End?????

 目が覚める。

 辺りを見渡す。

 いつもと変わらない自分の寝室の光景だ。

 ただ一つ、布団のちょうど腹の上辺りにナイフが置かれていることを除いては。


 恐る恐るナイフを見つめる。

 ナイフは鈍く銀色に光っていた。

 その光は己を飲み込みそうな狂気的な美しさを持っていた。


 ナイフを手に取りますか?


 Yes

 No


「Yes」


 その美しさに魅入られてナイフを手に取った。

 それは手に吸い付くかの様によく手に馴染む。

 己の心の奥底の渇望が膨れ上がった様な気がした。


 どうする?

 

 トイレに行く

 着替える

 水を飲む


「トイレに行く」


 そうだ、トイレに行こう。

 昨日がぶ飲みした水のせいで、今猛烈にトイレに行きたい。

 ダッシュでドアを開け、トイレに向かって走る。

 出たところに何かよく分からない球があったが、急いでいたので避けてそのままトイレに向かう。

 漏れそうだ。


 トイレに至ると勢いよくドアを開けた。

 そこには、洋式トイレの被り物を被った、上半身裸でなぜか海パンを履いたマッチョマンがいた。

 コンマ一秒固まる。

 だが、俺は、困惑しながらもトイレに行きたかったので、その勢いのまま片手でマッチョマンを掴み、外に投げ飛ばしてドアを閉めた。

 今思うと、火事場の馬鹿力というやつだったのだろう。


 数分後、すっきりした俺はドアを開ける。

 目の前にはマッスルポーズをした、不審者がいた。

 ドアをすぐ閉めて、俺は夢かと思って目をこする。

 またドアを開けてみた。

 また不審者がいた。

 また閉める。

 現実は変わらなかった。


「やあ少年、一緒にここから脱出しないか?」


 ドアを開けて、不審者が入ってきた。

 俺は、思わず叫び声をあげた。


 エンド????? 絶叫


 数分後


「やあ少年、落ち着いたかい?」


 逃げようとして、首根っこを掴まれた俺は何とか落ち着きを取り戻していた。


「はい、落ち着きましたが、あなたは誰ですか」


 思わず素性を尋ねてしまう。

 ただの不審者に尋ねる必要などないのに。


「よくぞ聞いてくれた! 我が名は……トイレマンだ!」


 そのまんまだった。


「ところで少年、私と一緒にこの屋敷から脱出しないか?」


 トイレマンとかいうやつは俺が困惑しているのも気にせずに話を進めてくる。


「脱出って、この家は俺の家ですし、普通に玄関から出れると思いますけど」


 何を言っているのだろうか。


「ここを普通の家だと思うのか? じゃあ見ているがいい」


 そう言うと、トイレマンはどこかからダンベルを取り出し、近くの窓へと投げつける。

 ダンベルが窓にぶつかるとガンという音がして、ダンベルが弾き飛ばされた。


「これでも、普通の家だというのか? ここは少年の家の格好をしているのかもしれないが、ここは少年の家ではない。我々を閉じ込めている檻だ」


 トイレマンは言った。思わず声が出なくなる。

 俺が閉じ込められている?

 確かに先ほどの光景を見たらそう思わざるをえない。

 考え込んだ俺を見てトイレマンは言う。


「まあ、どちらにせよまずは玄関に向かってみないか? 実は私はさっき起きたばっかりであまり状況を把握していないんだ。少年の様子を見る限り少年もそうだろう」


 そう言ってトイレマンは右手を差し出す。

 力も勇気もない俺は、その手を取るしかなかった。


「ところで少年、右手に持っているのはなんだ?」


 唐突にトイレマンが問う。


「ナイフですけど」


「ふむ、少年それを手放せ。そのナイフからはあまり良くないものを感じる」


「えっそうなんですか」


 自分にとっては持っていると落ち着く良いナイフだったのだがあまり良くないものらしい。


 どうする?


 ナイフを手放す

 ナイフを手放す

 ナイフを手放さない


「ナイフを手放さない」


 トイレマンのスキル発動、Wash。

 その選択肢は消されました。

「ナイフを手放す」が選ばれます。


「あの、ナイフが何故か手放せません」


 ナイフを手放そうとしたが、指がくっついたかの様に離れない。


「ふむ、見せてみなさい」


 そう言ってトイレマンは俺のナイフを持った手を自分の方に引き寄せる。


「ああ、なるほどな」


 そう言ってトイレマンは、ナイフを握りしめている俺の指を一本ずつ掴み、ほぐすように外していく。

 その動作が5回行われた後、ナイフはカランという音がして床へと落ちた。


 トイレマンはその落ちたナイフを拾うと、


「パワー!」


 と言って刃をへし折る。

 ……ナイフってそんな簡単に折れるものだったっけ?


