第22話

ちょうどその時だった。

店のドアがガチャリと開く音が響き、続いてカラン、と鈴が小さく鳴った。

川島は、一瞬で全身が強張った。

――カエル男が復讐のために追ってきた。

そう直感したのだ。

他の三人も同じ考えに至ったのだろう。不二子は恐怖で顔をひきつらせながらドアの方へ振り向き、銭形と一文字は椅子を弾き飛ばさんばかりの勢いで立ち上がり、隙間から見える相手を睨みつけた。

ドアがゆっくりと開き、人影が差し込む。

だが――現れたのはカエル男ではなかった。

「すいません」

そう言って入ってきたのは、グレーのスーツを着た男性だった。

4人は、相手がカエル男でなかったことにわずかな安堵を覚えたものの、それでも警戒を解こうとはしなかった。

「すいません、もう営業時間は終わっております」

不二子は、まだこわばった声でそう告げた。

「ああ、それは分かっているんですが、少し君たちに話があって来たんです」

男は落ち着いた声でそう言い、後ろ手にドアを閉めた。どうやら帰るつもりはないらしい。

川島にはまったく見覚えのない人物だった。

スーツの着こなしは洗練され、手に持つかばんも上質そうだ。若々しい雰囲気をまとっているが、年齢は三十代後半か四十前半といったところだろう。

「俺たちに何の用だ?」

銭形がすかさず鋭い声音で問い詰める。

続いて一文字も「あんたは何者だ?」と低く問い、二人は男をきつく睨みつけた。

男は、その視線を受けてもどこか余裕のある微笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。

「さて、どう自己紹介したものかな」

一瞬だけ考えるように目を伏せ、それから言った。

「私は――『皆さんの正体を知る男』、といったところです」

男はそう告げると、テーブルの四人の反応をじっくり観察するように目を走らせた。

しかし、四人は男の言葉の意味をつかめず、顔を曇らせるばかりだった。

その様子を見て、男はさらに穏やかな口調で自己紹介を続けた。

「私の名前は西山健作と言います。職業は医者です。札幌では少し名の知れた 西山医院 の医院長をしています」

川島は、突然現れた見知らぬ医者が自分たちとどんな関係があるのか見当がつかず首をかしげた。

すると銭形が、川島と同じ疑問をストレートにぶつける。

「それで、医者のあんたが俺たちに何の用でここに来た?」

銭形の声には露骨な苛立ちが混じっていた。

西山は、笑顔から少し神妙な顔つきに変わったが、やはり落ち着いた口調のまま応じた。

「正直、どこから、どんな順序で説明すべきか私にも悩ましいのですが……。私は、あなた方がサンタクロースであり、銭形警部であり、シンデレラであり、そして仮面ライダー2号であることを知っています。正確に言うと――あなた方が“自分はそうである”と強く思い込んでいることを、です」

川島は、その言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜け落ちた。

突然、自分の“正体”を言い当てられた衝撃に、思わずテーブルに手をついて体を支える。

この男は何者だ?

自分のことをここまで知っているなんて、普通ではあり得ない。

まさか正体を暴いて、何か良からぬことを企んでいるのでは――?

川島の思考がざわざわと渦を巻くなか、西山は変わらず穏やかで確信に満ちた声音で話を続けた。

「しかし、残念ながら、それらは本当のあなた方の姿ではありません。受け入れがたい話だとは思いますが……まずは私の話を最後まで聞いてほしい。そのために、私は今日ここに来ました」

西山が静かにそう告げると、川島は乱れそうになる思考を必死に抑えるように、ゆっくりと深呼吸をした。

そして、そっと周囲の三人へ視線を向ける。

銭形と一文字は依然として西山を鋭くにらみつけ、警戒を解く気配はまったくない。

一方、不二子はあからさまに恐怖の色を浮かべ、か細い息を漏らしている。

少しの沈黙の後で口を開いたのは銭形だった。

「どうして俺が銭形だと知っている?……さては、インターポールの差し金か!」

すぐに一文字も続く。

「俺のこともどうして知っている?俺の正体を知るのは、ショッカーの奴らだけのはずだ!」

二人の鋭い追及を受けて、西山はなぜか、ふっと口元を緩め、軽くため息をつくように言葉を返した。

「また、こういうやり取りになるのですね。実は先週、あなた方二人とはすでに会って話をしています。そのときも、まったく同じことを言われましたよ。……覚えていませんか?」

「はあ? 俺はあんたになんか会った覚えはないぞ!」

銭形は苛立ちを隠さず顔をしかめた。

一文字も「俺もだ」ときっぱり否定し、相変わらず西山から目を離さない。

「そうですか……覚えていませんか……。二人に会ったのは別々の機会ですが、どちらも商店街を歩いているところを偶然見かけて声を掛けたんです。その時にも、今と同じように――どこかの差し金だと疑われてしまいました」

