End3

 目が覚める。

 辺りを見渡す。

 いつもと変わらない自分の寝室の光景だ。

 ただ一つ、布団のちょうど腹の上辺りにナイフが置かれていることを除いては。

 恐る恐るナイフを見つめる。

 ナイフは鈍く銀色に光っていた。

 その光は己を飲み込みそうな狂気的な美しさを持っていた。


 ナイフを手に取りますか?


 Yes

 No


「Yes」


 その美しさに魅入られてナイフを手に取った。

 それは手に吸い付くかの様によく手に馴染む。

 己の心の奥底の渇望が膨れ上がった様な気がした。


 どうする?


 二度寝する

 カーテンを開ける

 自分の体を確認する


「自分の体を確認する」


 体に痛みを感じて自分の体を確認する。

 体にはたくさんのあざと瘡蓋がある。

 全て学校で虐められている時にやられたものだ。

 その中で一つ、一際色が濃いものがある。

 それはあいつにやられたものだ。


 その傷を触りますか?


 Yes

 No


「Yes」


 痛みとともに封じ込めていた記憶が蘇る。

 あいつは、幼稚園からの知り合いでで幼馴染というものだった。

 いつも一緒にいて、親友と言える存在だった。

 おそらく彼も同じ様に思っていてくれたことだろう。

 少なくとも高校生までは。


 高校生になると、理由は分からないが俺は虐められた。あいつも一緒に。

 まあ、いじめとはそういうものだろう。

 ある日突然理不尽に始まって理不尽に終わる。


 毎日、殴られ蹴られる。

 それでも、俺は耐えられた。

 あいつがいたから。

 だが、ある日、あいつは急に俺をいじめっ子たちと同じ様に虐めるようになった。

 あいつはこう言った。


「俺たちは周りから弱いと思われているから虐められるんだ。だから、俺がお前より強いと思われれば俺は虐められなくなるはず」


 俺はその言葉を聞いて憤りを感じたが、恨みを持つまでには至らなかった。

 俺を虐めることであいつが親友が虐められなくなるのであればそれでも良いと思ったぐらいだった。

 だが、違和感を感じたのは数ヶ月経った後だった。

 数ヶ月俺を虐め続けたお陰かは分からないがあいつは虐められなくなっていた。

 むしろクラスの中心人物となっていた。


 だから俺はこれ以上、少なくとも親友からは虐められないと思っていた。

 あいつはもう虐められる側ではなくなったのだから。

 だが、予想に反してあいつは俺を虐め続けた。

 しかもその頻度は日に日に増してきていた。


 俺はそのうち気づいてしまった。


 あいつはもはや、虐められないためでなく、己の加虐心を満たすためだけに俺を虐めていると。


 ある日俺はあいつに向かって叫んだ。


「もう、お前は虐められなくなった。だからこれ以上俺を虐める必要はないはずだ。なのに何故こんなにも執拗に虐め続けるんだ! 頼むから元のお前に戻ってくれよ」


 あいつから帰ってきたのは経った一言だけ。


「人は面白い玩具を簡単に手放すと思うかい?」


 どうしてあいつはバットを構え、俺に向けてスイングした。


 この傷はそうしてできたものだ。

 ……嫌なことを思い出してしまった。

 思わずため息をつく。

 ……もっと俺が強ければな。

 ナイフを強く握りしめる。

 ナイフが一瞬波打った様な気がした。

 それとともに俺の心には勇気と黒い感情というものが芽生えた。

 さて、どうしようか。


 どうする?


 何もしない

 あいつに会いに行く

 カバンを開ける


「あいつに会いに行く」


 あいつに会いに行こう。

 このまま玩具にされていたら俺は間違いなく死ぬ。

 ならばその前に何かを変えなければ。

 

 部屋の外に出ると謎の球が浮かんでいた。

 中には恐れという文字が書いてある。


 殺しますか?


 Yes

 No


「Yes」


 ナイフを振り下ろして球を切り裂いた。

 球は綺麗に真っ二つになり、そのまま消えた。

 恐れ。

 俺はこれがあるせいで、虐められても何もやり返せず、誰かに助けを求めることもできなかった。

 これのせいで俺は何もできなかった。

 だが、これを殺した俺はもう違う。

 


 そのまま階段を降りる。

 一段降りるごとに自分が少しずつ変わっていく気がした。


 階段を降りてリビングについた。

 どうする?


 台所に行く

 玄関に行く

 階段を登る


「台所に向かう」


 台所に向かったが、行く途中にまた球が落ちていた。

 殺さなければ通れそうもない。

 球には同情心と書かれている。


 同情心を殺しますか?


 Yes

 No


「Yes」


 同情心、俺はずっとこれを無くしたかった。

 これがなければ、俺はあいつから虐められることもおそらくなかったからだ。

 俺はあいつの境遇に同情してしまい、虐められることをから今、この様になっている。

 同情心などもう要らない。


 台所についた。

 戸棚を開ける。

 そこには二本の包丁がある。


 どちらを取りますか?


 古い錆びた100円で買った包丁

 最近買った一万円の包丁


「古い錆びた100円で買った包丁」


 俺をしつこく虐め続けたあいつにはこの包丁がお似合いだろう。


 錆びついた包丁を懐に入れる。

 さあて、準備は整った。


 リビングを通り過ぎ、階段を通り過ぎ、玄関へと至る。


 玄関の前には俺が外に出るのをやめさせようとしているかのように球が立ち塞がっている。


 親友との思い出がいる。殺しますか?


 Yes

 No


「……Yes」


 球を左手で持ち、握り潰す。

 あいつと初めて出会った日のこと、喧嘩をした日のこと、一緒に勉強した日のこと、一緒に映画館に行った日のこと、すべてが頭に浮かび、また消えていく。

 気づかないうちに涙が一筋、頬をつたっていた。

 だが、一筋しか流れなかった。


 握りつぶしたことによって飛び散った破片が手に刺さる。

 鋭い痛みを感じたがその痛みは、思い出と同じようにすぐに消えた。

 俺の心はもう、この球の様に砕けてしまったらしい。

 思わず笑ってしまう。

 あんなにも難しいと思っていたことがこんなに簡単だったとは。


 俺にはもう、あいつに対する恨み以外何も残っていない。

 他の人はこれを悲しいとでも称するのだろうか。

 だが、俺の心は今までにないほど澄み切っている。

 俺にとってはこれは嬉しい心境だ。


 この後、俺はあいつに会いに行くつもりだ。

 あいつに会った後どうなるかは俺にもわからない。

 まあ、その時はその時考えればいいだろう。

 俺は玄関の扉を開けた。


 End3 復習を成す者

「『頼む、許してくれ』だって?その言葉は、以前俺がお前に言った言葉じゃないか。もう、俺は心を殺したんだよ。お前はもう、親友じゃなくてだ」by復讐を

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