第5話:虐めからの脱却
翌朝、校門前で待ち伏せされた。
――三人。 クラスで一番声がでかい、加藤美咲。 いつも後ろで笑ってる、佐藤彩花。 そして、去年私の教科書を破った、田中真由。 制服のスカートを短く折り、ネクタイをゆるめて、腕を組んで立っている。 私は足を止めた。 夏帆は私の手をぎゅっと握りしめたまま、前に出た。
「邪魔」 美咲が吐き捨てる。 「梅村、なんで稲崎なんかと? 気持ち悪い」 彩花がくすくす笑う。 「ほんと、梅村のイメージダウンじゃん」 真由は私の顔を見て、舌打ちした。 「戻ってきたって、またすぐ逃げるんでしょ?」
――逃げる。 ――去年と同じ言葉。 胸が締めつけられる。 私は、夏帆の手を離した。 ――ごめん。 ――また、逃げちゃう。 足が後ずさる。
そのとき、夏帆が一歩踏み出した。 「やめて」 声は静かだった。 でも、校門前のざわめきが、ぴたりと止まった。 夏帆は、ゆっくりと三人を見据えた。 「美玲ちゃんは、私の大切な人。 これ以上、悪口を言ったら―― 私は、全部、先生に言う。 親にも。 学校にも。 全部、記録してる」
――記録? 私は瞬きをした。 夏帆は、スマホを掲げた。 「昨日の落書きも、今日の会話も。 全部、音声と写真で残してる。 これ、提出したら、どうなると思う?」
美咲の顔が、青ざめた。 彩花が「ちょ、ちょっと……」と後ずさる。 真由は唇を震わせた。 「梅村、冗談だろ?」 夏帆は首を振った。 「冗談じゃない。 美玲ちゃんを傷つけるのは、もう終わり」
――終わり。 その言葉が、胸に響いた。 私は、震える声で言った。 「……やめて」 初めて、自分の声で。 「私に、関わらないで」 声は小さかった。 でも、確かに届いた。 美咲が、目を丸くした。 「は?」 私は、もう一度。 「私を、いじめるの、やめて。 もう、嫌だ」
――嫌だ。 ――自分で言った。 涙が、こぼれた。 でも、足は動かない。 逃げない。 夏帆が、私の肩を抱いた。 「みんな、聞こえたよね?」 周りの生徒たちが、うなずく。 スマホを向けている子もいる。 ――証拠。 ――もう、隠せない。
そのとき、担任の山田先生が走ってきた。 「どうしたんだ!」 夏帆は、静かに説明した。 「いじめです。 今、目の前で」 先生は、三人を見た。 「加藤、佐藤、田中。職員室に来なさい」 美咲が「ちょっと待ってください!」と叫ぶ。 でも、先生は首を振った。 「保護者にも連絡する。 今すぐ」
――保護者。 三人の顔が、真っ白になった。 私は、夏帆の腕にしがみついた。 ――終わった。 ――本当に、終わった。
昼休み。 職員室から戻ってきた三人。 美咲が、私の前に立った。 「……ごめん」 声は震えていた。 「稲崎、ごめん。 今まで、ひどいことして」 彩花と真由も、頭を下げた。 「ごめんなさい」 ――謝られた。 ――私に。 私は、瞬きをした。 涙が、こぼれた。 ――でも、もう怖くない。 私は、小さくうなずいた。 「……うん」
放課後。 夏帆と、手を繋いで帰る。 ――もう、誰も見ていない。 ――誰も、悪口を言わない。 私は、夏帆を見上げた。 「……ありがとう」 夏帆は、微笑んだ。 「美玲ちゃんが、強かったよ」 ――強い? ――私? 胸が、熱くなった。 ――違う。 ――夏帆がいたから。 私は、ぎゅっと手を握り返した。 「……一緒に、いてくれて」 夏帆は、照れたように笑った。 「ずっと、一緒だよ」
家に着く。 玄関で、夏帆が言った。 「明日から、普通に学校に来れるね」 私は、うなずいた。 「……うん」 ――普通。 ――普通の学校生活。 ――夢みたい。 夏帆は、私の髪をそっと撫でた。 「美玲ちゃん、今日、かっこよかった」 ――かっこいい。 ――私。 頬が、熱くなった。 夏帆は、くるりと背を向けた。 「じゃあ、また明日」 ――うん。 私は、ドアを閉めた。 ――終わった。 ――いじめ。 ――孤独。 ――全部。 私は、制服のままベッドに倒れ込んだ。 ――明日。 ――学校。 ――夏帆と、一緒に。 ――普通に。 涙が、こぼれた。 ――でも、笑顔だった。
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