第24話 最後には、

 変身モノにありがちなのは、強化形態の存在だ。


 アニメ『封神巫女』にもそれはある。


 十三仏真言の六。

 衆生を救う慈悲深い菩薩、弥勒菩薩みろくぼさつにお力添えを頂いた状態。


 新たな扉を開いた空鳴燈火の拳が、『鮫島事件』を迎え撃つ。


  ◇  ◇  ◇


「巫女巫女ぉー、弥勒型、グーターッチ!!」


 びりびりと、大気がしびれた。

 歴史上でも類を見ない怪物『鮫島事件』と、規格外の封神巫女『空鳴燈火』のぶつかり合い。

 衝撃の余剰エネルギーが弾けて、周囲に飛び散る。

 二人を中心に暴風が吹きすさぶ。


「ああぁあぁあぁぁっ!」


 均衡点の崩壊。


 辛うじて釣り合っていた力量バランスが、空鳴燈火の側に傾いた。

 新形態に体が馴染んだからだろうか?

 否、そうではない。


「いまならわかる。おばあちゃんの言いよったこと」


 彼女がここにいる理由。

 背負っている物の重さ。


「怪異を神に封じる。それがわたしの役目ったい。他の人には手出しさせんち」


 覚悟の差が、そのまま『鮫島事件』と空鳴燈火の実力の差だった。


『グギュグバァッ!!』


 怪異『鮫島事件』が身をひるがえす。


 空鳴燈火、自らを封じうる巫女に対する畏れからだろうか。

 否、そうではない。


 怪異『鮫島事件』は怪異を食らうことで成長する。


 いま、彼女、空鳴燈火とやり合うのは分が悪い。

 そこまで考えた上での、戦略的撤退だった。


 その判断に、誤りはない。


 むしろ、極めて論理的な思考を有していたと言えるだろう。


 ただ一つ、『鮫島事件』に誤算があったとするならば――、




「逃がさんち」


 燈火が腕を、体の中心軸の前方へと伸ばす。

 手指を絡めて印を結び、真言を唱える。


わたしは望むオン


 瞬く間に、彼女から煌々たる輝きが溢れる。


不空なるアボキャ・毘盧遮那仏よベイロシャノウ


 その光は、彼女の言葉が紡がれるほどに強さを増していく。


偉大なる印を有する御方よマカボダラ宝珠よマニ蓮華よハンドマ


 怪異『鮫島事件』が、その脅威が想像をはるかに絶することに気付いても、もう遅い。

 すべて、手遅れだ。


光明をジンバラ放ちたまえハラバリタヤ!」


 極大の光線が、『鮫島事件』を穿ち貫く。


『グァオォーウッ!!』


 怪異『鮫島事件』が最後の抵抗を見せる。

 遁走の機会を逃すまいと、光線が止むだろういつかを、じっと耐え忍んでいる。


 それが通じる相手なら。

 たかが、史上最悪の怪異を祓えない程度しか実力を有さない封神巫女だったなら。


 空鳴燈火は、後年、歴代最強の名で呼ばれることはない。


ウン


 最後の聖音が、引き金だった。


 せめてもの慈悲とでも言わんばかりに、ひたすら苦しみに耐えていた『鮫島事件』を、一瞬のうちに極大の光で呑み込んだ。


  ◇  ◇  ◇


 背後で繰り広げられるその光景を、戦慄しながら見届ける影があった。


「なんですのなんですの……あのでたらめな力は! 無茶苦茶でいやがりますわーっ!」


 †漆黒の堕天使† ちゃんである。


「あんなの食らったらひとたまりもありませんわ!」


 悪霊時代の彼女ですら一撃で封じられてしまう。

 まして、脆弱な人の身ならなおさら。


 あるいは、あの光が邪悪だけを祓うものだった場合、人間としての部分だけは残るかもしれないが、その場合、死ぬまで人間として生きていかなければいけないだろう。

 どちらにせよ、悪霊としての彼女は消滅する。


(冗談じゃありませんわ……! あんな封神巫女がいる土地なんてまっぴらですわ!)


 旅立とう。

 †漆黒の堕天使† ちゃんは決意した。


 だが、その前に済ませておかなければいけない用事がある。


 空鳴燈火を『カガセオ』と『鮫島事件』の接敵ポイントまで案内する条件として引き出した、対価。


 ――岡元椎太の秘密を聞き出す権利の行使である。


「ただいまですわ!」


 †漆黒の堕天使† ちゃんは胸をワクワクさせながら岡元家の門戸を叩いた。


「耳の穴かっぽじってよく聞きなさい! あの封神巫女はきちんと怪異『鮫島事件』を封神いたしましたわ! この、私のおかげですわーっ!」

「おー、おつかれ」


 岡元椎太が出迎える。


(あら、やけにおとなしく迎え入れますのね)


 約束を破って締め出そうとする態度まで予想していた彼女にとって、彼の出迎えは想定外だった。

 しかし、約束をきちんと守ろうとする態度には好感を覚えた。


「さ、私はあなたの要求をきちんと履行いたしましたわ! あなたも、契約を遵守してもらおうじゃありませんの!」

「わかってるって。まあ座れよ」


 リビングの椅子に腰を掛けるようにジェスチャーする岡元椎太に、 †漆黒の堕天使† ちゃんは彼の対面の席に着く。


「俺の秘密を一つ、開示する。相違ないな?」

「ええ!」


 †漆黒の堕天使† ちゃんは喉を鳴らした。


(いったい、どんな秘密が……!?)


 胸の高鳴りを、抑えられない。


「じゃあ言うぞ。俺の知っている秘密、それは――」


 手に汗を握る。


「お前はバウムクーヘンが苦手なことだ」

「ぎゃぁぁぁっ! バウムクーヘンの大群が襲ってきますの!? ……って待ちやがりなさい! どうしてあなたがソレを知っていやがりますの!?」


 彼女、 †漆黒の堕天使† ちゃんのまつわる逸話に、バウムクーヘンが苦手というものがある。

 それを言いふらした人間は、遠い昔に葬った。

 だが、時代を超えて、いまなお彼女の心に深い傷を負わせたままのトラウマなのだ。


(そ、それを知っているのはもう私以外にいないはず――)


 どうして、彼がそれを知っているのか。


「前に寝言で言ってたぞ」

「んもぉぉぉ! 人間の体、不便過ぎますわーっ!」


 悪霊時代なら睡眠なんていらなかった。

 寝言を寝て言うこともなかった。

 全部、人間の体が悪い。


「ちょ、ちょっと待ちやがりなさい。秘密って、もしかしてこれですの!?」

「そう。 †漆黒の堕天使† ちゃんの弱みを握っているっていう秘密」

「そ、そんなの……」


 †漆黒の堕天使† ちゃんがふるふると肩を震わせる。


「そんなの、あんまりですわーっ!」


 彼女の悲痛の叫びが、恒凪の空に響き渡った。


 今日も敵ヒロインちゃんは涙目かわいい。





  ◇  ◇  ◇


 キリがいいここでこの話はいったん幕引きとさせていただきます。

 ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


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モブに転生した俺が †漆黒の堕天使† 名義で原作アニメ1話の事件をSNSに予報したら、敵ヒロインちゃんが自演を疑われて涙目かわいい。 一ノ瀬るちあ@『かませ犬転生』書籍化 @Ichinoserti

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