第6話: 初めてのお出かけデート?!

 

 土曜日の朝九時。
 玄関のチャイムが鳴った。
 私は、鏡の前で三回目の髪を整えて、ドアを開けた。

 夏帆は、白のブラウスに淡いピンクのカーディガン、膝丈のフレアスカート。
 足元は白いスニーカーで、手には小さなショルダーバッグ。
 ――私服、初めて見た。
 制服のときより、柔らかく見える。
 髪はゆるく巻いて、リボンはなし。
「おはよう、美玲ちゃん。準備できた?」
 私は、うなずいた。
 ――私も、私服。
 母が昔買ってくれたワンピース。紺地に白の花柄。
 スカートがふわっと揺れて、ちょっと恥ずかしい。

 夏帆は、私の全身を見て、ぱっと笑った。
「かわいい! 似合ってる」
 ――かわいい。
 ――私。
 頬が熱くなる。
「ありがとう……」
 夏帆は、手を差し出した。
「行こ?」
 私は、その手を握った。
 ――温かい。
 ――いつも通り。

 駅まで、十分。
 手を繋いだまま歩く。
 ――デート?
 ――違う、ただのお出かけ。
 でも、胸がドキドキする。
 電車に乗る。
 土曜の朝は空いていて、二人並んで座れた。
 夏帆は、窓の外を見ながら、
「今日は、駅前のカフェと、本屋と、映画館。
 どう?」
 私は、うなずいた。
「うん……楽しみ」
 ――楽しみ。
 ――外に出るのが。
 ――夏帆と、一緒に。

 駅に着く。
 改札を出て、エスカレーターに乗る。
 ――人が、多い。
 私は、夏帆の袖を掴んだ。
 夏帆は、振り返って、
「大丈夫。私がいる」
 ――うん。
 手を、もう一度繋ぎ直す。

 最初は、カフェ。
 小さな路地にある、木のドアのお店。
 店内は、コーヒーの香りと、ジャズのBGM。
 二人席に座る。
 夏帆は、メニューを見て、
「私はカフェラテ。美玲ちゃんは?」
 私は、迷って、
「……ホットチョコレート」
 ――甘いものが、好き。
 夏帆は、にこっと笑った。
「かわいい」
 ――また、かわいい。
 耳が熱くなる。

 飲み物が来る。
 ホットチョコレートは、マシュマロが二つ浮かんでいて、シナモンがふってある。
 ――おしゃれ。
 私は、スプーンですくって、口に運ぶ。
 ――甘い。
 ――温かい。
 夏帆は、ラテを飲みながら、
「ねえ、美玲ちゃん」
 私は、顔を上げた。
「学校、慣れてきた?」
 私は、うなずいた。
「……うん。
 みんな、普通に話しかけてくれる。
 いじめも、もうない」
 夏帆は、ほっとしたように笑った。
「よかった」
 ――夏帆のおかげ。
 私は、小さく呟いた。
「……ありがとう」
 夏帆は、首を振った。
「私こそ。
 美玲ちゃんと、一緒にいられて、嬉しい」

 ――嬉しい。
 ――私と?
 胸が、ドキッとした。

 カフェを出て、本屋へ。
 大きな書店で、三階建て。
 夏帆は、文芸書のコーナーへ。
 私は、漫画コーナーへ。
 ――離れる。
 ――でも、大丈夫。
 私は、好きなシリーズの新刊を探す。
 ――あった。
 手に取って、表紙を見る。
 ――かわいい。
 レジへ。
 ――夏帆は?
 振り返ると、夏帆が、私を見ていた。
 ――にこにこ。
 私は、恥ずかしくなって、
「……なに?」
 夏帆は、近づいてきて、
「美玲ちゃん、楽しそう」
 ――楽しい。
 ――うん。
 私は、うなずいた。
 夏帆は、自分の本を手に持っていた。
 ――恋愛小説。
 ――表紙が、きれい。
 私は、ちょっと覗いた。
 夏帆は、照れたように笑った。
「読書デート、ってやつ?」
 ――デート。
 ――また、その言葉。
 私は、顔を赤くした。

 レジで、二人分を夏帆が払った。
 ――え?
 「今日は、私のおごり」
 私は、慌てて、
「だ、だめだよ……」
 夏帆は、笑った。
「いいよ。
 美玲ちゃんの笑顔が、お返し」
 ――笑顔。
 ――私。
 胸が、温かくなった。

 次は、映画館。
 駅ビルの上階。
 ――アニメ映画。
 ――恋愛もの。
 ポスターに、女の子同士が手を繋いでいる。
 ――あ。
 私は、瞬きをした。
 夏帆は、チケットを買って、
「これ、観たかったんだ」
 ――私も。
 ――でも、言えなかった。
 私は、小さくうなずいた。

 映画館の中。
 暗くて、静か。
 隣に座る。
 ――肩が、触れる。
 ――ドキドキ。
 映画が始まる。
 ――女の子同士の、恋。
 ――切なくて、甘くて、温かい。
 私は、涙をこらえた。
 夏帆は、こっそりティッシュを差し出した。
 ――ありがとう。
 私は、受け取った。
 指が、触れる。
 ――温かい。

 映画が終わる。
 エンドロール。
 私は、涙を拭った。
 夏帆は、静かに言った。
「よかったね」
 私は、うなずいた。
「……うん」
 ――胸が、ぎゅっとした。
 ――あの二人みたい。
 ――私と、夏帆。

 外に出る。
 夕方五時。
 空が、オレンジ色。
 夏帆は、私の手を握った。
「今日は、どうだった?」
 私は、答えた。
「……楽しかった。
 ずっと、楽しかった」
 ――本当。
 ――外に出て、よかった。
 夏帆は、笑った。
「よかった。
 また、行こう」
 ――また。
 ――うん。

 帰りの電車。
 窓に、夕陽が映る。
 夏帆は、私の肩に頭を乗せた。
 ――!
 ――重い。
 ――でも、温かい。
 私は、動けなかった。
 ――ドキドキ。
 ――なんで?
 ――夏帆は、友達。
 ――でも。
 私は、そっと目を閉じた。
 ――幸せ。
 ――この気持ち。

 駅に着く。
 家まで、歩く。
 ――手を、離さない。
 玄関前。
 夏帆が、振り返った。
「美玲ちゃん、今日は――」
 私は、待った。
 夏帆は、照れたように、
「デートみたいだったね」
 ――デート。
 ――また、その言葉。
 私は、顔を赤くした。
「……うん」
 夏帆は、笑った。
「また、誘うね」
 ――うん。
 私は、ドアを閉めた。
 ――デート。
 ――夏帆と。
 ――私。
 胸が、ドキドキする。
 ――これは、なんだろう。
 私は、ワンピースのまま、ベッドに倒れ込んだ。
 ――映画の、二人。
 ――私と、夏帆。
 ――似てる。
 ――でも、違う。
 ――だって、夏帆は――
 私は、枕を抱きしめた。
 ――明日も、会いたい。
 ――ずっと、一緒にいたい。
 ――この気持ち。
 ――わからない。
 でも、温かい。

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