第9話 腰抜かしそうだ
「身長が154cmで体格は細身。
あぁ、でも、下半身はしっかりしてるわね。」
猛進は今、
だが、お店と言っても“
「次は足のサイズね。」
そう言いながら品孤は計測器を取り出して、猛進の足のサイズを測る。
「24cmね、OK。ユニフォームとシューズに必要な採寸は終わったから、今度はレジの方に行って、旦那に声かけてくれる?」
優しい笑顔でそう言う品孤に、猛進は「ありがとうございます。」とお礼を言うと、服を着て試着室を出る。
「どうだった? 少しは身長のびてた?」
試着室の前で待っていた応花が悪い笑みを浮かべて尋ねる。
そんな応花に猛進は不機嫌な表情を作ると、「うっさい。」と軽く応花の頭を叩く。
「お~い、うり坊~、こっちこ~い。」
純の声に猛進は「あ~い。」と答えながら向かっていく。
応花もそのあとを嬉しそうについていく。
*
「それじゃ、まず、もうちゃんの手の大きさが知りたいから、この端末にいつも投げてる方の手を置いてくれ。」
純たちの父親である“
数秒で測り終わり、信作は元気な声で「はい、OK。」と言う。
その声で猛進は左手を端末から離す。
「次に、もうちゃんの球を改めて見せてくれるかい?」
そう言いながら信作は、先ほど猛進の手の大きさを測った端末を操作する。
すると、壁に取り付けられたデータ実体化器が作動して、レジカウンターの上に赤いハウスボールを作り出す。
「このハウスボールを使って投げてくれ。穴の位置や大きさは、さっき測ったもうちゃんの左手に合うように作られているから。」
そう説明しながら信作はハウスボールを猛進に差し出す。
猛進がそれを受け取ると、信作は立ち上がって、壁に取り付けられたデータ実体化器を操作してお店の内装を変える。
この時代は、データ実体化器1つで内装やレイアウトを簡単に変えられる時代だ。
ただし、建物そのものを広くすることはできない。
周りの家具や他の部屋などが消え、まっさらな状態になったあと、部屋の真ん中にボウリングのレーンが1つ作り出される。
「さぁ、投げてみてくれ。」
そう信作に言われ、猛進はアプローチに入る。
そんな猛進の背中に純が声をかける。
「お前、自分の手に合ったボール使うの、初めてだろ?」
「それがなんだよ。」
「驚くぜ? 絶対。」
純のニコニコした笑顔に猛進は疑問の眼差しを向ける。
(自分の手に合うってだけで、そこまで大きく変わるもんかねぇ。)
そう思いながら猛進はハウスボールを左手に持って構える。
しっかりと狙いを定め終えた猛進は、いつものテンポで助走をつけ、ファウルラインぎりぎりで足を止めると、左腕を大きく上げる。
そして、身体すべての力をボールに流しこんだ瞬間、猛進の身体に電撃が走る。
今までに感じたことのない異様なしっくり感に猛進は驚き、ボールを放つタイミングが遅れる。
放たれたボールは、いつもの真っ直ぐな軌道とは違い、大きく右側にそれる。
その結果、2番・4番・5番・7番・8番・9番と多くのピンを残した。
震えが止まらない自分の左手を、猛進は驚いた様子で見つめる。
「どうだ? あまりのしっくり感に驚いたろ?」
そう微笑みながら言う純に、猛進は目線を向ける。
「あぁ。ボール1つでここまで変わるとは思わなかったよ。」
そう答えたあとに猛進は信作の方へ目線を向ける。
「おじさん、もう1球投げてもいいですか?」
そう聞かれ、信作は「え?」と驚いた声を出す。
「別に構わないけど、今のでも充分なデータが取れたよ?」
そう答える父親に、応花が人差し指を左右に振ってみせる。
「まだまだだよ、お父さん。
あんなヘボ球がうり兄の実力だと思ってもらっちゃぁ困るね。」
自分のことのように自信満々に言う娘を見て、信作は再度レーンの横に取り付けられた
測定器には“57キロ”と表示されていた。
「この速度でも充分、中学生が投げる球じゃないよ。」
そう言う父親に、応花は楽しそうに微笑みを見せる。
「そんなこと言ってたら、次の球で腰抜かしちゃうよ?」
「ははは。そいつは気を付けるよ。」
娘の脅しを信作は笑って受け流す。
ピンをリセットして再度ボールを構えると、猛進はしっかりと狙いを定める。
狙いが定まると、先ほどと同じテンポで助走をつけ、ファウルラインぎりぎりで足を止めると、大きく左腕を上げる。
そして、全身の力をボールに流し込むと、その力を解放するように放つ。
放たれたボールは、先ほどのミスショットよりもはるかに速いスピードで真っ直ぐ1番ピン正面を貫く。
ボールの勢いに
そのボールの速さ、“76キロ”である。
「どう? 腰抜かした?」
応花が隣で口を大きく開けている信作に尋ねる。
「ギ……ギリギリ大丈夫。」
そう絞り出した声で答える父親に、応花はさらに衝撃の言葉を放つ。
「そう。でも、さらに50キロぐらいは出ると思ってボール作ってよ。」
娘の言葉に信作は声を上げる。
「ご、50キロって、お前、ボウリングの重い球で100キロ越えるってのか?
野球ボールじゃないんだぞ?!」
父親の怒鳴り声に、応花は真面目な目線を向ける。
「じょ……冗談じゃないってことか?」
そう聞かれ、応花は静かに頷く。
「そいつは……腰抜かしそうだ。」
*
「それじゃ、マイボール、ユニフォーム、シューズ。全部できるまでに2週間ほど時間をくれ。いい物を作るからよ。」
そう信作に言われて、猛進は軽く頭を下げると「お願いします。」と言って店を出る。
外はすっかり暗くなり始めていた。
「うり兄~。」
店の2階の自宅の窓から応花が元気に手を振る。
そんな応花を猛進は見上げる。
「マイボールもユニフォームもシューズも、全部ウチがデザインするから、楽しみにしててね。」
嬉しそうに笑う親友の妹に、猛進は軽く微笑むと言葉を返す。
「変なデザインはやめてくれよ。」
そう言葉を残すと、猛進は暗くなり始めた道を歩いていく。
そんな猛進の背中が見えなくなるまで、応花は見送った。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。今回はここまでです。
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それでは、また次回お会いしましょう。
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