End10
目が覚める。
辺りを見渡す。
いつもと変わらない自分の寝室の光景だ。
ただ一つ、布団のちょうど腹の上辺りにナイフが置かれていることを除いては。
恐る恐るナイフを見つめる。
ナイフは鈍く銀色に光っていた。
その光は己を飲み込みそうな狂気的な美しさを持っていた。
ナイフを手に取りますか?
Yes
No
「Yes」
その美しさに魅入られてナイフを手に取った。
それは手に吸い付くかの様によく手に馴染む。
己の心の奥底の渇望が膨れ上がった様な気がした。
どうする?
タンスをあける
二度寝する
ベッドの下を見る
「タンスをあける」
タンスをあけた。中には一つ、健康祈念の御守りが入っていた。
母が数年前、一人暮らしを始める私にくれたものだ。
すっかり忘れていた。
じっと左手に持ったナイフを見る。
御守りを見ていたら急に料理を作りたくなってきた。
健康祈念のお守りだから自炊でもしろという神からのお達しだろうか。
どっちでもいいが作りたい気分なのでキッチンに行こう。
ドアを開ける。
外には謎の球がいたが、早く料理を作りたかった私は無視する。
トントントンリズムよく階段を下りていく。
階段を降りたところに何故かまた謎の球があったが、邪魔だったのでいったん横にどかした。
あんなものを置いただろうか。
記憶にないが、後で片づけておこう。
キッチンについた。
食材は何があっただろうか。
冷蔵庫を開けてみる。
中には牛肉、玉ねぎ、じゃがいも、人参、カレールー、それと各種の調味料があった。
この食材で作れるものと言ったら一つしかない。
私は早速作り始めた。
最初に玉ねぎをくし形切りに、牛肉、じゃがいも、人参を一口大に切り分けて、そのあと鍋に油をひいて、切った玉ねぎを入れ、ゆっくりと飴色になるまで炒める。
玉ねぎが焦がさないように木べらで絶えずかき混ぜ、甘い香りが立ちのぼってきたら、そこへ一口大に切った牛肉を入れる。
入れた牛肉の表面にうっすらと焼き色がついたら、じゃがいもと人参を加え、全体を軽く炒め合わせる。
炒め終わったら水を注ぎ、沸騰したら火を弱め、浮いてくるアクを丁寧にすくう。
鍋の中が落ち着いたら、ふたをして静かに煮込む。
野菜が柔らかくなったころ、火を止めて、ルーを割り入れ、溶け残りがないように混ぜる。
再び弱火にかけ、とろみがつくまで気長にかき混ぜる。
香りが濃くなり、鍋の縁に静かに泡が立ちはじめたら、最後に隠し味のある調味料を入れて、それで出来上がりだ。
「幸せ」ができた!
幸せを器によそい、スプーンと一緒に器をリビングのテーブルの上に置く。
幸せからは湯気がたっていた。
椅子に急いで座ると、はやる気持ちを抑えて手を合わせる。
「いただきます!」
早速スプーンを手に取り食べ始める。
幸せをスプーンいっぱいにすくい、口へと運ぶ。
一口目は、とろけるように甘かった。
またスプーンを口へと運ぶ。
二口目は、ほろ苦い美味しさだった。
三口目は旨辛で、四口目はさっぱりとした酸っぱさで食べるごとに味が変わってとても美味しい。
あっという間に完食してしまった。
幸せを食べた私は今、とても幸せだ。
お腹がいっぱいになったせいか、眠気がやってくる。
夢見心地になりながら私は思う。
人を殺せるようなナイフでも、美味しいものを作るのにも使えるのだなと。
そうして私は眠りについた。
End10 料理人
「凶器もまた、使い方次第」
by料理人
ところで思うのだが、くすりによる幸せもまた、幸せなのだろうか。
たとえ、幻想の幸せであったとしても。
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