第23話 無力には、

 怪異『†漆黒の堕天使† ちゃん』を背負う空鳴燈火が、恒凪の市街を駆けている。


「この交差点を横ですわ!」

「右か左で言ってくれんね!?」

「し、仕方ないじゃないですの! 道案内なんてしたことありませんわーっ!」


 もとより、怪異と巫女。

 相容れない存在。

 やいのやいの口論を続けながら、どうにか、『鮫島事件』と『カガセオ』の接敵地点を目指す。


 口論のおかげで少し遠回りしつつ、移動し続ける、二つの怪異を先回りしてたどり着いたのは恒凪市にある史跡公園。


「ここですわ。私の予想が正しければ、あと数分でここに『鮫島事件』と『カガセオ』が来ますわ」


 †漆黒の堕天使†の予想は半分当たっていた。


 半分というのはつまり、時間と場所のうち、場所についてだ。

 彼女の進路予想通り、目的の二つの怪異は、いままさに彼女たちのいる史跡公園に向けて移動してきている。


 彼女の予想が外れたのは、もう半分の方。


「がぁ――っ!」


 二人の目の前に、砲弾のような何かが墜落した。

 芝を抉り、土煙を巻き上げ、クレーターを作って何かが飛来した。


「え? こ、こん人って、ひょっとして」


 晴れていく土煙の中で横たわる男の影を見て、燈火は目を見開いた。


「……はぁ、はぁ。なんやねんこいつ。冗談キツいで」


 糸目、白髪。

 そしてなにより胡散臭い方言。

 間違いない。


「おーほほほ。いい様ですわね、カガセオ」

「あ? なんや、あんときの人間かぶれかいな」

「人間かぶれ言うなですわーっ!」


 予想よりはるかに早く、探していた怪異はやってきた。


 そして、『鮫島事件』の方が圧倒的に強いらしいことを確認し、醜態をさらす『カガセオ』に満足した †漆黒の堕天使† は腕組みし、留飲を下げた。


「なんでもええわ。お前もあいつを倒すのに協力――」


 ……カガセオの言葉が、最後まで紡がれることは無かった。


「え?」


 燈火ちゃんの口から、短い、とても短い驚愕の声が漏れた。

 先ほどまでそこにいた怪異『カガセオ』の上半身が、消滅している。


 ぐっちゃ、ぐっちょ。

 行儀の悪い、咀嚼音が響く。

 どこから? 彼女の頭上からだ。


 日を遮る、影を落とすそれに視線を向ける。


 黒い液体が、のこぎりのような歯の隙間から、したたり落ちてきている。


「ぎいぃぃぃやぁぁぁぁ! 食べられてしまいますわーっ!」


 †漆黒の堕天使† の悲鳴で燈火はハッとした。

 我に返ったときには、既に背を折り、遁走しようとする †漆黒の堕天使† の姿があった。


「道案内はここまでですわーっ! あとは任せましたわーっ」

「え、ええぇぇっ!? ちょ、わたし一人に丸投げしょっと!?」


 その怪異は、怪異を食らっていた。


 燈火には浮かばなかった、勝てるビジョンが。


(ちょ、ちょっと待って? なんか、ほんの少し前よりも図体でかくなっとらんち?)


 嫌な予感が脳裏をよぎる。


(ひょ、ひょっとして、食べた怪異の分だけ強さを増す怪異なんじゃ……)


 怪異の力の根源は、人の想像力だ。

 現状、唯一の『鮫島事件』目撃者である燈火がそう思えば、それは真実になる。


『ぎゅらりゅるぅぅぅぅううあああッ!!』


 轟く雄叫び。


「ひ、ひぃぃっ、無理無理無理! こげな怪物、逆立ちしたって敵わんよーっ!」


  ◇  ◇  ◇


 さて。

 こんな疑問を抱いたことはないだろうか。


『怪異を殺す怪異を作れるなら、なぜいままで、そういう怪異を人為的に生み出してこなかったのか』


 その答えは簡単だ。


 ――封神巫女の力が、まさにそれなのだ。


 封神巫女たちは神仏に祈りを捧げ、力を授かる。

 祈りとは人の願い。

 彼女たちは見たことも無い神仏をいると確信し、その助力を得れば戦えると信じ、怪異たちを神に封ずる。


 これすなわち、人の想像力が生み出した奇跡の産物。


 つまり。


 封神巫女が怪異を封じようとするのと同じように。

 怪異『鮫島事件』もまた、『封神巫女』の力を封じようと狙っている――。


  ◇  ◇  ◇


 十三仏真言の一は既に奏上済み。


 でなければ、怪異とはいえ半分人間の †漆黒の堕天使† を背負って、現場直行なんて荒業できなかった。


 その、身体能力を高めた状態の空鳴燈火でも、怪異『鮫島事件』のポテンシャルは目をみはるものがあった。


「ひぃぃぃっ!? どぎゃんしよ、追いつかれるったい」


 史跡公園内を逃げ回る燈火だったが、距離はじりじりと詰められている。

 追いつかれるのも時間の問題だろう。


「こうなったら……」


 だから、意を決して180度旋回し、腰だめにこぶしを握った。


「巫女巫女ぉ……グーターッチ!!」


 振り抜いた拳は、バズーカでも鳴らしたかのような衝撃をもって、怪異『鮫島事件』をぶち抜いた。

 だが。


「か、硬か~っ!」


 泣きたくなるくらい、まるで効いていない。


『ンバーニンガガッ!!』

「うわたた。どぎゃんしよどぎゃんしよ」


 巨大な顎を開き、彼女を一噛みにしてしまおうとする怪異から、慌てて距離を取る。


(岡元くんは、わたしなら倒せる言うとったけど、これはさすがに無理やなか!?)


 弱気が顔をのぞかせる。

 だから、意識が目の前の怪異から逃避しようとしたから、彼女は気づいた。


(な、なんね? 人が集まってきよらん?)


 しかも緊張感もなさげに、スマホを構えて撮影をしている人が多い。


 ――霊感は、長い歴史の過程で退化してきた器官である。


 現代人の多くは霊感を受け継いでいない。

 怪異がいたとして、目撃できる人間の方が珍しいのだ。


(~~っ!)


 燈火は、自分自身、ほんの少し前まで霊感が絶無だったことを思い出した。

 その時の彼女は、幽霊や妖の類をまるで信じていなかった。


 そんな人物からすれば、この光景は。


「なになにー? 撮影?」

「すっげぇ。爆発とかしてるじゃん」

「てかあの子超かわいくない?」

「ハァハァ、巫女タソ、カワユス……」


 ドラマか、何かの催しに見えることだろう。


(まずか――っ)


 怪異が見えないからと言って、影響を受けないわけではない。

 それは、空鳴燈火が霊感に覚醒した夜、怪異に意識を乗っ取られ、徘徊していた市民が多くいたことからも明らかだ。


(わたしがこのままこん人らの方へ向かったら……)


 怪異『鮫島事件』の突進を避けることも無く、重傷を負ってしまう。


「くっ」


 遁走の選択は無い。


 立ち止まり、怪異『鮫島事件』と向き合う。


(でも、でも! わたしの攻撃は大したダメージも入らんし……)


 どうする。

 どうすればいい。


(わたしに、もっと力があれば――)


 迫りくる死の予感に、思考速度が加速していく世界で。

 空鳴燈火の導き出した最終解は――、


一切衆生を救いなさる菩薩様オン・マイタレイヤその救いをここにソワカ!」


 真言の、重ね掛け!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る