第24話
画面の中の川島は、そう言い終えると静かに口を閉ざした。
映像はわずか数十秒の短いものだった。
最後の言葉は弱々しく、今にも消えてしまいそうな声だった。
再生が終わり、川島の手の中のビデオカメラのディスプレイは真っ黒な画面に戻った。
現状を理解しようと、川島はそっと目を閉じて昨日の記憶を辿った。
だが、どう考えてもビデオカメラで撮影した覚えはない。それに「自分の過去についての話」が何を指しているのかも皆目見当がつかない。
映像の中の自分は「記憶を喪失している」と言っていたが、川島の昨日の記憶ははっきりと残っている。夜のトナカイとの飛行練習を除けば、特に変わったことはなかった。
自分の記憶への自信が戻るにつれ、ぼんやりとしていた頭も次第に冴えてきた。
そして映像の中に、謎を解く手掛かりがないかを探し始めた。
喫茶店『サフラン』。
午前10時。
西山。
映像の中の“自分らしき人物”が残したメッセージは、この3つだ。
目的は分からないが、西山という人物の話を聞け、ということらしい。
普通に考えれば、こんな怪しい誘いに乗って言われた喫茶店へ出向くのは危険だ。
だが、この部屋へ侵入してビデオカメラを置いた人物は、やろうと思えば寝ている自分に危害を加えることもできたはずだ。
そうしなかったということは——本当に「喫茶店に来てほしい」のだろうか?
あの映像が本物の自分だとは到底思えない。それでも、この混乱した状況を整理するには、『サフラン』に行って確かめるしかない。
午前10時、西山という人がそこにいるのか……。
あるいは、単なる悪質ないたずらで、誰も来ないのか……。
壁の時計を見ると、まだ7時半だった。
商店街の喫茶店なら、9時半に部屋を出ても十分に間に合う。
やるべきことが定まれば、あとは一つずつ片付けていくしかない。
川島は、部屋の中で「ビデオカメラ」と「乱れた靴」以外におかしな点がないか、慎重に調べ始めた。
動き出すと、また少し気分もましになり、問題がそれほどたいした事ではないような気もしてくる。
9時半近くまで念入りに部屋を調べたが、特に異常はなかった。
川島はベッドに腰を下ろし、ビデオカメラを手に取った。
先ほどまでのような気味悪さは薄れていたが、それでも再び再生する気にはなれなかった。
部屋を出る際に持っていくべきか迷ったが、得体の知れない物を部屋に置きっぱなしにしたくない。そう思い、リュックへカメラを押し込み、商店街へ向かった。
アパートの外へ一歩出ると、世界はいつもと変わらない穏やかな朝だった。
周囲の家々、町を歩く人達、風、空、いつもと何も変わらない。川島はそうした普段の景色をしっかりと確かめながら、ゆっくりと歩みを進めた。
喫茶店『サフラン』には入ったことがなかったが、近くのおもちゃ屋「シマシマ」はよく知っていたので、場所は何となく頭に入っていた。迷うこともなく、すんなりと店にたどり着いた。
まだ10時には10分ほど早いが、他に時間をつぶせる場所も見当たらない。
そういえば、西山という人がどのような人なのかその特徴も分からない。とりあえず中に入ってみてから、それらしい人を探してみるしかない。川島はそんな風に考えながら喫茶店のドアをゆっくり押した。
カラン、と穏やかな鈴の音が静かな店内に響きわたる。
続いて、「いらっしゃいませ」と、のどかな年配の女性の声が彼を迎えた。
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