。
 ――美玲ちゃんが、好き」
 ――中一。
 ――あのとき。
 ――私、覚えてる。
 ――泣いてる夏帆に、ハンカチを。
 ――それが、始まり。

 私は、涙が止まらなくなった。
 ――好き。
 ――夏帆も、私を。
 ――大好き。
 ――私も、大好き。

 夏帆は、私を抱きしめた。
 ――温かい。
 ――コートの匂い。
 ――ニットの柔らかさ。
 ――夏帆。
 ――大好き。

 私は、抱きしめ返した。
 ――震える。
 ――でも、幸せ。
 ――冬の海で。
 ――二人きり。
 ――告白。
 ――成功。

 夏帆は、私の耳元で囁いた。
「付き合ってください、美玲ちゃん」
 ――!
 ――私から、言うつもりだった。
 ――でも、夏帆が。
 ――先に。
 私は、涙でぐしゃぐしゃになりながら、
「……うん」
 ――うん。
 ――付き合って。
 ――夏帆と。
 ――恋人。

 夏帆は、私の額に、そっとキスをした。
 ――!
 ――冷たい唇。
 ――でも、温かい。
 ――初めての、キス。
 ――額だけど。
 ――でも、幸せ。

 私たちは、手を繋いで、海岸を歩いた。
 ――波が、寄せては返す。
 ――雪が、舞う。
 ――寒い。
 ――でも、温かい。
 ――夏帆と、一緒に。

 帰りの電車。
 ――隣に座る。
 ――手を、繋ぐ。
 ――恋人。
 ――私たち、恋人。
 夏帆は、私の肩に頭を乗せた。
 ――重い。
 ――でも、幸せ。
 私は、そっと呟いた。
「……大好き」
 夏帆は、目を閉じて、
「私も……大好き」
 ――うん。
 ――ずっと、一緒にいよう。

 家に着く。
 玄関前。
 夏帆が、振り返った。
「明日も、会おうね」
 ――うん。
 ――恋人として。
 私は、うなずいた。
「……うん」
 ――大好き。
 ――夏帆。
 ――私の、恋人。

 ドアを閉めた。
 ――冬の海。
 ――告白。
 ――成功。
 ――夏帆と、付き合う。
 ――夢みたい。
 ――でも、本当。
 私は、コートのまま、ベッドに倒れ込んだ。
 ――幸せ。
 ――大好き。
 ――夏帆。
 ――私の、恋人。
 ――ずっと、一緒にいたい。

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