第10話 ちゃんと守ってよ?
猛進は
「ねぇ、うり
そう7番レーンで1人、もくもくと白桃色のハウスボールを投げる猛進の背中に応花が声をかける。
「や~っぱ。全然違うよなぁ。」
猛進の言葉に応花は「え?」と聞き返す。
「お前ん家の店で投げたハウスボールとだよ。
そう言いながら猛進は自分の左手を見つめる。
「だから、それは自分の手に合ったボールじゃないからでしょ?」
呆れた様子で言葉を返す応花に近づきながら、猛進は「おっしゃる通りです。」と冷めた様子で答える。
自分勝手な態度の猛進に不満の眼差しを向けながら、応花はほっぺたを膨らませる。
「で?なんだって?」
応花から少し離れた椅子に座ると、猛進は尋ねる。
その問いの意味が分からず、応花は「え?」と聞き返す。
「さっき、なんか言ってたろ?」
猛進の言葉に(やっぱり聞いてなかったのか、この男。)と思いながらも、応花は答える。
「だから、公式戦だよ。こ・う・し・き・せ・ん。」
「あぁ。」
そう答えながら猛進は応花から視線を外す。
「マイボールたちも、来週の初めにはできるってお父さんたち言ってたし、今月の終わりの公式戦なら出られるよ。 うり兄だって、来年のプロ試験大会まで、ただぼ~っと待ってる気なんてないんでしょ?だったら、大会の空気を味わうためにも、公式戦に出るのが1番だよ。」
そう明るく説明する応花を、猛進は乗り気ではない目で見つめる。
「なによ、その目。」
応花が不機嫌に目を細めて尋ねる。
「いやね。公式大会って言っても、出るのは全員アマチュアだろ?」
「当たり前でしょ?プロの大会じゃないんだから。」
応花の返事を聞いて、猛進は背もたれに体をぐ~っと預けて伸ばす。
「あ~ぁ、昔みたいに、プロアマ混合の大会がありゃいいのになぁ。」
「今はそういう時代じゃないのよ。 プロとアマチュアの世界を完全に分けることで、プロの世界の特別感を出すのよ。」
「さ~ぁいで。」
気だるそうにそう言いながら、猛進は椅子に倒れ込む。
そんな猛進の姿を見て、応花は呆れた様子でため息をこぼす。
「つまり、アマチュア相手じゃ燃えないわけね?」
応花の言葉に、猛進は無言で“その通り”と言うように人差し指をさす。
(困った
そう応花は心の中で呆れるのであった。
*
その日の夜、夢近家。
「兄々、入ってもいい?」
兄である
「あぁ、いいぞ。」
兄の返事を聞き、応花は扉を開ける。
「お前が確認をとってから部屋に入るなんて珍しいな。」
そう言いながら純は「30kg」と書かれたダンベルを右手だけで上げる。
「前、うり兄に制服見せに行った時に軽く文句言われてね。」
そう答える妹に、純は笑ってみせる。
「あいつの文句はだいたい、ひねくれからくる口ぐせみたいなもんだろ?」
兄の言葉に応花は少し考えてから「そうだね。」と答える。
「で?なにか用か?」
純がそう尋ねると、応花は声を明るくして答える。
「まだ渡してなかったでしょ?」
「なにを?」
「プロ入りおめでとうのプレゼント。」
そう言って応花は手作りのリストバンドを純に渡す。
そのリストバンドには、ボウリングのストライクマークと、その上にクローバーの絵が刻まれていた。
「ストライクマークは分かるけど、このクローバーは何なんだ?」
そう純が尋ねると、応花は“待ってました”という笑顔を見せて答える。
「クローバーの3つの葉は兄々とうり兄──そして、ウチだよ。 それと、クローバーの花言葉は“約束”だから。兄々とうり兄がプロの1番大きな舞台で戦うっていう約束が叶うようにって意味。その約束は二人だけじゃなくて、ウチとの約束でもあるんだから、ちゃんと守ってよ?」
そう言う妹に純は軽く微笑むと、「あぁ。任せろ。」と自信満々に答える。
「このリストバンド、猛進がプロになった時にも渡すのか?」
そう聞かれた応花は笑顔を見せて「もちろん、そのつもり。」と答える。
その後、思い出したように言葉を続ける。
「そうだ。兄々、聞いてよ。」
「ん?」
そう聞き返しながら純は目線をリストバンドから応花へと向ける。
応花は兄の目を真っ直ぐ見つめながら、真剣な声で昼の出来事を話す。
応花の話を聞いて、純は大きな声で笑う。
「も~。笑い事じゃないよ。 このままだと、うり兄、来年のプロ試験大会まで、時間を無駄に使うことになるんだよ?兄々だって、来月から公式大会が始まるんだから、うり兄の相手をしてられないでしょ?」
「まぁ、中学卒業と同時にこの町も出る気だしな。」
純の言葉に応花は思い出したように言う。
「あ、そっか。
契約場とは、プロになった選手が練習場として、“日本ボウリング協会”が管理している公式のボウリング場と契約を結ぶことである。
契約を結べると、そのボウリング場での練習が認められ、一般のお客さんの目を気にせず練習ができる。 さらに、契約選手の中でもトップ十人に入るほどの成績を残した選手には、個人で使える個人レーンが1つ与えられる。
「あぁ、“ボウ・キング”に決めたよ。 なんせ、あそこには現キングが契約してるからな。」
そう答える純の口元には笑みが浮かんでいた。
「なるほど。兄々らしい選択理由だね。まぁとにかく、兄々からも、うり兄を説得してよ。このままだとプロ入りできるかどうかも怪しいよ。」
そう妹にお願いされて、純は「分かったよ。」と答える。
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それでは、また次回お会いしましょう。
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