第10話 ちゃんと守ってよ?

猛進もうしん夢近ゆめちか夫妻にマイボールなどを頼んでから、約1週間ほどが経つ。


猛進は応花おうかを連れて、桜のつぼみに来ていた。


「ねぇ、うりにぃ。聞いてる?」


そう7番レーンで1人、もくもくと白桃色のハウスボールを投げる猛進の背中に応花が声をかける。


「や~っぱ。全然違うよなぁ。」


猛進の言葉に応花は「え?」と聞き返す。


「お前ん家の店で投げたハウスボールとだよ。子供ガキの頃から投げてるから全然違和感なかったんだけど、あのハウスボールを投げてからは、な~ぁんかしっくりこねぇんだよなぁ。」


そう言いながら猛進は自分の左手を見つめる。


「だから、それは自分の手に合ったボールじゃないからでしょ?」


呆れた様子で言葉を返す応花に近づきながら、猛進は「おっしゃる通りです。」と冷めた様子で答える。


自分勝手な態度の猛進に不満の眼差しを向けながら、応花はほっぺたを膨らませる。


「で?なんだって?」


応花から少し離れた椅子に座ると、猛進は尋ねる。


その問いの意味が分からず、応花は「え?」と聞き返す。


「さっき、なんか言ってたろ?」


猛進の言葉に(やっぱり聞いてなかったのか、この男。)と思いながらも、応花は答える。


「だから、公式戦だよ。こ・う・し・き・せ・ん。」


「あぁ。」


そう答えながら猛進は応花から視線を外す。


「マイボールたちも、来週の初めにはできるってお父さんたち言ってたし、今月の終わりの公式戦なら出られるよ。 うり兄だって、来年のプロ試験大会まで、ただぼ~っと待ってる気なんてないんでしょ?だったら、大会の空気を味わうためにも、公式戦に出るのが1番だよ。」


そう明るく説明する応花を、猛進は乗り気ではない目で見つめる。


「なによ、その目。」


応花が不機嫌に目を細めて尋ねる。


「いやね。公式大会って言っても、出るのは全員アマチュアだろ?」


「当たり前でしょ?プロの大会じゃないんだから。」


応花の返事を聞いて、猛進は背もたれに体をぐ~っと預けて伸ばす。


「あ~ぁ、昔みたいに、プロアマ混合の大会がありゃいいのになぁ。」


「今はそういう時代じゃないのよ。 プロとアマチュアの世界を完全に分けることで、プロの世界の特別感を出すのよ。」


「さ~ぁいで。」


気だるそうにそう言いながら、猛進は椅子に倒れ込む。


そんな猛進の姿を見て、応花は呆れた様子でため息をこぼす。


「つまり、アマチュア相手じゃ燃えないわけね?」


応花の言葉に、猛進は無言で“その通り”と言うように人差し指をさす。


(困った義兄にぃにぃだ。)


そう応花は心の中で呆れるのであった。



その日の夜、夢近家。


「兄々、入ってもいい?」


兄であるじゅんの部屋の扉を叩き、応花は確認をとる。


「あぁ、いいぞ。」


兄の返事を聞き、応花は扉を開ける。


「お前が確認をとってから部屋に入るなんて珍しいな。」


そう言いながら純は「30kg」と書かれたダンベルを右手だけで上げる。


「前、うり兄に制服見せに行った時に軽く文句言われてね。」


そう答える妹に、純は笑ってみせる。


「あいつの文句はだいたい、ひねくれからくる口ぐせみたいなもんだろ?」


兄の言葉に応花は少し考えてから「そうだね。」と答える。


「で?なにか用か?」


純がそう尋ねると、応花は声を明るくして答える。


「まだ渡してなかったでしょ?」


「なにを?」


「プロ入りおめでとうのプレゼント。」


そう言って応花は手作りのリストバンドを純に渡す。


そのリストバンドには、ボウリングのストライクマークと、その上にクローバーの絵が刻まれていた。


「ストライクマークは分かるけど、このクローバーは何なんだ?」


そう純が尋ねると、応花は“待ってました”という笑顔を見せて答える。


「クローバーの3つの葉は兄々とうり兄──そして、ウチだよ。 それと、クローバーの花言葉は“約束”だから。兄々とうり兄がプロの1番大きな舞台で戦うっていう約束が叶うようにって意味。その約束は二人だけじゃなくて、ウチとの約束でもあるんだから、ちゃんと守ってよ?」


そう言う妹に純は軽く微笑むと、「あぁ。任せろ。」と自信満々に答える。


「このリストバンド、猛進がプロになった時にも渡すのか?」


そう聞かれた応花は笑顔を見せて「もちろん、そのつもり。」と答える。


その後、思い出したように言葉を続ける。


「そうだ。兄々、聞いてよ。」


「ん?」


そう聞き返しながら純は目線をリストバンドから応花へと向ける。


応花は兄の目を真っ直ぐ見つめながら、真剣な声で昼の出来事を話す。


応花の話を聞いて、純は大きな声で笑う。


「も~。笑い事じゃないよ。 このままだと、うり兄、来年のプロ試験大会まで、時間を無駄に使うことになるんだよ?兄々だって、来月から公式大会が始まるんだから、うり兄の相手をしてられないでしょ?」


「まぁ、中学卒業と同時にこの町も出る気だしな。」


純の言葉に応花は思い出したように言う。


「あ、そっか。契約場けいやくじょう決めたの? 確か、東京にある12の公式ボウリング場全部から契約依頼がきてるって言ってなかった?」


契約場とは、プロになった選手が練習場として、“日本ボウリング協会”が管理している公式のボウリング場と契約を結ぶことである。


契約を結べると、そのボウリング場での練習が認められ、一般のお客さんの目を気にせず練習ができる。 さらに、契約選手の中でもトップ十人に入るほどの成績を残した選手には、個人で使える個人レーンが1つ与えられる。


「あぁ、“ボウ・キング”に決めたよ。 なんせ、あそこには現キングが契約してるからな。」


そう答える純の口元には笑みが浮かんでいた。


「なるほど。兄々らしい選択理由だね。まぁとにかく、兄々からも、うり兄を説得してよ。このままだとプロ入りできるかどうかも怪しいよ。」


そう妹にお願いされて、純は「分かったよ。」と答える。


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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。今回はここまでです。

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それでは、また次回お会いしましょう。

またね~。

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