第9話

お父様が亡くなり、残された私は意地悪な継母とその娘たちにいじめられ、家の掃除や洗濯、料理まですべて押しつけられていた。

いつの間にか、私は家の中で一番身分の低い使用人のような存在になっていた。

それはまさに、どん底の生活だった。

そんな中、奇跡が起きた。

今でも、それが夢や錯覚だったのではと疑ってしまうことがある。

ある日、突然、目の前に魔法使いのおばあさんが現れ、私がお城の舞踏会に行けるよう助けてくれたのだ。

かぼちゃの馬車、それを引く白馬、従者の制服、そして純白のドレスにガラスの靴。みすぼらしかった私を、一瞬にしてお姫様へと変えてくれた。

私は急いでお城に向かい、そこで王子様に出会い、見初められた。

意地悪な継母たちに仕返しもでき、天国のお父様にも幸せな姿を見せられた気がした。あの夜は、私の人生で最も輝いていた瞬間だった。

しかし、その幸せは長くは続かなかった。

王女として迎えられ、愛する人の妻として夢のような日々を過ごしていた。

私が王女として新たに加わったことで、王室は活気づき、人々の王室に対する愛着や支持が広がっていった。

そんな中、古い王室のやり方に不満を持ち、現王家の転覆を目論む者達の動きが陰で活発になっていた。私に子供ができる前に、何とかしなければならないと思ったのかもしれない。

当然私には、そのような動きなど知る由がなかった。

王室の人達も皆、待ちに待った王子の婚姻に浮かれてしまい、注意がおろそかになっていたのだろう。

そして――ある深夜。

ドン、ドン、ドンと、寝室の扉が乱暴に叩かれた。

「……何かしら?」

騒々しい音に目を覚ますと、隣では愛する王子がまだ眠っていた。

ドン、ドン、ドン――寝室の扉が激しく叩かれた。

「王子様、王女様! お逃げください!」

続いて、ドアの向こうから従者の声が聞こえてきた。声の調子から、ただ事ではないのがわかった。

「王子様、起きてください」

私は王子をゆすった。

「んん…。どうしたんだい?」

「何か様子かがおかしいです」

その時、ドン、ドン、ドンと、もう一度ドアが叩かれた。

「王子様、クーデターです!奴らがクーデターを起こしました。すぐにお逃げください」

先程よりも大きな声が扉の向こうから響いた。

王子の顔色が一瞬にして変わり、急いでベッドから飛び降り、ドアに走って向かった。

私は何が起こっているのかよくわからなかったが、何か良くない状況にあることだけは感じられた。

王子は、内側からカギを外し、従者を部屋に招き入れ、またカギを掛けた。

「何が起こっている!」

「城が襲撃されております!城の兵士たちもほとんどが倒されました。もう時間がございません!」

「なんてことだ…」

王子の顔色が蒼白になった。

王子は何事かを考えていたが、不意に「父上は?王は無事か?」と従者に尋ねた。

「わかりません。王の寝室付近でも戦闘が……」

「くそっ!」

「シンデレラ! すぐに着替えなさい。できるだけ目立たない服に着替えるんだ!」

言われるまま衣裳部屋へ向かったが、並ぶのは豪奢なドレスばかり。この緊急時にふさわしい服などないように思われた。それでも、比較的色合いが暗めのドレスを見つけ出し、手に取った。

その時――隣の寝室から怒鳴り声と物音が響いた。

私は恐怖で立ち尽くし、頭の中は真っ白になった。その場に立っていられたのが不思議なくらいだった。

全身の感覚を失い、どれほどの時間が過ぎたのかもわからない。ようやくぼんやりとした頭が、周囲を認識し始め、自分の置かれていた状況を思い出した時には、静寂が戻っていた。

まだ頭も体も思うように動かない状態だったが、寝室の状況を確認しなければならない。愛する王子様が無事かどうかを確認しなければ。

足を動かすことに全神経を集中し、壁に寄り掛かりながら、隣の部屋へと移動した。

部屋の中は、明かりが消えて暗かったが、開かれたドアから微かに光が差し込んでおり、なんとか様子を確認することができた。

一見すると、いつもと変わらない状態に見えた。ただ一つ、ドアの近くに人が倒れていることを除けば。

私は、そこで完全に体の力を失い、その場にしゃがみこんでしまった。

この場所からは、その人の顔を確認することはできない。それでも、私にはそれが誰であるかわかった。

その床に倒れている人影は、人形のように動かなくなってさえ、優雅な雰囲気を醸し出していた。

私は床を這いながら、何とか倒れている人の傍までたどり着いた。

王子は、私の愛する王子は静かに目をつむったまま動かなかった。私は王子様の胸にすがり、泣き崩れた。


……その後、いかにして城を抜け出し、この町まで辿り着いたのか思い出せない。きっと、生き残った従者に連れられ、命からがら辿り着いたのだろう。

ここまで来れば、もう身の危険はないはずだったが、今でも時折、暗闇の中に気配を感じることがあった。刺客がまた現れるのではないかと……。

こんな記憶は思い出したくもなかった。あの銭形というお客のせいで、忌まわしい記憶が鮮明に蘇ってきてしまった。しかし、この記憶からは一生逃れることはできないことも分かっていた。事あるごとに、鮮やかに蘇り、自分を苦しめることだろう。

記憶が曖昧になっている部分もあるが、この町に逃げてきたのは、確か半年以上前のことだった。それからしばらくの間は、毎日悲しみに暮れていた。その後の生活への不安もあり、非常に苦しい日々だった。

けれど最近、再び“王子様”と呼べる人に出会った。そして、再び幸せな生活が始まっている。

前の王子を裏切るようで心は痛むが、もう孤独に耐えることはできなかった。そう思うと、一週間前のあの奇跡的な出会いに心から感謝していた。

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