第4話 覚醒モードです
集中するような、少しの沈黙のあと、
放たれたボールはレーンの真ん中を真っ直ぐ走っていく。
「うり兄と同じ、ストレートボール?!」
「バーロー。そんなわけないやろ。
よう見とれ。」
そう言われて応花は目の前の7番レーンを走る金色のボールに目線を戻す。
金色のボールは1番ピン手前で急に右に曲がる。
「こっから、“ポケット”いきや!!」
そう叫ぶ燐の言葉とは裏腹に、ボールはそのまま右斜め上を突っ切っていき、3、6、10番ピンのみを倒していった。
「嘘やろ!!なんでやねん!!」
燐の大きな声がボウリング場内に響く。
(あの悔しがりよう、本当にあそこからポケットに入る計算だったのか?
だとするなら、右に曲がった直後に今度は左に曲がるってことだよな?
そんなボール見たことないぞ。
……まぁ、
そんな風に
ちなみに先ほどから言っている“ポケット”とは、右投げの場合は1番ピンと3番ピンの間で、左投げの場合は1番ピンと2番ピンの間のことである。
このポケットにボールを上手く入れることで、高スコアが狙えると言われている。現実世界のプロのボウラーがボールを曲げる理由は、そのポケットをつくためだと言われてたり、言われてなかったりする。
(あかん、あかん。起きたことにイラついてもしゃぁない。とにかく残った7本をとることだけを考えよう。
そもそも、投げ慣れてないハウスボールで、マイボールと同じ感覚に投げたんが間違いやった。もっと、
燐は自分の苛立った気持ちを落ち着かせると、ボールリターンに戻ってきた金色のボールを手に取る。
そして、1度大きく息を吐き出してから、目の前の残った7本のピンを見つめる。
しっかりと狙いを定めて放たれた燐のボールは、さきほどよりもレーンの右側を走っていく。
真っ直ぐ走っていったボールは1番ピンの手前で左に曲がる。
――カランカランと音を鳴らしながら、ピンは倒れていく。
だが、スペアとはならず、5番・9番ピンのみ残る。
「かぁ、さすがにムズいかぁ。
ド真ん中ストレートの方が確率あったか?まぁええわ。」
1人でブツブツ反省したあと、燐はアプローチを出る。
「おいおい、いきなりオープンフレームで大丈夫か?」
そう茶化すように、猛進が燐に声をかける。
「うっさいわい。ハンデじゃハンデ!!」
そう苛立った声で言葉を返すと、燐は椅子に座る。
(ハンデ──ね。まぁ、実際そうなんだろうなぁ。使いなれないボールで戦ってるわけだから。)
そう思いながら猛進はアプローチに入る。
*
ゲームはどんどん進んでいき、第4フレームが終わった時点で、後攻の燐がこのゲーム初めてのストライクを取る。
「おっしゃーぁ!!やっとコツつかんだでぇ!!」
そう燐は叫ぶ。
実際、燐の2、3フレームはどちらも19点という高スコアで、感覚をつかみ始めていた。
第4フレームが終わった時点の2人のトータルスコアは、猛進:56点。燐:76点と、燐がリードしている形となった。
【第5フレーム・先行:猛進】
「ふ~ぅ」と大きく息を吐き出して集中する猛進。
今、猛進の感覚は深く暗い湖を沈んでいる。
そんな猛進の背中を見て、応花は(そろそろ、スイッチ入りだすころかな。)と考える。
いつものようにテンポのいい助走をつけて、猛進は左手から白桃色のハウスボールを放つ。
放たれたボールは先ほどまでよりも速いスピードで、1番ピンを正面から弾き飛ばす。
その後、スピードを落とさず真ん中を突っ切った白桃色のボールは、その勢いで10本すべてのピンを倒す。
「嘘やろ?まだ、速なるんか、あいつのボール。」
スピードを上げた猛進のストレートボールに、燐は目を大きく開けて驚く。
「いやいや、まだ上がるよ、うり兄の猛スピード、猪突猛進、ストレートボールは。」
そう応花が自慢するような声で言う。
「はは。さすがは
そう自分に気合いを入れながら立ち上がると、燐はアプローチに入る。
「ふへ~ぇ。」
そう疲れた様子で椅子に座る猛進の隣に、応花は腰をおろすと楽しそうな笑顔で聞く。
「楽しい? うり兄。」
親友の妹の可愛い笑顔から目線を逸らして、猛進は答える。
「……まぁまぁだな。」
*
【第7フレーム・後攻:燐】
「あちゃ~ぁ!!10番ピン残っても~たぁ。」
そう燐は悔しそうな声を出す。
だが、すぐに切り替えて残った10番ピンを2投目で見事に倒す。
第7フレームが終わり、2人のトータルスコアは、猛進:135点。燐:155点で、変わらず燐がリードしている。
第4フレームから徐々に集中の湖の底に沈んでいく猛進。ここでもう1段階深い層へと沈んだ。
第2集中状態である。
利き手である左手に息を吹き掛けながら、目の前に並ぶ10本の白いピンを睨むように見つめる。
すると、どんどん猛進の視界が黒く狭まっていく。
視界の狭さが目の前の7番レーンギリギリまでくると、猛進は右手で抱えていたボールを左手に持ち替えて構える。
「
いきなり名前を呼ばれて燐は「え?」と聞き返しながら、目線を応花に向ける。
「うり兄の“極限の集中状態”。
覚醒モードです。」
応花にそう言われ、燐は目線を目の前の猛進に戻す。
猛進は左腕を大きく上げてボールを放つ瞬間だった。
放たれたボールを纏う大きな空気がまるで“イノシシ”のように形づけられ、その勢いを殺すことなく、猪突猛進に10本のピンを
目の前で見る、100キロ近く出ているんじゃないかと思わせる、最高速度の超速ストレートに、燐は言葉をなくす。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。今回はここまでです。
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それでは、また次回お会いしましょう。
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