第7話:文化祭

十月半ば。
 校舎は色紙とビニールテープで埋め尽くされていた。
 ――文化祭。
 私は、初めて「参加する側」にいる。

 朝八時。
 夏帆と待ち合わせて、校門をくぐる。
 彼女は紺のセーラー服に赤いリボン、私も同じ。
 ――クラス対抗の喫茶店。
 テーマは「レトロ喫茶」。
 私は看板係、夏帆はウェイトレス。
 「美玲ちゃん、看板、めっちゃ可愛い!」
 夏帆が私の描いたチョークアートを指さす。
 ――コーヒーカップに猫。
 ――私、描いた。
 頬が熱くなる。
「ありがとう……」
 ――褒められた。
 ――私の絵。

 開店十分前。
 クラスメイトがバタバタ。
 私は奥のテーブルで、メニューを並べる。
 ――緊張。
 ――でも、夏帆がいる。
 彼女はエプロンを結びながら、
「美玲ちゃん、今日は一緒に回ろうね」
 ――回る?
 ――午後は自由行動。
 私は、小さくうなずいた。

 午前中は大盛況。
 「いらっしゃいませー!」
 夏帆の声が響く。
 ――笑顔。
 ――完璧。
 私は奥で皿を運ぶ。
 ――私も、役に立ってる。
 ――すごい。

 十二時半。
 午前の部終了。
 夏帆が私の手を引いた。
「行こ!」
 ――どこ?
 廊下を走る。
 ――楽しい。

 最初は1年A組。
 お化け屋敷。
 暗い中、夏帆がぎゅっと手を握る。
 ――怖い?
 ――夏帆が?
 私は、くすっと笑った。
 出てすぐ、彼女が頬を膨らませる。
「笑ったでしょ」
 「……ちょっと」
 ――かわいい。

 次は2年C組。
 手作りアクセサリー。
 私は小さな桜のピアスを見つけた。
 ――夏帆にあげたい。
 でも、恥ずかしくて言えない。
 夏帆は隣で、銀のブレスレットを見てる。
 ――似合う。
 私は、こっそり買った。
 ――あとで、渡そう。

 3年B組。
 バンド演奏。
 ギターの音が響く。
 夏帆が私の肩に手を置いた。
 ――ドキッ。
 ――人ごみの中。
 ――でも、離れたくない。

 校庭へ。
 焼きそばの匂い。
 たこ焼きの湯気。
 ――文化祭。
 ――こんなに楽しいんだ。
 私は、焼きそばを頬張る。
 夏帆が、ソースを拭いてくれる。
 ――恥ずかしい。
 ――でも、嬉しい。

 そのとき――
「美玲ちゃん!」
 声がした。
 振り返ると、純恋(すみれ)。
 クラスは違うけど、最近よく話す。
 髪をポニーテールにして、笑顔。
「一緒に回らない? 3年D組のホラー映像、ヤバいって!」
 ――純恋。
 ――友達。
 私は、瞬きをした。
 夏帆の手が、ぎゅっと強くなった。
 ――え?

 純恋は、私の手を引こうとする。
「ね、ね、行こ!」
 私は、夏帆を見た。
 彼女の表情が――
 ――笑ってない。
 眉が寄って、唇が真一文字。
 ――怒ってる?
 ――夏帆が?

 夏帆が、一歩前に出た。
「美玲ちゃんは、私と回るって決めてる」
 声は静か。
 でも、冷たい。
 純恋が、ぽかんとする。
「え、でも――」
 夏帆は、純恋をまっすぐ見た。
「美玲ちゃんは、私のものだから」
 ――!
 ――私のもの。
 校庭が、静まり返った。
 ――私のもの。
 ――夏帆が。
 ――私を。

 私の胸が、ドクンと鳴った。
 ――なんで?
 ――熱い。
 ――耳が、キーンって。
 純恋が、目を丸くして、
「ご、ごめん……!」
 慌てて走り去る。
 ――え?
 私は、夏帆を見た。
 彼女は、すぐに笑顔に戻った。
「……ごめん、ちょっと、言いすぎた」
 ――言いすぎた?
 ――私のもの。
 ――でも。
 私は、顔を赤くして、
「……ううん」
 ――ドキドキ。
 ――止まらない。

 その後、二人で屋上へ。
 風が強い。
 夏帆は、フェンスに寄りかかって、
「ごめんね、嫉妬しちゃって」
 ――嫉妬。
 ――夏帆が。
 ――私に?
 私は、言葉を失った。
 夏帆は、空を見上げて、
「美玲ちゃんが、他の子と笑ってるの……
 嫌だった」
 ――嫌だった。
 ――私を。
 ――夏帆が。

 私は、震える声で、
「……私も」
 夏帆が、振り返った。
「え?」
 私は、勇気を振り絞って、
「夏帆が、他の子と話してるの……
 私も、嫌だ」
 ――言った。
 ――初めて。
 ――自分の気持ち。

 夏帆の瞳が、潤んだ。
 彼女は、私の手を握った。
「……美玲ちゃん」
 ――ドキドキ。
 ――でも、逃げない。
 私は、握り返した。
 ――私たちは。
 ――特別。
 ――それだけ、わかった。

 夕方。
 文化祭終了。
 校舎の明かりが、消えていく。
 夏帆と、手を繋いで帰る。
 ――私のもの。
 ――その言葉が、頭に残る。
 ――嬉しい。
 ――でも、恥ずかしい。
 ――でも、ドキドキ。
 家に着く。
 玄関で、夏帆が言った。
「今日、楽しかったね」
 私は、うなずいた。
「……うん」
 ――楽しかった。
 ――夏帆と、一緒に。
 ――私のもの。
 ――その言葉が、胸に残った。
 ――この気持ち。
 ――なんだろう。
 ――でも、温かい。
 私は、ドアを閉めた。
 ――明日も、会いたい。
 ――ずっと、一緒にいたい。

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