第23話

次の日、川島はいつも通り6時半、いつもの目覚まし時計の音で目を覚ました。

起きた瞬間、まだ昨日の疲れが体に残っているのがわかった。寝たと思ったら、あっという間に朝になったような感覚で、明らかに睡眠不足だ。こんな日は、ベッドから起き上がるだけでもひと苦労である。

それも無理はない。昨夜は今シーズン初めて、トナカイと夜空を飛び回り、ソリの感触を確かめたのだった。

トナカイは予想以上に体がなまっていて、少し走っただけで弱音を吐くし、スピードも全く出なかった。あれではクリスマスに世界中の子どもたちへプレゼントを配りきれるはずがない。

とはいえ川島のほうも、筋肉痛とまではいかないが、足全体が重だるい。

世間では「サンタクロースは座っているだけ」などと軽く見られがちだが、実際にはソリの中でしっかり踏ん張り、バランスを取り、ひっくり返らないよう常に体勢を制御しなければならない。さらに、手綱さばきでトナカイの走りもサポートする。

そう考えると、昨夜スピードが出なかったのは、自分のバランスがまだ本調子でなかったせいかもしれない。

川島は少し反省しながら、なんとか体を起こした。

時計を見ると、6時40分になっている。

これから週に2、3回は夜の特訓をすることになるだろう。ならば、朝起きる時間を1時間ほど遅らせてもいいかもしれない。そんなことを考えながら台所へ向かい、小さな食器棚からいつものマグカップを取り出す。そして牛乳を飲もうと冷蔵庫を開けた――そのときだった。

視界の端に、見慣れない灰色っぽい四角い物体が映った。

玄関横の下駄箱の上に置かれている。

川島は不審に思い、冷蔵庫を静かに閉める。

マグカップをテーブルに置き、玄関に近づいた。灯りをつけると、それは小さなビデオカメラだった。

ビデオカメラだということはわかる。だが、自分はそんなものを持っていないし、誰かが置いていった覚えもない。

レンズはこちらを向いてはいないようなので撮影されていたわけではなさそうだが、それでも「自分の部屋に、知らない何かが入り込んでいる」という状況は薄気味悪い。

昨夜のトレーニングから帰ったとき、特に変わった様子はなかった。

ということは、自分が熟睡している間に誰かが忍び込んだのか――?

そんな考えが浮かび、恐怖より先に気味の悪さが背筋を走る。

さらに川島は、もう一つ異変に気づいた。

玄関の自分の靴が、つま先を部屋のほうへ向けたまま乱雑に置かれている。上から見ると、カタカナの「ハ」の字のようだ。

川島は、人並み以上に几帳面だ。外から帰って靴を揃えずに上がるなどあり得ない。必ずつま先を外に向け、ぴたりと揃えて並べる。

この乱れ方は、自分以外の誰かが触れたとしか考えられない。

眠気は完全に吹き飛び、代わりに頭の奥がぼんやりと霞むような、不吉な感覚が入り込んでくる。

川島は意を決してカメラを手に取った。

電源は入っていない。

そのままベッドに腰を下ろし、カメラを見つめる。

――誰が、何の目的で置いていったのか?

見た目は普通のビデオカメラだ。撮るか、撮られた映像を見るか、それだけのはずだ。

だが、電源を入れた瞬間に爆発して部屋ごと吹き飛ぶ――そんな最悪の想像が脳裏をよぎる。

誰かがサンタクロースの命を狙うなど、ありえるのか?

それでも、不思議と「怖い」という感覚は薄かった。薄気味悪いだけで、恐怖はない。

腹を決め、電源ボタンを押す。

赤いランプが素早く点灯し、起動音が短く鳴る。

ストラップに手を通し、ディスプレイを開くと――薄暗い部屋の中が映し出された。

大きく目立つ赤い録画ボタンが、電源ボタンの近くに配置されていた。だが川島は、灰色の廃墟のように映る自分の部屋をわざわざ記録する気にはなれず、代わりに再生ボタンを押すことにした。

すると、小さなディスプレイに映し出されたのは川島自身だった。カメラの正面に座り、自ら画角の中心に収まっている。

背景は見覚えのない場所で、喫茶店かバーのようにも見える。店内には、やや赤みがかった柔らかい灯りが差していた。

映っている男はどう見ても自分だ。だが、このような撮影をした記憶はまるでない。

身に着けている黒いシャツも、今は洗濯籠に入っているはずのものだ。髪型、顔つき、肩のライン――どれをとっても、鏡に映る自分と寸分違わない。

一体どういうことなのだろう?

精巧に作られたCGなのか、と一瞬考える。しかし、そうだとしても、ディスプレイの中の川島の表情には違和感がある。無表情を通り越して、まるで“人の気配”そのものが抜け落ちているようだった。とても自分がこんな表情をできるとは思えない。

画面の中の川島はしばらく微動だにせず、静止画のように座っていたが、やがてカメラの背後から声がかかった。

それでも映像の中の川島はすぐには反応せず、硬直したままだ。しかし、数秒ほどたつと、ゆっくりと、どこかためらうように口を開いた。

「このビデオを見ている僕へ…。この撮影をした記憶はありますか?あるのなら問題ありません…。もし…ないのならば、記憶を喪失してしまっているらしいです…。今、僕は自分の過去についての話を聞いたところです。正直…そのほとんどは受け入れがたい内容です…。ですが…本当のことがはっきりするまでは、自分が何者なのかを探求し続けてほしいのです。詳しい話は明日…、というか、あなたにとっては“今日”になりますが、西山さんという人が、もう一度詳しく僕らの過去について説明をしてくれます。明日…つまり今日の午前十時に、商店街の中にある喫茶店『サフラン』に来てくれますか?そこで、西山さんが待っていますから。今はまだ、話のほとんどが信じられない、無茶苦茶なことのように思えます。それでも、このことは自分にとって、とても重要な気がしています。どうか自分のために、真実を突き止めてください。お願いします……」

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