彼はそこで二人の反応を待った。しかし、銭形も一文字も硬い表情のまま何も言わない。

沈黙を確認してから、西山は再び口を開いた。

「そのとき池脇君――失礼、銭形さんは、ルパンの仇を討つと言っていましたよ。『ルパンはインターポールに殺された』と」

川島は、自分の正体を暴かれた直後の衝撃こそまだ胸の奥で燻っていたが、話の矛先が銭形と一文字に向いている間に、ようやく思考が戻ってきていた。

西山は自分の“正体”を知っている。しかし、その情報を利用して危害を加えたり、脅すような様子は見せていない。

そして銭形と一文字のことも詳しそうだが、その内容は川島の知っている範囲と大きな差はない。

「それに、どうして俺が『池脇』と名乗ることを知っているんだ……? その名を口にした者は、今のところ誰もいないはずだ」

『池脇』と名乗るとはどういうことなんだろう?川島はショックを振り払おうと、少し無理に声を絞り出した。

「銭形さん……『池脇と名乗る』って、どういう意味なんですか?」

微かに震える声だった。

銭形は相変わらず西山から視線を外さないまま、短く答える。

「インターポールに狙われている可能性を考えて、誰かに名前を聞かれたら『池脇悟』と名乗ると決めていたんだ。だが――まだ一度も、その名前を使ったことはない」

そして、すぐに鋭い視線で西山を射抜くように問い直した。

「どうしてあんたは、その『池脇』という名を知っている?」

「そういうことですか……。その説明を簡単に済ませることはできません」

西山はゆっくりと言葉を区切り、4人を見回した。

「その答えも含めて、少しだけ私に話をさせてもらえないでしょうか。ここへ来たのは、あなた方を傷つけたり、困らせたりするためではありません。どうか今は、わずかでいい、私の話を聞く時間をとって欲しいのです」

最後の言葉には、どこか切実な響きがあった。

銭形は様子を確認するように、一文字の方にちらっと視線を送った。

それを敏感に察したのか、一文字が静かに口を開く。

「俺も最近は、ショッカーから身を隠すために“ 一文字 ”という名前を使わないようにしようと思っていた。……あんたは、その名前も分かるのか?」

先ほどより、声の棘がわずかに取れていた。

西山は頷き、落ち着いた調子で答える。

「あなたが使おうと思っていた名前かどうかまでは分かりません。しかし、私の知っているあなたの本当の名前は――『今田勝久』です」

その名前を聞いた瞬間、一文字は一度だけゆっくりと瞬きし、わずかに目を細めた。

そして隣の銭形に向かって短く告げる。

「……合ってる」

そのやり取りを聞いているうちに、川島の胸を締め付けていた恐怖は、いつの間にか霧のように薄れていた。

隣を見ると、不二子の顔にもさっきまでの怯えはもう残っていなかった。

ただ――

やはり、この男・西山健作が何者なのかは分からない。

そして彼が口にする事実は、どれも川島にとって意味不明で、理解が追いつかないものばかりだった。

他の3人も、この状況を理解しようと必死に思考を巡らせているのだろう。

短い沈黙が、4人の間に重く垂れ込めていた。

その沈黙の中に西山が静かに言葉を挟んでくる。

「これは先週、池脇君にもお伝えしたことですが……もし私が、あなた方を狙う“刺客”のような存在なら、ひとりでのこのことは来ませんよ。インターポールにしろ、ショッカーにしろ、あなた方を捕らえようとするなら、必ず大人数で動くはずです」

そう言って、西山はゆっくりと川島たちの顔を順に見ていった。

川島は、その視線を受け止めながら、また考えを巡らす。

確かに、西山の言葉は筋が通っている。それに何より、ここまでのところ、この男から危険な気配はまるで感じられない。どうやら西山は本当に自分達に危害を加えてくる人物ではないのだろう。それは間違いなさそうだ。

――ただ。

何故だかわからないが、西山の中には、川島の心を微かにかき乱す何かがあった。

「とにかく……少しだけ私に時間をいただけませんか。黙って、私の話を聞いてください。これは、あなた方の今後にとって非常に大切な話なのです」

西山は、その場の空気を確かめるように4人の反応を待った。

だが、誰も口を開かないのを確認すると、「椅子を借りますね」と小さく言い、隣のテーブルから椅子を一つ引き寄せて4人の傍らに腰を下ろした。

続けて、西山は立ちっぱなしの銭形と一文字に視線を送る。

二人はまるで電源が落ちたロボットのように、ぎこちなく膝を折り、その場の椅子に沈み込んだ。

それを見て、川島と不二子も、ゆっくりと腰を下ろした。

つい先ほどまであれほど勇猛だった銭形と一文字が、いまではすっかり大人しくなっている。

ということは――彼らも直感的に、西山が危険な相手ではないと感じ取ったのだろう。

それでも、二人の顔には、どうしても拭いきれない戸惑いが浮かんでいた。

4人は椅子に腰を下ろすと、何となく互いに視線を交わしたが、誰も口を開こうとはしなかった。

そんな静寂の中、西山は淡々と動き始める。

彼は持ってきたやや大きめのビジネスバッグを開き、中からビデオカメラを取り出した。

「これから話す内容を映像として残しておきたいのです。今日ここで、皆さんと話したという“証拠”として」

そう告げると、席を立ってカメラをカウンター上に置き、四人全員が映る角度へ慎重に調整する。

それから、何事もなかったかのように自分の椅子へ戻った。

「では――」

西山は改めて面々をを見渡し、ゆっくりとした口調で語りはじめる。

そして、彼の口から、4人の隠されていた真実が明らかになったのだった……。

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