「よし、じゃあ少年、玄関までの案内を頼む!」

 相変わらず話を勝手に進めるトイレマンである。

 俺はその後を急いで追いかけるしかなかった。


 俺の部屋の前まで戻ると、部屋の前にあったはずの謎の球は消え、代わりに黒い人型の影の様なものがいた。

 影は俺たちを認識すると飛びかかってきた。


 ここで何故か脳内に音楽が流れ、謎の声が聞こえてきた。


「嫉妬」が飛び出してきた!


 どうする?


 戦う

 アイテムを使う

 逃げる


 ……どこかで見たことがあるシステムな気がする。

 呆気に取られているとトイレマンが動いた。

 またアナウンスが聞こえる。


 トイレマンの攻撃 「ウォッシュパンチ」

「嫉妬」に当たった。効果は的面のようだ!

「嫉妬」は倒れた。


 やけに陽気な音楽と聞き覚えのあるセリフが聞こえる。


 二人は戦いに勝利した! 0経験値を得た。


 ……色々言いたいことがあるが触れたらまずい気がするので黙っておこう。


「ふーいい汗かいたぜ」


 能天気なトイレマンが隣でそんなことを呟いている。

 というかトイレマン強くね?

 普通敵をワンパンなんてできないって。

 心の中でそんなことを思うが口には出さない。

 これもなんか面倒臭いことになりそうだからだ。


 それからは玄関までトントン拍子だった。

 ダイジェストで説明すると、


「憎しみ」が現れた!

 トイレマンの攻撃 「ウォッシュキック」

「憎しみは倒れた」!


「絶望」が現れた! 「ウォッシュ背負い投げ」

 勝利!


「狂気」!

 勝利!


 全部瞬殺だった。

 相手が弱いのかと思ったが、おそらくトイレマンが強いだけだろう。

 だって……今もつま先立ちで歩いているぐらいマッチョだから。


「筋トレとトイレこそが正義!」


 そんなことを言っているが下手に返事をすると不審者仲間に誘われそうな気がするのでスルーしておく。

 気が付くとあっという間に玄関に着いていた。


「おっ少年、鍵はかかってなさそうだ! ようやく出られるぞ!」


 といっても最初にあってからまだ30分も経っていないのだが……。

 俺はドアを開けようとしているトイレマンを呼び止める。

 彼にどうしても聞きたいことがあったからだ。


「トイレマン、出る前に1つ聞きたいんですけど」


「どうした少年? 何でも聞きたまえ」


「どうしてトイレの格好をしているんですか?」


 彼の一番のアイデンティティであり、一番の謎、俺はどうしてもその恰好をしている理由が知りたかった。

 トイレの格好をしていたら、他の人から笑われたり馬鹿にされたりするのは簡単に予想できること。

 彼もそれはおそらく理解しているだろうし、実際に経験もしているだろう。

 だが、彼はそれでもトイレの格好をし続けている。

 その理由を俺は知りたかった。


「なあに、簡単なことさ。私はトイレような人間になりたいからだ」


「どういうことです?」


「トイレはな、汚いものを流すだろ。俺はな、トイレみたいに、戦争とかテロとか、そういう汚いものを全て洗い流すような存在になりたいんだ。」


「……それって理想論じゃないですか?不可能だと思うんですけど」


「そうかもな。私だって世界がきれいごとだけでできていないことも知っているし、きれいごとだけで世界が成り立たないことも知っている。この世から争いをなくすことができないのも理解している。だから私がやろうとしていることができそうにないといわれるのも分かる。でもな、俺1人が戦争やテロをなくそうとするだけでも、世界の80億分の1の人は幸せをつくる力を持つってことになるんだ。そう思うと、意外ときれいな世界も創れそうに思えないか? だから俺はその一歩として汚いものを流す存在であるトイレを見習って、トイレの格好をしているってわけだ。何事も形からだっていうだろ?」


 そう言う不審者トイレマンは、何故か輝いて見えた。

 少々論理は飛躍している気がするが。

 そうとは言ってトイレの格好をする奴はいないだろう。


 トイレマンが玄関のドアを開ける。

 外からはまぶしい光が差し込んできた。

 そして彼は俺に向かって手を伸ばす。

 俺はトイレマンの手を取り、一歩光のほうへと踏み出した。


 End トイレマン

「誰かがやると思っていたら誰もやらない。自分がやって初めて誰かがやる。自分一人で世界を変えることはできないかもしれないが、自分一人でも世界を変えるきっかけをつくることはできる」

 by トイレマン


 ちなみに世の中にはこういう言葉もある。


「世界では良い奴から死んでいく」

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