第9話 腰抜かしそうだ

「身長が154cmで体格は細身。

あぁ、でも、下半身はしっかりしてるわね。」


猛進もうしんの体を触りながら“夢近ゆめちか品孤ひんこ”は採寸さいすんする。


猛進は今、じゅん応花おうかの両親がやっているボウリング用品店に来ていた。

だが、お店と言っても“無金銭むきんせん時代じだい”になってからは、ちゃんとした経営はしておらず、常連の注文品ばかりを作っている。


「次は足のサイズね。」


そう言いながら品孤は計測器を取り出して、猛進の足のサイズを測る。


「24cmね、OK。ユニフォームとシューズに必要な採寸は終わったから、今度はレジの方に行って、旦那に声かけてくれる?」


優しい笑顔でそう言う品孤に、猛進は「ありがとうございます。」とお礼を言うと、服を着て試着室を出る。


「どうだった? 少しは身長のびてた?」


試着室の前で待っていた応花が悪い笑みを浮かべて尋ねる。


そんな応花に猛進は不機嫌な表情を作ると、「うっさい。」と軽く応花の頭を叩く。


「お~い、うり坊~、こっちこ~い。」


純の声に猛進は「あ~い。」と答えながら向かっていく。


応花もそのあとを嬉しそうについていく。



「それじゃ、まず、もうちゃんの手の大きさが知りたいから、この端末にいつも投げてる方の手を置いてくれ。」


純たちの父親である“信作のぶさく”に言われて、猛進は左手を端末の上に置く。


数秒で測り終わり、信作は元気な声で「はい、OK。」と言う。


その声で猛進は左手を端末から離す。


「次に、もうちゃんの球を改めて見せてくれるかい?」


そう言いながら信作は、先ほど猛進の手の大きさを測った端末を操作する。


すると、壁に取り付けられたデータ実体化器が作動して、レジカウンターの上に赤いハウスボールを作り出す。


「このハウスボールを使って投げてくれ。穴の位置や大きさは、さっき測ったもうちゃんの左手に合うように作られているから。」


そう説明しながら信作はハウスボールを猛進に差し出す。


猛進がそれを受け取ると、信作は立ち上がって、壁に取り付けられたデータ実体化器を操作してお店の内装を変える。


この時代は、データ実体化器1つで内装やレイアウトを簡単に変えられる時代だ。

ただし、建物そのものを広くすることはできない。


周りの家具や他の部屋などが消え、まっさらな状態になったあと、部屋の真ん中にボウリングのレーンが1つ作り出される。


「さぁ、投げてみてくれ。」


そう信作に言われ、猛進はアプローチに入る。


そんな猛進の背中に純が声をかける。


「お前、自分の手に合ったボール使うの、初めてだろ?」


「それがなんだよ。」


「驚くぜ? 絶対。」


純のニコニコした笑顔に猛進は疑問の眼差しを向ける。


(自分の手に合うってだけで、そこまで大きく変わるもんかねぇ。)


そう思いながら猛進はハウスボールを左手に持って構える。


しっかりと狙いを定め終えた猛進は、いつものテンポで助走をつけ、ファウルラインぎりぎりで足を止めると、左腕を大きく上げる。


そして、身体すべての力をボールに流しこんだ瞬間、猛進の身体に電撃が走る。


今までに感じたことのない異様なしっくり感に猛進は驚き、ボールを放つタイミングが遅れる。


放たれたボールは、いつもの真っ直ぐな軌道とは違い、大きく右側にそれる。


その結果、2番・4番・5番・7番・8番・9番と多くのピンを残した。


震えが止まらない自分の左手を、猛進は驚いた様子で見つめる。


「どうだ? あまりのしっくり感に驚いたろ?」


そう微笑みながら言う純に、猛進は目線を向ける。


「あぁ。ボール1つでここまで変わるとは思わなかったよ。」


そう答えたあとに猛進は信作の方へ目線を向ける。


「おじさん、もう1球投げてもいいですか?」


そう聞かれ、信作は「え?」と驚いた声を出す。


「別に構わないけど、今のでも充分なデータが取れたよ?」


そう答える父親に、応花が人差し指を左右に振ってみせる。


「まだまだだよ、お父さん。

あんなヘボ球がうり兄の実力だと思ってもらっちゃぁ困るね。」


自分のことのように自信満々に言う娘を見て、信作は再度レーンの横に取り付けられた球速きゅうそく測定器そくていきを見つめる。


測定器には“57キロ”と表示されていた。


「この速度でも充分、中学生が投げる球じゃないよ。」


そう言う父親に、応花は楽しそうに微笑みを見せる。


「そんなこと言ってたら、次の球で腰抜かしちゃうよ?」


「ははは。そいつは気を付けるよ。」


娘の脅しを信作は笑って受け流す。


ピンをリセットして再度ボールを構えると、猛進はしっかりと狙いを定める。


狙いが定まると、先ほどと同じテンポで助走をつけ、ファウルラインぎりぎりで足を止めると、大きく左腕を上げる。


そして、全身の力をボールに流し込むと、その力を解放するように放つ。


放たれたボールは、先ほどのミスショットよりもはるかに速いスピードで真っ直ぐ1番ピン正面を貫く。


ボールの勢いにされ、10本すべてのピンが倒れる。


そのボールの速さ、“76キロ”である。


「どう? 腰抜かした?」


応花が隣で口を大きく開けている信作に尋ねる。


「ギ……ギリギリ大丈夫。」


そう絞り出した声で答える父親に、応花はさらに衝撃の言葉を放つ。


「そう。でも、さらに50キロぐらいは出ると思ってボール作ってよ。」


娘の言葉に信作は声を上げる。


「ご、50キロって、お前、ボウリングの重い球で100キロ越えるってのか?

野球ボールじゃないんだぞ?!」


父親の怒鳴り声に、応花は真面目な目線を向ける。


「じょ……冗談じゃないってことか?」


そう聞かれ、応花は静かに頷く。


「そいつは……腰抜かしそうだ。」



「それじゃ、マイボール、ユニフォーム、シューズ。全部できるまでに2週間ほど時間をくれ。いい物を作るからよ。」


そう信作に言われて、猛進は軽く頭を下げると「お願いします。」と言って店を出る。


外はすっかり暗くなり始めていた。


「うり兄~。」


店の2階の自宅の窓から応花が元気に手を振る。


そんな応花を猛進は見上げる。


「マイボールもユニフォームもシューズも、全部ウチがデザインするから、楽しみにしててね。」


嬉しそうに笑う親友の妹に、猛進は軽く微笑むと言葉を返す。


「変なデザインはやめてくれよ。」


そう言葉を残すと、猛進は暗くなり始めた道を歩いていく。


そんな猛進の背中が見えなくなるまで、応花は見送った。


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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。今回はここまでです。

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それでは、また次回お会いしましょう。

またね~。

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