End7

 目が覚める。

 辺りを見渡す。

 いつもと変わらない自分の寝室の光景だ。

 ただ一つ、布団のちょうど腹の上辺りにナイフが置かれていることを除いては。

 恐る恐るナイフを見つめる。

 ナイフは鈍く銀色に光っていた。

 その光は己を飲み込みそうな狂気的な美しさを持っていた。


 どうする?


 机の上を見る

 外を見る

 何もしない


「机の上を見る」


 机の上を見た。

 様々な小物が置いてある。


 どれを取る?


 CD

 スマホ

 紐


「CD」


 CDを取った。

 CDはマリオネットの劇が記録されたものだった。


「マリオネットはいいなあ、ただ指示に従うだけでいいんだから」


 思わずそう呟いてしまう。

 己の意思を消して、誰かの言うままに動く生活ができたらどれだけ楽であろうか。

 私は生まれつき自分の意志というものが強い。

 自己中心ともいえるような性格で、他人とのぶつかり合いが絶えなかった。

 この性格のせいで全て自分の思い通りにしなければ、気が済まなかった。

 もし、他人の言うことをすべて聞けるような人間だったらここまで苦労せずに済んだだろうに。

 そう悔やんでいるとナイフの色が少し黒みを増した気がした。

 不思議と自己中心の自分が少し薄まった気がした。

 ……今からでも変われるだろうか。


 どうする?


 部屋の外に出る

 諦める

 マリオネットになる


「マリオネットになる」


 どこかの偉い人が言っていた。

 変わろうと思った時から変われるのだと。

 なら私は今からマリオネットになろう。

 以前までは怖くてなれなかった。

 だけど、このナイフを持った今ならできる気がする。


 私はマリオネットになるために物置に向かうことにした。

 物置は階段の裏手にある。


 部屋のドアを開けると、謎の球がいた。

 球には心の喜怒哀楽と書かれていた。


 殺しますか?


 Yes

 No


「Yes」


 喜怒哀楽なんてものは果たしてマリオネットになるにあたっているだろうか。

 マリオネットにおいて喜怒哀楽とは必要な時にそう感じているようにふるまう、技術であり、道具である。

 心から湧き上がるようなただの喜怒哀楽はいらない。

 実際道具ではない、心の喜怒哀楽に振り回されてきたのが、ポーカーフェイスなど一切できない私だ。

 これのせいでどれだけ多くの人の背中を見るはめになったのだろうか。

 私は哀しみを感じたような気がした。

 まあいい、先に進もう。


 階段へ向かい下りる。

 階段を下る音は何もない空間に反響して響いていた。


 階段を下りて、物置に向かおうとすると、大量の糸が張り巡らされていた。


 これらの糸を断ち切りますか?


 Yes

 No


「Yes」


 こんな糸で私を止められると思ったら間違いだ。

 一本一本ナイフで切り払いながら進む。

 一本切るごとに様々なことを思い出す。

 小学生のころ喧嘩別れをした親友、中学校の時私に別れを告げて去って行った恋人、高校生の時に呆れを切らして私をいないものとして扱うようになった先生。


 何本か糸を切ったところで気づいた。

 きっとこれは私の未練の糸なのだと。

 そして、その未練が私がマリオネットになるのを止めているのだと。

 マリオネットになるということは、自分と自分の体を切り離すということである。

 それは己に染みついている未練を全て忘れ去るということでもある。

 私は未練を捨てきることが、できていないから、今それは糸となって具現化して私を縛ろうとしているのだ。


 だが、未練を捨てきることができなくても、私にはとうに未練を殺す覚悟はできている。

 またあんな思いをしないように、全てを捨てて誰かを傷つけないような自分になるという強い決意を持っている。

 だから、私は糸を切るのをやめない。

 それに、ここまで来たならもう止められない。

 歩みを止めず糸を次々と切っていく。


 心の底から話し合える友達が欲しかったという私の願い、好きな人に対する恋愛感情、誰かを助けられるような弁護士になりたいと思っていた私の夢への未練、そういった未練が断ち切れていった。


 気が付くと目の前は開けていて、糸は一本もなくなっていた。

 どうやらすべての糸を切り終わったらしい。

 廊下の角を曲がり、物置へと至る。


 物置の前、そこの前には扉があかないように抑えている球がいた。

 意志と球には書かれていた。


 殺しますか?


 Yes

 No


「Yes」


 私は己の意思をずっと消せなかった。

 消そうと思ったときでさえ消せなかった。

 明らかに周りのほうが正しいと言えるようなときでも、私は己の意思を貫いてしまった。

 きっとそれは、意思を曲げたり、なくしたりすることで、自分が自分でなくなることが怖かったからだろう。

 だから意思を消せなかった。


 だけど、今の私は違う。

 今の私には、自分がそんなことよりも、はるかに誰かのことを自分のエゴで傷つけるのが怖い。

 また昔みたいに友人が離れていき、周りから裏で陰口を叩かれるような光景は見たくない。

 そうならないように、自分の意思など捨ててしまおう。


 前は勇気がなくてできなかったけど、ナイフを持ってる今だったらできる。

 私はナイフを振りかざし、球を割る。

 球はとても硬く、なかなか割れなかったが、さらに力を加えると割れて、粉となって消えた。


 邪魔がなくなった私は物置を開け、一つのお面を取り出す。

 それは無機質な、真っ白なお面だった。

 そっとそのお面を私はつけた。


 End7 マリオネット


「他人の操り人形でもいいじゃない。言われた通りのことさえしていれば何も言われないのだから」

 byマリオネット

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